異世界の剣
血なまぐさい書き方をしています。
導入部で苦手な方は、すぐに戻るようにしてください。
「おいつめたぞ、『青狐』、大人しくお縄につくがいい!」
冒険者ドミニクがそう語りかけると、
黒いローブを身にまとい、青い狐の面をかぶったその小柄な男、青狐はゆっくり振り返る。
刹那の青き閃光に、前に立っていた冒険者は、防御も間に合わず斬撃を受け、ゴトッと首を床に落とした。
身体だけでバランスは保っているが、血しぶきが周囲に血の雨を降らせる。
王都の町は、ぐるりと城壁に囲まれている。城壁から外に、こんな夜に森に逃げられては追跡は不可能だ。
なんとしてもこの場で取り押さえたい。
冒険者ドミニクは魔力盾を展開し、青狐の出方をうかがう。
ドミニクの魔力盾は自身のまわりに魔術で作った盾を4枚浮遊させる。
背後の敵にも対応しながら、こちらの剣戟の邪魔にならぬように、相手の剣戟を自動で受ける。高度な自動防御魔法だ。
「異界のサルに話す言葉などない。さらばだ。」
青狐がそう答えて両手を動かすと、無数の青い斬撃が、彼の周囲の木箱やタルを弾き飛ばした。
武器に魔力を充実させているのか、飛ぶ斬撃だ。
魔力盾すべてが同時に防御のため動作するが、袈裟に構えてガードしていた剣にも強い斬撃を感じた。
1つ受けるだけで傷を負う。事実、仲間の3名は助かるまい。
青狐はドミニクが怯んだ隙に、用意していたロープで城壁の外へ逃げ、夜の闇に消えて行った。
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ここは異世界探偵事務所。
家主の名前は異世界探偵ハグルマだ。元日本人の異世界漂流者だ。
隣にいるのは助手のスーちゃん。元ベトナム人の女の子、こいつも異世界漂流者だ。
「あー、なんか今日も面白い依頼ないかのう、スー殿。」
ハグルマは、裃を着て、正座したまま座卓でお茶を飲みつつ、テーブルを拭いてくれてるスーちゃんに語りかけた。
ちなみに、髷をしっかり結っている。これが無いと平素から闘争に身を置ける気がしない。兜をいつでも被れるようにしたいのだ。
「そんなダラダラして依頼くるわけないネ、アンタもそうじするヨ。」
「男はどっしりかまえるのでござるよ。」要は、助手の仕事だろうから俺にさせるなとハグルマは言いたいようだ。
ちなみに、スーちゃんはベトナム伝統お着物「アオザイ」が大好き。自分で縫って作ってる。
それぞれ、故郷でよく着てた服を着るようにしてる。
それはいつか故郷に帰りたいなという思いもあるが、郷に入ってもなんでもかんでも従うのも嫌だよな、
という事務所の方針でもある。が、スーちゃんが前の世界でアオザイを本当に日常着てたかは不明である。
「面白い依頼なんてないヨ、ここは異世界ネ。今日もきっと異世界モノの依頼しか来ないネ、日常を楽しむ間もないヨ。」
スーちゃんは朝の掃除をササっと終えて、一緒にお茶を飲む。断捨離が行き届いた、この探偵事務所には、座卓と魔道ポットを含むお茶セットと座布団しかない。掃除も簡単なものだ。
座敷には違い棚と床の間があるが、ハグルマが自分で書いたダサイ山河図の掛け軸以外、特に飾りもつけてない。ふすまや障子もハグルマ自身で貼った。紙は貴重なので、広告チックな文字が書いていたりもする。
依頼が無ければのんびり過ごすのがマナーだ。気楽なトークも許してほしい。
「そうでござるなぁ、拙者は8千字くらいの短編で、異世界剣劇モノが読みたいと思ってる読者もいると思うのでござるよ。」
「そうかあ、ハグルマもう病気かあ、早く探偵辞めて普通の仕事探すアルよ。それか今日は休みにして、一緒に甘いもん食べに行くネ」
ピンポーン「あ、誰か依頼者が来たネ」、異世界なのにチャイムがあるのはハグルマの趣味だ。
