地獄
下働きの者から、うすうす伝わっていたが、朱雀は夕食の時、一条、落葉の宮、朝顔の姫宮、たまたまいた朧月夜に皇后の御懐妊、明石の君の「予言」、源氏たちの住吉参拝について報告なされた。
朝顔の姫宮は、長年、神に仕えて来た者として、明石の君の不思議な力を「左道」『邪悪な魔術』と言い、面白からず思っていたが、明石の君は朝顔の姫宮を皇族の重鎮としてへりくだり、贈り物を欠かさなかった。そのため、朝顔の姫宮も。明石の君の予言は、何となく信じていた。
「今上は陛下に比べて、お盛んなことじゃ」
と朧月夜は軽口をたたいた。
今上はおっとりしていて、明石の君と髭黒のなすに任せていた。
また、源氏の君の住吉御幸については、以前も書いたが、皇族の熊野御幸の習慣が、まだ生まれていなかったので、朱雀と朝顔の姫宮は口に出さなかったが、少しうらやましく感じていた。
その年の晩秋、初冬、十月ごろ、源氏、明石の君、明石中宮『皇后』、明石の尼上『明石の君の母』、紫の女王さんは、摂津『大阪』の住吉大社に参拝に出かけた。
そして、女三の宮は御所に参内、帰って来た。
「お美しくなられた」
と一条と朝顔の姫宮は思われた。
女三の宮は、ニ、三日、御所での気楽な生活を過ごされると、琴の特訓に入った、と思わせるのが、女三の宮、落葉の宮、夕霧、柏木、紅梅の反逆、謀議であった。
「姉様、お願いいたします」
「うむ・・・」
落葉の宮は琴を弾き出した。
落葉の宮、夕霧、紅梅が交代で、琴を弾き、朱雀たちを安心させ、その間に女三の宮と柏木が密会するのだった。
念のため、落葉の宮、夕霧、紅梅は女三の宮の部屋に控え、琴を弾き、女三の宮と柏木はさらに奥の部屋で逢った。
「おひいさん!!」
「柏木!!」
柏木は源氏の君のような絶世の美男子では無かった。しかし、手足がスラリと長く、若さと意志にあふれていた。
柏木は女三の宮の上着を脱がせた。この時代は布団ではなく、上着をかぶって、寝るのだった。女三の宮も、震える指で、柏木の上着を脱がせた。
二人の耳には、落葉の宮の狂しく響く琴の音『ね』が入って来た。
柏木、柏木、やっと逢えた。
二人は背徳の海へと落ちて行った。
源氏の君の御幸の間、女三の宮と柏木は『落葉の宮、夕霧、紅梅の助けもあり』何度も、密会を重ねた。
そして、源氏の君たちが帰洛すると、女三の宮は六条院に帰還して行った。
しかし、女三の宮は気づいていなかった。その時、お腹に新しい命が宿っていたことを。
その年の年末年始は、皇后の無事な出産も願い、朱雀は冷泉と今上を従え、いつも以上に真剣に祈っていた。
神事とは縁のない源氏の君は、六条院で、大々的に新年祝賀の宴を開いた。
柏木も来ていた。
人々がごった返している中で、女三の宮は柏木に告げた。
「柏木、ややこが出来てしまったかも知れない!!」
「!!」
「恐ろしい・・・罪深い・・・でも、産みたい!!」
柏木は愛おしさをおさえられず、女三の宮を抱きしめた。
翌月、二月、桜のころ『旧暦』、明石中宮『皇后』は無事に男皇子『後の匂宮』を出産した。
この時代、今上は御所を離れられないが、太上天皇である朱雀には少しの自由があり、一条、朝顔の姫宮、朧月夜を連れ、孫の顔を見るため、六条院に行幸なされた。
吉日を選び、落葉の宮、太政大臣、四の君、柏木、紅梅も同じ日に参上した。
春の対の広間で、朱雀は三の皇子に対面した。
「この皇子は、本院さまに似ていらっしゃいますな」
と明石の君に言われ、朱雀は複雑な気持ちになった。
女三の宮は新年から、病みがちであったが、その日は出席していた。
柏木と目線を交わした。
その時、明石の君が悪魔的な笑みを浮かべた。
「今日はもう一つ慶事がございます」
落葉の宮は察して、叫んだ。
「仰せになってはなりませぬ!!」
しかし、明石の君は無視した。
「女三の宮さまも、身ごもられていらっしゃいます」
朱雀と一条は、驚きつつ、顔をほころばせた。ところが、源氏の君は悪魔のような形相となった。
「そ、そ、そ、そのような・・・宮よ、誠なのか!!?」
女三の宮は大粒の涙をポロポロこぼしつつ、うなずいた。
