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旅の記憶 さすらい雲   作者: 報苔京
17/66

記憶の中の旅日記「そうか、この話を聴くために」

 加賀山代温泉。

 千年以上前、修業僧行基が発見した温泉とある。

 傷ついた鳥が羽を浸して癒してるのをみて温泉が湧き出ているのを発見したのだという。

 また魯山人の別荘としても有名な街。

 そのころは公共露天風呂がたくさんあり、修業僧たちが身体を癒したんだろう。

 さてさて、急にこの温泉に泊まることになった。

 小松空港の東京行き最終便に乗り遅れてしまったのだ。

 駅前の旅行代理店に飛び込み、手当たり次第旅館をあたってもらった。

 飛び込み客は料金も高い。

 これも運だな。

 すっかり観念した。

 温泉街からちょっと外れた旅館に到着。

 ひと風呂浴び、夕食を終え、ほろ酔い気分でマッサージを頼んだ。

 ほどなく訪れたのは、ちょっと上品そうなオバチャン。

 生まれも育ちも京都左京区の出身で、東福寺あたりが子供のころの遊び場だったと懐かしそうに自分語りを始めた。

 いい話を聞いた。

「ぶぶづけでもどーどすか~」 ってどんな意味なんだと思う?

 一般的には「そろそろお帰りの時間ですよ」って意味らしいが・・・。

 京都という土地柄、確かに回りくどい言い方するし、行動もストレートには表現しない。

 火事があっても大阪人はやじ馬根性丸だしなのに対して、京都人は家の中から、そっと様子を伺うだけだという。

 ボク自身も京都特有の婉曲的いやみな拒否表現なんだと思ってた。

 ところがその解釈はどうも間違いらしい。

 そのオバチャンに言わせると、ぶぶづけという粗末なもてなしであるために、悪用された表現なんだと。

 昔、京都は修業僧が集まる街だった。

 寒い時期になると、僧たちは懐にあたためた石を手ぬぐいに捲いてカイロがわりに持ち歩いていた。 そしてその石が冷たくなると、もよりの民家に立ち寄り、石を暖めてくれるように頼むんだそうだ。

 それをこころえてる各民家は、暖炉に交換の石を常に用意してたのだという。

「もうしわけないが暖めた白湯を一杯だけもらえませんか」と頼まれたとき、白湯に少しだけご飯を入れ差し出した。

 これが 「ぶぶづけ」

 京の街はきらびやかにみえて、実は民の暮らしはすごく貧乏だったようだ。  

 にもかかわらず、大切な白飯を尋ねてくる修業僧のために、常に少しだけ残しておいた。

「白湯をもらえませんか」・・

「いえいえ、せめて ぶぶづけ でもどーどすか!」・・ 宗教心にあつい京都人の、せめてもの優しさだったんだね。

 いい話だなぁ!

 マッサージされ癒されながらじわりと感動した。

 そうか、一期一会なんだ。

 この話を聴くために飛行機に乗り遅れたのかもしれないな!

       (石川県・加賀、晩秋)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


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