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事務所の扉、引き戸をあけると、二人の男が立っていた。ハグルマが出迎える。
「ギルドマスター、と熟練冒険者のドミニク殿・・・久しぶりですな。」
二人を座敷に上げ、お茶を出す。靴は玄関で脱いでくれる。二人とも鎧じゃなくて軽装なので大丈夫だ。
ギルマスはいつものいかつい調子で、両てのひらを前に組んで語り始めた。
「ハグルマさん、このところ王都を賑わす連続強盗『青狐』はご存知ですか?」
「ああ、青狐ですかな、たった一人で押し込み強盗をやって、けっこうな金品を一人で奪って消えるという。」
「昨夜も、同じようにこのドミニクが最後まで追い詰めたんです、だが取り逃がした。ローワン商会、クランツ革ギルド、イーフェン鉄鋼これで3か所の支店がやられてる。」
「大物ばかりではござらんか。ということはそれらの組織は、捜査線上から外されますかな?」ハグルマは感じたままを答える。
「一人で押し込み、一人で殺し、一人で奪い、一人で運び、一人で逃げる。」
「そんなことを行える者が・・・・」
「ハグルマさん、俺はな、あんたら異世界漂流者が絡んでると思ってんだ。お前ら持ってるだろ、アイテムボックス。」
確かに、異世界漂流者はなんでも入れて運べて時間の経過も無い、便利な無限アイテムボックスをだいたい持っている。
ギルドマスターが言いたいことも、なんとなくわかる。
「漂流者かもしれないがな、拙者には見当もつかん。他に情報はござらんか?」
「漂流者だとしても、一人で金のありかや取引の現場まではわかるまい。やつは大金貨での取引きがある場合のみを狙うんだ。」
大金貨は高額取引の際にしか使用しないため、市場に出回ることはまれだ。
「つまり、内通している・・・者があると?あるいは、砦内部の商取引に精通しているものが犯人であると・・・?」
熟練冒険者のドミニクが口を開く。
「昨夜の犯行はイーフェン鉄鋼の金庫が狙われた。お前たちにとっても魔術の金庫は開けることが難しいはずだが、青狐はそれを、支店長を脅して開けさせて奪っている。支店長は助からなかった。」
「ううむ、ひどい。」
「今回は俺たちも包囲をしていたんだ。イーフェン鉄鋼のエントランスでヤツを取り囲むと、青い斬撃を無数に放って、こちらの包囲をたやすく破った。」
「青い斬撃?」
「そうだ、そして、砦の屋上で再び奴と対峙した時に、こういったんだ『異界のサルに話す言葉などない。さらばだ。』と。」
「異界のサル・・・それは確かに異世界漂流者が言いそうではありますな。」ハグルマが思いを巡らそうとし、ギルドマスターが話を続ける。
「なので、お前たちのところに来たんだ。何か情報があるか?依頼したら捕まえてくれるか?」
「まだ何も情報はないが、依頼とあれば次回の捕り物に参加させていただき、捕まえて進ぜよう。生死問わず、ですな?」
ハグルマにとって、何度か経験した依頼ではある。
「ああ、ここまで賑わした下手人だ。城主様には死体を見分してもらうことも、やむなしだ。」
「では今回は。」ハグルマはギルドマスターに金銭を要求する。
「そうだな、無事取り押さえることができたら、大金貨3枚は支払えるだろう。」ギルドマスターは答える。
「承知いたした、ドミニク殿、剣筋が残っているかもしれませぬ。現場を案内していただけますかな?」
こうして、ドミニクとハグルマは、現場の確認を行った。
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現場の確認を終え、ハグルマは事務所の屋上に出ていた。
ハグルマの剣はスキルを使用し「炎龍」と「極龍」の2体のドラゴンを出すことができる。