源氏の君は激昂した。
「不義密通じゃ!!相手は誰じゃ!!?」
朱雀は驚きつつ、源氏の君に反論した。
「何を申す。そなたのわこ様であろう?」
「いいえ!!違います。俺は宮さまと男女のことをしたことはないのですから!!」
「誠です。源氏の君は何年も前に男としては駄目になったのですから・・・」
花散里夫人が口をはさんだ。今度は朱雀と一条が怒った。
「そのような身で、姫宮と結婚したいなどと・・・」
女三の宮がお腹に手を当てて、叫んだ。
「この子は源氏の君の子ではありませぬ!!しかし、誰の子かは、申しませぬ!!」
しかし、明石の君が言った。
「さっきから、柏木の姿が見えませぬな・・・」
女三の宮の顔色が変わった。女三の宮は自室に戻ったが、悲鳴をあげた。
柏木は調度に帯を引っかけ、首をくくっていた。自殺していた。
女三の宮、落葉の宮、太政大臣、四の君は柏木の亡骸にすがって泣いた。
しかし、源氏の君は柏木の亡骸を杖でぺしと打ち、女三の宮を柏木から引きはがすと、頬を打った。『ぶった』
「このような小僧と不義密通を・・・皇女としての品位も威厳もない!!」
それを聞いた朱雀の中で、何かが切れた。一生分の憤ろしさが爆発した。
「何が不義密通じゃ!!?・・・そなたが、薄雲女院さまに、冷泉院さまに、おもうさんにしたことこそ、不義密通であろう!!我はずっと知っていた!!」
いつのことだろうか、夏の朝だったと思う。雨が激しく降っていた。廊下を散歩していた朱雀と一条は藤壺の宮の部屋から出てくる源氏の君を目撃した。
「だが、我は黙っていた。多くの者も知っていたが、黙っていた。愛しい者を奪われることは酷い『むごい』ことじゃから!!」
朱雀の脳裏に、一瞬、朧月夜と秋好中宮の顔が浮かんだ。
源氏の君は顔色が変わり、へたり込んだ。朝顔の姫宮、朧月夜、花散里夫人、末摘花女王の顔を見たが、皆、気まずそうに目をそらした。
俺はずっと道化であったのか・・・虚脱する源氏の君の背後で、紫の女王さんが倒れた。
「女王さん!!」
花散里夫人が悲鳴をあげた。
「じ、地獄じゃ・・・まるで、ここは・・・三の宮よ、御所に帰ろう。おもうさんの所に帰って来なさい・・・」
女三の宮は朱雀院の胸で泣き崩れた。
柏木の葬儀の数日後、紫の上も薨去した。そして、女三の宮は落飾した。
事情を知らない都衆は、かつての六条御息所の怨霊が、紫の上と女三の宮を殺そうとし、女三の宮は朱雀の法力で守られたが、巻き添えをくった柏木が死んでしまった、と噂していた。
太政大臣と四の君も落飾した。
落葉の宮も御所に出戻って来た。
皇女が二人も出戻って来るとは、と朱雀は思し召されたが、一条、朝顔の姫宮、朧月夜はどこかしら満足そうにも見えた。
今上は妹宮二人が出戻ったことを苦慮していた。
しかし、決して責めはしなかった。
かえって、明石中宮『皇后』は、超人的な母、明石の君より、優しく育ててくれた紫の女王さんの薨去に大打撃を受けていた。
今上は明石中宮を気づかっていた。
こんばんは。今日は投稿出来ない可能性が高いみたいに言っていたのですが、いくつかの病院、役所、金融などの用事が早く終わり、逆に一番、クライマックスになるところを投稿出来ることになりました。
原作を読んでも、この辺りが壮絶なので、この辺りで終わってしまっている印象が強い、そういう印象の方が多いと思うのですが、このあと、もう少し、第三部への伏線になることが書いてあります。あと、数日かもしれませんが、よろしくお願いいたします。
ここまで読んで下さった方、ありがとうございます。
あまりいないかもしれませんが、原作を読まずに、こちらを先に読まれた方は衝撃を受けられるかもしれませんが、すいません。
本編全部を投稿したら、アレンジしたところをまとめた文章、解説する文章を出そうかな、とも思います。(原作をよくご存知の読み巧者の方が多いので、必要ないかもしれませんが。)
ここまで投稿して、ホッとしています。本当に、本当に、ありがとうございました。
明日は最低一話は投稿出来ると思います。よろしくお願いいたします。




