光
一方、夕霧は一条御息所に反対されつつ、熱心に落葉の宮に求愛していた。花樹の枝に恋文を結びつけ、『あまり上手ではないが』恋の歌を詠んでいた。
香合など、ちょっとした贈り物も添えてあった。
一条より先に、朝顔の姫宮と朧月夜が折れて来た。
「我は結婚も出産もしたことはないが・・・夕霧のこと、許してやっても良いのでは?夕霧は父親と違うと思う」
「そうじゃ」
しかし、一条には二人の姫宮が出戻ったことは重荷になって、のしかかっていた。だが、最終的には女三の宮が、強く背中を押してくれた。
「姉様と夕霧のこと認めてやって下され・・・姉様はずっと夕霧を好いてきたのですから」
「・・・」
やっと、一条はうなずいた。
紫の上と柏木の喪が明けて後、落葉の宮と夕霧は一緒になった。大きい祝宴は無かった。だが、結婚して、すぐ落葉の宮は身ごもった。
結局、その後、落葉の宮は夕霧の子を累々と産んだ。
(雲居の雁にも子供が多かった。冷泉、夕霧、皇后しか子のいない源氏の君とは違った。)
朱雀が女三の宮にお尋ねになられたことがある。
「うらやましいですか?」
「いいえ」と女三の宮はお答えになられた。
「私は柏木だけを恋し、柏木の子を授かったことを誇りに思っています」
朱雀は、ちょっと困ったように微笑した。
落葉の宮が出産する度、大きい祝宴が開かれた。
だが、二人目が産まれ、落葉の宮が三人目の子を身ごもっている時、一条御息所は病に倒れた。
今上、女一の宮、落葉の宮、女三の宮ら皆が「おたあさん」と周りで泣いていた。
三歳の薫と匂宮も、訳も分からぬまま、一条御息所にすがりついていた。
周りの者、朝顔の姫宮、朧月夜、箱崎も泣いていたが、一条御息所はうっすらと満足そうな笑みを浮かべていた。
女三の宮だけは気の毒なことをしたが、薫がいる。子供たちは、それぞれの幸せをつかんでくれた。上出来な人生だった。
もうすぐ、彩子さまと源氏女御の所に参ろう・・・ただ・・・
一条は弱りつつも、明石の君に頼んだ。
「明石さま、そなた様にお願いするのは、おかしきことかもしれませぬが・・・本院さまや朝顔の姫宮さまは世俗のことには疎きお方・・・どうか、お世話を・・・」
「ええ、分かりました。かしこまりました・・・」
「・・・皆の者には申し訳無いのですが・・・御所さまと少しだけ二人に・・・」
明石の君は匂宮の手を引き、他の者たちも、席を外した。
朱雀は一条の手を握った。そして、唇に唇を重ねた。
「我々は・・・ずっと一緒に生きてきたの・・・美里」
一条はうれしそうに微笑んだ。この時代、女子『おなご』の本当の名前は、本当に好きあうている者にしか言わないのだった。
「我も・・・すぐに行こうぞ・・・」
「いいえ、御所さまは薫と匂宮が大人になるまで見届けて下さいまし」
「何と!!・・・それでは、ずいぶん長い別れになるの・・・」
朱雀は一条の手をもう一度、握った。
数日後、一条御息所は薨去した。
一条御息所の薨去から三年後、朱雀は五十六歳になっていた。
朱雀、冷泉、秋好中宮、朝顔の姫宮、朧月夜、明石の君。皆、喪服を着て、中庭を眺めていた。
「煙が上がったように見えます」
「そうかのう・・・」
冷泉と朝顔の姫宮が言葉を交わした。
しかし、朱雀は庭をはさんだ向かいの廊下に一人の女人がいることに気づいた。薄雲女院に似ている。紫の上に似ている。
しかし、お二人ではない。あれは桐壺の更衣。
更衣の足もとには二人の幼子がまつわりついていた。一人はキラキラと美しく、もう一人はへちゃだった。更衣は美しい子を抱きかかえると廊の奥に消えて行った。
朱雀は涙を流し、合掌した。
「ご覧になられたのですな・・・」
明石の君の声が遠く聞こえた。
源氏の君の火葬の終わった時、朱雀は薫が匂宮の道具箱をさわっているのを目撃した。
「何をしておいやる?」
薫はビクンと震えた。朱雀が道具箱のふたを少し開けると、蛇、くちなはがいた。
朱雀は笑った。我々は生きかわり、死にかわり、同じことを繰り返すのじゃの・・・
気の強い匂宮は、よく薫にきつく当たっていた。
「これはこのままにして、オジジと逃げよう」
朱雀は薫の手を引いて、廊下をすべるように進んだ。
「ぎゃあぎゃあ」
匂宮の泣き声が聞こえて来た。
梅雨が終わった真夏の黄金の光の束が中庭に落ちていた。
光・・・もう怖くない。
朱雀は自由な右手で、薫の左手を握ると、夏の光の中に、そっとすべりおりた。
『fin』
ちょっと長い作品だったのですが、原作の第二部まで、投稿し終えることが出来ました。最後まで、ありがとうございました。
皆様から、たくさん応援をいただき、第三部も書きたいと思います。
でも、とりあえずは終わりです。本当にありがとうございました。言葉にならない、大きい感謝です。