炎龍は文字通り炎の龍、極龍は極寒の氷龍だ。大きさは比較的自在に操れる。
どちらも、剣を振るうと出て、相手を攻撃するが、基本的にドラゴン自体で致命傷にはならない。
しかも長時間あらわれるわけではない。剣を振り終わり残身を構える頃には消えている。
ハグルマ自身が編み出したドラゴンを使用する技は10種類。流派などは無い。
「双頭牙」「獄炎」「富士壁」「浅葱」「石積」「魁無辺」「月城」「穂高」「八甲」「無窮」
これとは別に、ドラゴンを使用しないハグルマが編み出したわけでもない、
「突き」「袈裟切り」「一文字切り」「真向切り」「逆袈裟」
といった基本的な剣の技。これらの組み合わせで戦う。
ハグルマは何度も何度も、様々な構えからこれらの太刀筋を繰り返し訓練した。
ドラゴンはあくまで足止めや目くらましがほとんどだ。繰り返しになるが、
一撃一撃の魔力を高めたとしても、残身のうちに消えてしまう。
ハグルマは、相手との間合い、距離を無視できる、ドラゴンの動きで敵の動作を制限し、敵までの間合いを詰めて直接剣を振るう。
その方式で戦っていた。
元々転生前に日本で剣をやっていたため、転生時のスキル選択も自動的に剣中心になったのだ。
太刀による斬撃の速度と練度を高めるように、屋上で稽古を行いながら、敵の戦法を考える。
今回の青狐は、武器はローブで隠されていたが、青い剣戟を飛ばすという。
剣を飛ばすというのはいくつか考えられる可能性がある。
まず、ムチを使用する。ムチがしなり、魔力を込めると剣戟として飛ぶ。
あるいは、見えない鉄のワイヤーを操る。ワイヤーの攻撃にあわせて魔力を込めて斬撃を送り出す。
しかし、ドミニクによると、奴の手元から飛んできた斬撃は、3枚の盾とガードしていた剣で止めた。
そして手元の武器も見えなかった。という。
そのことから、青狐の攻撃は武器を持たない手刀からの斬撃ではないかと感じた。
そして、手刀からの斬撃としても十分な殺傷力がある。おそらく武器を介したら倍以上の強さになるだろう。
アイテムボックスにものを隠して逃走している以上、どこかで売りさばくあてがあるのだろうが・・・
流通している金貨だけを狙うのであれば、換金など考慮しなくてもよい。
ハグルマは目を閉じ、部屋の斬撃の跡を再度思い出していた。
また、自分の戦法を考えれば、相手に斬撃を出させた上で間合いを詰めるのがよかろう。
「富士壁」から間合いを詰め逆袈裟か。
富士壁は、相手の目に向けて八の字に切ることで、相手の顔面目掛けて2色の龍が飛んで行く。
それにより龍を消そうとする斬撃を青狐は放つだろう。
片手で払えるタイミングではあるが、もしそれが利き手で払われるのであれば、よい。
斬撃を放った手元を切り、そののち青狐の首を取る。
何度も何度もそれらの練習をし、ハグルマはギルドマスターからの連絡を待った。
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青狐と呼ばれた男は、ドイツからの漂流者だった。名前をヨルンと言った。
彼は産まれた時から体が小さく病気がちだったため両親に捨てられ、施設でも肩身が狭い暮らしをした。
世界からのいじめに耐え兼ね、物語に出てくる小人族などの住む世界に行きたい。そんな風にして世をはかなみ、
町に住みたくないと彼は考え施設を抜け出した。
実際に、彼がまだ10にもならない頃である。山奥で暮らそうとした矢先、オオカミの群れに襲われ絶命した。
そんな死後、転生時に女神より、スキルを賜った
それは、青い斬撃を出すことのできるスキルであった。良きことをせよ、とお告げがあった。
ヨルンはまず森の奥深くで目覚め、手ごろな木片を取り、青い斬撃について確認した。
