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朱雀院  作者: 夢野ユーマ
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待花

そして、まだ暑さの残る七夕の頃『旧暦』、桐壺帝より書状があった。

「本復なさったこと祝着。来年の春、桜花の宴の後、遜位『そんい』『位を譲ること』を実行したし」


春宮はため息をついた。天皇としての神事を助ける后を探さなくてはいけない。


しかし、当時の貴族は、はかない春宮より源氏の君か、または未来に藤壺の宮の皇子と結婚させることを願っていた。


母后から、心当たりをいろいろ探るように言われて、一条は当惑した。

ところで、一条と言うのは本名でなく、通り『道』の名。御所に一番近い一条通りに住んでいると言っても、一条は高級貴族ではなかった。一条の両親は中流ちょっと下の公家で、多くの兄弟姉妹は高級貴族のところに奉公に行っていた。

高級住宅街の一角には、そういう労働者階級も住んでいた。


ある夜、一条は弟や妹のために、からくだものをたくさん土産にして里『生家』に帰った。すると、十四、五歳の弟の七郎麻呂に声をかけられた。


「姉ちゃん、お客様がお越しだけど、ちょっと風変わりな方で」

七郎麻呂は首をすくめた。

当時、牛車を見るだけで、地位や財産をだいたい推し量ることが出来た。しかし、客人の牛車は一条家の牛車より、みすぼらしいものだった。


一条は、男と女、二人の客人に対面することにした。


会った瞬間、懐かしい感じがした。

すぐに何故か、分かった。

女子『おなご』は扇で顔を隠していたが、二人とも良い品なのだが、とても古びてしまった時代遅れの装束。

春宮と同じ古風で、質素な二人だった。


「ようこそ、お越しくださいました」

「一条さま、ありがとうございます。私は髭黒。こちらは姉の彩子でございます。一条さまは御存知ないかもしれませぬが、堀川の内大臣の子孫でございます。春宮さまは、きっと御存知かと、思います」

「いえ、詳しくは知りませぬが、堀川の内大臣と言う御名前はチラリと聞いたことがございます」

「左様にございますか」


髭黒は春宮とは全く違う、そして、源氏の君や頭の中将とも違う、男っぽい、野性味のある男であった。

そして、恐ろしいほどに冷徹な感じがした。


「畏れ多いことではございますが、お願いの儀が有り、参りました。殿下『春宮のこと』が女人『にょにん』を探していると噂を聞きました」


一条は戸惑った。


「とても恥ずかしいことですが、我らの一族は落ちぶれてしまいました。有り体に言って貧乏です。そこで、殿下が姉のめんどうを見て下さるなら、入内させたいのです」


一条は衝撃を受けた。


この時代の人々は現代以上に体面を気にしていた。それなのに、貧乏と言うことを打ち明けたことが第一の衝撃だった。


そして、それ以上に驚きだったのは、春宮にめんどうをみてほしいと申し出たことだった。

当時の女性は、皆、入内を夢見ていた、などは真っ赤な嘘っぱちである。

入内する以上、女君は宮中のいろいろな儀式に参加出来る財力が必要であった。源氏の君が皇族に残れず、母君が青息吐息だったのも、母君の財力が十分でなかったからなのである。『儀式の時の衣装代、用人に配る食料、貴人同士の贈り物などの費用が馬鹿にならなかった。』


「分かりました・・・しかし、私では決めかねますので、御所さまにご相談いたします・・・」


その時、彩子が扇で隠していた顔を見せた。キレイと言えば、キレイ。思いきって美人と言ってしまえば、美人とも言える。しかし、それ以上に、とても気の強そうな顔だった。


「ありがとうございます」

「拝見すると、お困りのご様子。せんえつながら、私の家の着物にお着替え下さい」


翌日、一条は休暇を返上し、彩子に化粧をほどこすと、髭黒も連れて参内した。


事情をお聞きになられた春宮は考えこまれた。

天皇は公平であるべきなので、特定の后妃のめんどうをみるべきではなかった。

しかし、父帝は厳密に言うと皇族でない源氏の君をえこひいきしているので、公務に欠かせない后妃のめんどうをみることも、何とか言い訳が立つのではないか?と思し召された。


