記憶の中の旅日記「えっ?あなたも佐藤さん?」
月の輪のわたしを越て、瀬の上と云宿に出づ。
佐藤庄司が旧跡は、左の山際一里半計に有。
飯塚の里鯖野と聞て、尋たずね行に、丸山と云に尋あたる。
是庄司が旧館也。
麓に大手の跡など、人の教ゆるにまかせて泪を落し、又かたはらの古寺に一家の石碑を残す。
中にも二人の嫁がしるし、先哀也。
女なれどもかひがひしき名の世に聞えつる物かなと袂をぬらしぬ。
堕涙の石碑も遠きにあらず。
寺に入て茶を乞へば、爰に義経の太刀・弁慶が笈をとヾめて汁物とす。
これは「奥の細道」の一説である。
松尾芭蕉の旅は義経の生き様を訪ねる旅でもあったという。
つまりこの私の大切なテーマでもあるわけだ。
義経の忠節な家来であった佐藤忠信・継信兄弟はここ福島は飯坂の出身。
大河ドラマ「義経」などを観ていた人はわかると思うが、この佐藤兄弟は二人とも義経のために身代わりになって戦死した忠孝の武士なのだ。
兄は屋島の合戦で義経をかばうように弓に撃たれ、弟は京都から義経を逃すために身代わりになった。
彼らの菩提寺である医王寺は福島市の街外れにあり、静かに「佐藤家」を鎮守していた。
福島という県はおそらく「佐藤さん」という名前が一番多い県のはず。
そもそも「佐藤さん」は「鈴木さん」に次ぐ多数苗字であり、まさしく飯坂あたりの表札は「佐藤さん」だらけだった。
確か昔談合事件で捕まった福島県知事も佐藤さんだったような・・・。
つまり「佐藤さん」発祥の地なのである。そして、この地の名産はサクランボで、噂の高級品もこれまた「佐藤錦」。
老舗旅館のちょっと熱めの野天風呂で疲れを癒し、すっかり寂れてしまった温泉街に繰り出した。
すると、飛び込みで入った料理屋の亭主も佐藤さんだし居合わせた隣の客も佐藤さん。
たくさんの佐藤さんに囲まれ、「佐藤」談義に花が咲いた。
「飯坂出身の最近の有名人って誰なの??」
「俳優の佐藤B作・・・ぐらいかな」
「はぁ・・・・やっぱね」
(福島・飯坂温泉、初夏)