青い斬撃は光る。青い斬撃は出しすぎると疲れる。
青い斬撃は草を持って振っても出る。
手指を手刀として振っても出る。
これは便利だ。
周囲を散策していると、野兎と同時にたいまつを持ったゴブリンがあらわれた。
こちらに襲い掛かるゴブリンを青い斬撃で難なく倒し、松明を奪い、野兎を狩って焼いて食う。
そんな姿を小人族たちが見ていた。
ゴブリンは乱暴でこちらを殺しに来るので倒さざるをえないが、ホビットはヨルンと同じくらいの背丈で、気が優しく、ビールとたばこをよく愛する民族のようだ。青い斬撃で野兎の皮を剥ぎ、ホビットと取引し、剣とマントを手に入れた。
俺はホビットになったんだ。ホビットの仲間だ。ヨルンは喜んで彼らと付き合い、生活を共にした。
そんなヨルンにニッケルというホビットの友達ができた。
「このコートを着ている間は、周りから見えないんだ。あの人間たちにもバレずに金を盗めるのさ。」
ニッケルは魔法のコートを着て人間にちょっかいをかけた。人間たちはあわてふためいて逃げ出すものがほとんどだった。
そんな中、一部の人間は姿の見えないニッケルを怪しんで、反撃を行った。
ホビットたちは基本的に平和を愛する種族だが、ゴブリンと間違えて冒険者に狩られることがあった。
ヨルンが世話になっている集落は、ニッケルのいたずらもあいまって、ゴブリン狩りと称された冒険者に手違いで全滅させられそうになった。
命からがら村人は逃げたが、せっかく作り上げた半地下の家たちはすべて打ち壊されたのだ。
ヨルンは怒りと悲しみに震えた。
ニッケルはヨルンに、人間達に奪われた村の復讐のために、その青い斬撃の力で協力しないかという。
ニッケルと共謀し、人間達から金を奪い返し、ホビットが安心して暮らせる森を作ろう。
ヨルンの望みは3つ。人間を倒すこと。ニッケルという親友を大切にすること。
人間を倒せる青い斬撃を自分のものにし、大きな戦力にすること。
ヨルンとニッケルはお揃いの青い狐の面を作り、お揃いのコートを作った。
消えるコートはニッケルが使用し昼のうちに取引の情報を奪ってくる。
夜間の危険な仕事と物の移動はヨルンが行った。
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ここは冒険者ギルド。
探偵事務所の助手、スーちゃんは、異世界漂流者が悪事を働いているというウワサが流れたので、焦っていた。
異世界漂流者の立場が悪くなると、この国にもいられなくなる。お引越しは簡単だが、お友達は一緒に連れていけないのだ。
しかし、スーちゃんの美貌でも、新しい異世界漂流者や、青い斬撃が飛んでくるスキルを持ったものなど、情報は何も得られなかった。
美貌といっても、いつも通り依頼掲示板を見たり、見慣れた冒険者、見慣れない冒険者と受付さんに、雑談をふりながら「最近どーよ」を繰り返してまわるだけだが。
唯一、山岳地方経由でこの王都まで来た冒険者さんが
「ホビットの集落をゴブリンと間違って襲ったが、その中に人間の子供がいたような気がする。青い魔法を使ってた。」
という情報を入れていたが、それが漂流者かただの捨て子か判断するのは難しい。
ハグルマたちは、犯人が子供である可能性を考慮していなかったのである。
スーちゃんは、何も情報が得られなかったヨ、と、ハグルマに報告するしかなかった。
ハグルマは言う
「色々なところに出入りする冒険者殿でさえ、新しい情報は得難いものなのか。漂流者なんて目立つ存在であろうに。」
「漂流者って言っても、オイラ怪しい漂流者じゃないアル!とは言ってくれないネ。」
「我らのように漂流者同士で寄り集まって、帰る方法を探すのが当然だと思っていたが、こうも新参が少ないとなあ。」