「二人に会ってみましょう」と春宮は仰せになった。


髭黒と彩子に対面した春宮は、髭黒の威厳に圧倒された。むむむ、世の中には天爵と言うものがあると言うが、この男には、それがある。春宮は仰せになった。


「めんどうをみて欲しいとのこと。やぶさかではないが、我の御所は質素を旨としている故、退屈かもしれませぬぞ」

「とんでもございません。私たちからすると、玉の台『うてな』でございます」

「また、我はかまわぬのだが・・・」春宮は一条をチラッと見た。一条も思った。母后がお許しになられるか。


実際、母后はめんどうをみてもらいたがっている厚かましい女子がいると聞き、猛然とやって来た。


母后は、彩子と髭黒を「図々しい」「殿下の足もとを見ている」とののしった。

彩子と髭黒は「恐れ入ります」とは申したが、決して去ろうとはしなかった。


母后は怒りにまかせて、有職故実、『皇族が行う』神事の作法、儒の教え、御仏の教えなどについて彩子に尋ねたが、彩子は全てに的確に答えた。「ぐぬぬ」と母后は思った。


「知識は何とかなっても、技は身につけられまい」


そう仰せになって、母后はいろいろなことを彩子にお命じになられた。


しかし、彩子はそれもこなした。

琴や琵琶の演奏。和歌を詠むこと。香道『当時は香を作ることも大事な教養だった。』や華道。特に、香や華は、あまり高い材料は使わず、無難に仕上げていた。また、楽器の演奏や和歌も上手いとまでは言えないが、さまになっていた。


母后の心境も少し変わって来た。朧月夜、藤壺の宮、葵の上、六条御息所のような最高の貴婦人のような美しい娘ではないが、后妃としての激務をこなしていく強さがあるかも知れないと思った。


「うむ・・・まあよい・・・しばらく御所に滞在し、一条などから御所の流儀を学ぶように」

彩子と髭黒は平伏した。まだ、笑顔はなかった。


春宮は仰せになった。


「髭黒よ。官位官職がなければ御所では不便であろう。とりあえず、春宮大夫の職を与える。また、小さい荘園を一つ与えるので、当面はその収入で何とかするように」

「はっ。ありがたき幸せ」


春宮は一条にお命じになられた。

「彩子殿に宝物殿の中の装束をいくつか、みつくろってさしあげよ。また、手回りの品も選んでさしあげよ」

「はい」

「我は髭黒と、いろいろ話し合いたいことがある」


春宮は、母后とはまた違う角度で、儒の教えについて、髭黒にお尋ねになられ、髭黒も的確に答えた。

春宮は思いきって、仰せになられた。


「髭黒よ。そなたは姉を入内させたかったのは誠であろうが、そなた自身、強い野心、願いを持っているのではないか?実は我にもある」


そして、春宮は誰にも話したことのない「秘密の計画」について話した。

それを聞いた髭黒は、初めて笑みを浮かべた。


「殿下はお体が弱いと多くの者が案じておりますが、英主なのではないか、と言う声もございました。それが正しいと分かりました」


春宮は長いため息をついた。

おかしいのでは?と思われるのではないか、と案じていらしたからである。


「髭黒よ。我は即位の儀礼の有職故実『宮中のしきたり』についてはよく知っています。案じておりませぬ。しかし、その先のことを話し合うため、毎日、参上するように」

「はっ」

春宮は一条の次にもの慣れた女房、箱崎に夕食のため、鯛を買って来るようにお命じになられた。


一方、一条は彩子を宝物殿の衣装の部屋に案内していた。


「おお、何と美事な品ばかり・・・」

「・・・少し時代遅れでは・・・?」

「そんなことはございませぬ。これが正しい姿なのです」

「・・・御所さまの女房は催しの時は、ここで晴着を借ります。また、お正月だけは、新しい着物をいただけます」


上方『関西地方』では、近代まで、家族・使用人にお正月の晴着を配る風習が残っていた。それには主人の魂がこもっているとされ、お年玉の語源となっている。


「私は次のお正月に殿下に何か贈らねばならぬ。いかがしよう?」

「何とか、なりましょう」


一条は春宮の指図通り、化粧道具、鏡、家具、調度品などを選んだ。


その夜は、春宮、彩子、髭黒、一条は鯛の丸焼きをおかずに、ご飯とおみそ汁をいただいた。

くりやの者も気をきかせ、からくだものも華やかに作ってあった。

第8話、くちなし姫、明日以降、頑張って投稿、更新したいと思います。

ちょっと疲れた。


ひどい雪の中。2月5日。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 朱雀院の視点で展開される話が気になります。鷹揚な人だろうけど、目立たない男。源氏物語の中の彼に対する印象なのですが、人間ですから心の中は色々ありますよね。 [気になる点] 今後の源氏の君と…
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