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朱雀院  作者: 夢野ユーマ
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修羅場

人々の噂をよそに、春宮はまた御座所に朧月夜を迎えていた。朧月夜は金色がかった地で、裾のところにタンポポのある上着をお召しになっていた。

 

春宮は祖父の帝と先代の帝の宝物の中で、一条の助言もあり、今様『現代風』な贈り物を選んでいた。


紺瑠璃の酒坏二つ。蒔絵の化粧箱。碁盤。外出用の食器。『お弁当箱的なもの』。(一条に判定してもらい、)今様の女子『おなご』でも、好みそうな上着、帯。また実用品ではあるが、美濃の上等な布を贈った。「そして、何より女子はこういうものを、好むのでございます」と言う一条の助言で、大きい扇に藤や椿の花を乗せて贈った。

そこには、『上手ではないが』春宮の手『書道』で、歌と詩が書いてあった。


「照りもせず曇りも果てぬ春の夜の朧月夜にしくものぞなき」「不明不暗朧朧月」


朧月夜は相好を崩した。


そこに一条が慌ててやって来た。


「たいへんでございます。皇后陛下がおしのびで行啓になられました。小女『こおんな』一人お連れで」

「何と、お通し申し上げよ」

「私は外した方が良いのでしょうか?」と朧月夜が尋ねたが、「いや、よい」と春宮は仰せになった。


藤壺の宮は水色の地にとりどりの華が散らしてある上着だった。やはり、優雅に、上品に美しかった。


「おお、そなたは朧月夜殿じゃな。これからも、いく久しう」

「陛下、お珍しいおみえ。何か?」

「ええ、先日、お話になった震旦のお話、文字になったものがございましょうか?」

「ええと、あれは・・・」

「『震旦妖姫伝』にございます。皇后さまの思し召し。御献上になられては?」

「うむ、どこにあったかの?」

「あの棚にございます」

一条は手際良く書物を布で包んだ。


「中古『ちゅうぶる』の書物は、お世辞にも清潔とは言えませぬ。お気をつけ下さいまし」


その後、一同は茶、からくだもの、果物を楽しみ、談笑していたが、朧月夜は(私が皇后になったら、一条は暇を出さねばならぬ)と思っていた。


「陛下、良かったら粗餐を差し上げますが」

「いえ、父帝さまと約束がありますので・・・」


源氏の君や、父帝は夜型だったので、昼食は未の刻ぐらいが多かった。(午後2時ぐらい。)

皇后藤壺の宮を見送ると、春宮と朧月夜は昼食をとった。今回は、一の膳のご飯が半分ぐらいだったが、その分、うどんか、にゅうめんのような麺があった。そして、二の膳の焼き魚は王朝時代に特に好まれた鮎の塩焼きだった。


「近江の国で、早くとれたものじゃ。『旬は夏。』美味しかったら、おかわりなさいまし」

「ありがとうございます」


朧月夜も、一条も、鮎は好物だった。




朧月夜が帰った後、春宮は来客と対面したり、政治的書類に目を通し、署名したりしていた。

「雨じゃ・・・」


天気の変わりやすい春。春の嵐がやって来た。春宮は言い知れぬざわめきを感じたが、ご飯とおみそ汁の夕食をとると、漢方の薬を喫して早く休んでしまった。


翌早暁、(雨がまだ降っている)と春宮はお思いになられた。「殿下」と春宮を呼ぶ声がした。(源氏の君じゃ。)胸がせいて、春宮は一条も呼ばず、杖をついて、ふすまを開けた。そこには、芝居がかった感じで、源氏の君が平伏していた。


「源氏の君、何事にござろう」

「殿下にこれを返しに来ました」


源氏の君の差し出したものを見て、春宮の顔色はサッと真っ青に変わり、ブルブル震えた。それは、春宮が朧月夜に贈った扇だった。春宮はすぐに何が起こったかを悟った。


源氏の君は悪魔的な笑みを浮かべた。


「お前は本当に愚図だな。あんな良い女、俺だったら、会ってすぐものにする。処女だったぜ」

「何故!!何故、我を苦しめるのです。そなたにはすでにたくさんの女君『おんなぎみ』がいるでしょう!!」


春宮は杖で源氏の君を叩こうとしたが、源氏の君にヒラリとよけられてしまった。逆に、源氏の君に襟をつかみ上げられてしまった。

「ふざけるんじゃねぇぞ!!知っているだろう!!俺の母ちゃんは、てめえのババアにいじめ殺されたんだ!!てめえらが幸せになることなんか許さねえ!!」

「きゃあっ」


春宮は源氏の君に壺『中庭』に突き落とされた。


一条が朝の支度のため、参上すると春宮は壺で気絶し、冷たい雨を浴びていた。

「御所さまっ!!」


力の強い下人がすぐにたくさん呼ばれ、医師『くすし』も呼ばれた。


「何がございましたのでしょうか?玉体はあまり傷ついておりませぬ。気を失っていらっしゃるのは、心に大きく傷のつくことがあったとしか、思われませぬ」

「早く起きて人を呼びに行こうとなさって、転落なされたのではなかろうか?」

「うーむ・・・」


しかし、一条には分かっていた。

人々が、恐れ、騒いでいる時、見つけたのである。春宮が朧月夜にお贈りになられた扇に源氏の君の手『書道』がくわえられていたものを。


源氏の君じゃ。源氏の君がやったのじゃ。おひいさんを奪った上、御所さまを亡き者にしようとしたのじゃ。

一条の手、体は震えた。


母后も涙で、顔をぐしゃぐしゃにしながら、すぐ駆けつけた。

「みこ、みこ!!」


殿下と言うかたい言い方も忘れていた。


春宮が倒れたと言う知らせは、すぐに御所を駆け巡った。


先日、張りきりすぎられたのであろうか?


もともと、お弱くていらっしゃるからの。


知らせを聞いた桐壺帝は憮然としてみせたが、内心、藤壺の宮の皇子が早く帝になられるとお思いになられた。


源氏の君は扇で顔を隠し、「それはお気の毒なこと」と申したが、その口もとは笑んでいた。


藤壺の宮は念持仏に春宮の回復を真剣に祈っていた。『当時、まだ仏壇はなく、一人一人が念持仏と言う小さい仏像を持ち、拝んでいた。』

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