「そんなんケースバイケースヨ、ワタシもこの事務所にいなかったらきっと魔王やってたネ。」
「ん?スー殿は魔王を目指した時期があるのでござるか?」
「そうネ、若いころね、ここに来たばっかりの頃、恥ずかしいネ。」
「うん?そうか、奴は今まだ子供で、魔王を目指している途上かもしれぬ。
スー殿もしかして。その青い魔法を使うホビットが漂流者なのではないか?」
「え?どういうことヨー」
ハグルマも、世をはかなんでこの世界に来た。偶然にも良い人間と出会い、人のぬくもり、つながりを得ることができたので王都でこっそり探偵事務所をやっていけるが、スキルで世界をとって思うままにしたい。という欲望が無くなるまでに、いろいろなところに迷惑をかけてきた。
きっと新しい漂流者も、昔のハグルマと同じように魔王化したいと考えているに違いない。そして偶然、人間の中に転生しなかった可能性もある。
ハグルマたちは、ホビット集落を見つけ出し、ホビットたちから漂流者ヨルンの存在を引き当てた。
そして、王都で悪さをしているのが「ニッケル」と「ヨルン」のたった二人だということも突き止めたのだ。
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ハグルマたちが突き止めたと同時に、ギルドマスターが連絡に来る。
「今夜襲われるのはローワン商会の東支店だ。」
ハグルマたちも、得た情報をギルドマスターと冒険者ドミニクに共有する。
「下手人はホビットです。二人組、一人は魔法のマントを使う。一人は転生者で青い斬撃を使う。名前はニッケルとヨルン。」
ギルドマスターは驚く。
「流石はハグルマ殿、転生者はどのように抑え込みますか?」
「今回の転生者のヨルンは、まだ子供だがおそらく魔王を目指しておりまする。すでに犠牲者も多く出ておる。彼を説得し、やめさせるのです。」
「説得に応じるかのう?」
「応じなければ、斬るまででござる。漂流者は死に戻りが使えるのが定石。奴をただ切ったとて、解決にはなりますまい。」
「ではどうするというのだ。」
「子供をあやすのは大人の責任でござろう。わが探偵事務所で面倒を見ることになり申す。」
その言葉を聞き、ドミニク殿も作戦に納得した様子。
「では、前回同様、この城壁まで追い詰めます。ハグルマ殿、武運を祈りますぞ。」
ハグルマと助手のスーちゃんは、青狐の退路を担当することになった。
ギルドマスターの読み通り、夜陰にまぎれて青狐達は商会を襲った。
警備はバサバサと青狐に倒され、予想されていた逃走経路に向かってきた。
青狐は城壁をよじ登る。ここを越えると再び森に隠れられてしまう。
討伐対に緊張が走った。
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「会いたかったぞ青狐、いやさヨルン!」
ハグルマは剣を構え、城壁の上でヨルンと対峙し、大声で語りかけた。
「お前はなぜ俺の名前を知っている!」ヨルンは立ち止まり答えた。
「ヨルン、うぬは漂流者だ!うぬに話がある!」ハグルマは剣を下ろし、対話を試みる。
ヨルンはかぶっていたフードと狐の面を取り、顔を見せた。その顔は金髪ではかなげな相貌。しかし殺意というピリピリとした熱意に満ちた目をしていた。
「そなたは、ホビットではない。人間である。それを思い出すがよい。」ハグルマは続けて言う。
「ウソだ!そうだとしても!俺はホビットとしてお前たちを滅ぼす!」ヨルンは斬撃を放ってきた。
ヨルンの両手には、ハグルマが予想した通り武器が握られていない。両手から放たれる斬撃は指と同じサイズ。小さなものだった。しかし強い。
ハグルマはその斬撃を小ぶりな「極龍」で受ける。
ハグルマの剣から出でる小さなドラゴンを見てヨルンは驚愕する。
「お前も漂流者なのか?」
「そうだ、拙者はお前と同じ漂流者だ。日本という国から来た。お前と話をしたい。」
「俺には無い。話すことなど。異界のサルに味方する漂流者など、サルと同じだ。」
説得は失敗か。 取り付く島もない。ハグルマは覚悟を決めねばならない。あとは、ヨルンに、強くなれる可能性というアメをちらつかせるのみ。
「ヨルンよ、うぬは拙者のもとで修業すれば強くなれる。死したのち、再度この世界に転生するならば、この町の事務所を尋ねるがよい。拙者の名は、ハグルマ ケンゾーと申す。ゆくぞ!」
ハグルマはヨルンに向け「富士壁」を放つ。
ヨルンは予定通り、顔面に向かって来る2色の龍を、両手の斬撃で受ける。熟練したものであれば相殺せずに次の行動を見据えた受け方をするはずである。ヨルンはまだ熟練していないのだ。
距離を詰め逆袈裟に手を切り上げる時、ハグルマの足に激痛が走る。「グっ!」
空中から突如現れた木の棒がハグルマの脛を強く打ち据えたのだ。
「まさか、ニッケルか!」
とっさに、後ろから見ていた棒術使いの助手スーちゃんが、ニッケルからフードを奪い、
ニッケルを強く打ち据え動きを止める。
ハグルマは激痛の中、ヨルンから放たれる追撃を受けた。
裃の下に着こんだ鎖帷子に激痛が走る。とっさに受けた両腕にも。しかし、今回は肉が切れるほどの衝撃ではない。
次の斬撃を目で追って、「月城」を放つ。
月城は、大型の「極龍」氷の龍を眼前に固定し、それを足掛かりに上段から敵を斬る技である。
場合によってはそのまま逃げることもあるが、タイミングは今しかない。
極龍を足場にジャンプ斬り。ヨルンを上段から斬り下ろし、袈裟切りにした。
ヨルンの体は斜めに真っ二つに斬り割かれ、吹き出した血が地面に池を作る。ヨルン無念の相貌がハグルマの顔を刺し貫く。
「死に戻るがよい、うぬの生きる場所はここでは無い。」
ハグルマは剣を振り、血を払う。着物の裾で血糊をぬぐい、剣を収めた。
それを見ていたニッケルの叫び声が、夜の城壁をこだましていた。
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ここは異世界探偵事務所。
家主の名前は異世界探偵ハグルマだ。元日本人の異世界漂流者だ。
隣にいるのは助手のスーちゃん。元ベトナム人の女の子、こいつも異世界漂流者だ。
「あー、なんか今日も面白い依頼ないかのう、スー殿。」
「面白い依頼なんてないヨ、ここは異世界ネ。今日もきっと異世界モノの依頼しか来ないネ、日常を楽しむ間もないヨ。ヨルン、今日はたまにはスーと一緒に甘いものを食べにいくネ。」
ヨルンと呼ばれた少年は、元ドイツ人の異世界漂流者だ。1年ちょっと前にホビットの集落からここに連れられてきた。
「いかねえ。」ムスっとしている。何か今日も虫の居所がわるいらしい。ハグルマは、何かあったのかと心配するが・・・子供の機嫌を取るなんて面倒なことはしたくない。どうせ反抗期かなんかだろ。
「行って来るといいでござる。事務所は拙者が見ているゆえ。」
そういうと、二人は出て行った。スーちゃんはヨルンがお気に入りだから、またカワイイお着替えを買ってくるのかもしれない。
邪魔者はいなくなったのでハグルマは屋上で素振りでもしようと決めたようだ。
ニンともカンとも、ニンニン。
読んでいただきありがとうございました。
ヨルンは死に戻ったので、犯罪自体がありませんし依頼もありません。
ハグルマは報酬を受け取っていません。
いかなる悪でも子供を殺めるというのはダメな展開かもしれないのですが、死に戻り可能なので許されるのかなとも思っています。
ちょっとやってみたかったもので。。。古臭くてすみません。