最後の求婚
数日後、太政大臣は本院のもとを訪れていた。
源氏の君が「賀の宴」の時に配った品が「不吉」と言うので、朱雀が引き取ることにした。
「本院さまの前で危なくなるなど縁起でもない。あの日、供奉『ぐぶ』した者たちは皆、ケガレをはらわせました」
太政大臣は愚痴っぽく言いつつ、からくだものを口にした。
「もっとも、私も年を取りました。こうやって、からくだものをいただけば、もう夜まで食べなくても大丈夫でございます・・・」
「何と、それはいかぬ。三食をちゃんと食べることが食養生ぞ・・・」
本院は若い時は健康をあやぶまれていたが、年をとり、元気になって来ていた。
と、そこに髭黒と明石の君と言う珍しい組み合わせが参上してきた。
「本院さま、明石の君さまよりお願いの儀があるとのこと」
「私の願いではございませぬ。源氏の君よりの伝言でございます」
ところが、その内容はとんでもないものだった。
「先日は見苦しき姿をお見せしたとわびておりました。そして、先はもう長くないので、最後のお願いをいたしたいと・・・」
「最後とは穏やかではない。何事であろうか?」
「はい・・・本院さまは女三の宮さまの御結婚の御相手をお探しになられているとか・・・源氏の君は、そのお世話をしたい。つまり、源氏の君ご自身が結婚したいと仰せになっているのです」
あまりの内容に本院と太政大臣は絶句した。明石の君はかまわず続けた。
「源氏の君は、この世のあらゆる願いはかなえた。最後の願いは天皇の姫宮と結婚するだけ、と申しております。
明石の君は不思議な笑みを浮かべた。
「馬鹿馬鹿しい妄執にございます。お断りなさいまし」
朱雀は冷や汗をかいた。そんなに単純な問題では無かった。
源氏の君の願いはだいそれた願いではあったが、考えてみると、源氏の君の他に女三の宮を引き受けられそうな人はいなかった。
夕霧がいると思われる方もいらっしゃるかも知れないが、夕霧は太政大臣の娘、雲居の雁と結婚していた。
一応、承ったが、即座に答えられぬ故、と本院は明石の君と太政大臣を帰した。
太政大臣は源氏の君を呪う言葉をつぶやいていた。
本院は残った髭黒に、お尋ねになられた。
「申し出を握りつぶしてしまわなかったと言うことは、そなたは源氏の君との結婚も悪くないと、お思いか?」
「はい」
本院は眉をひそめた。
「親子ほど年が離れているので、非常識と思われるかも知れませんが、逆にお考え下さいまし。源氏の君は先が長いとは、とても言えないと思います。今、結婚して、源氏の君が崩御したら、莫大な遺産を相続して、また若い相手と再婚することも出来ます」
そんな考え方もあるのか、と本院は仰天した。しかし、一条や朝顔の姫宮はお許しにならないだろうともお思いになられた。
この時代、間者とまでは言わないが、下働きの者たちの情報交換があり、一条と朝顔の姫宮は確かに、本院から直接うかがうより先に、源氏の君の申し出を知った。
そして、文字通り震えた。
一条は朝顔の姫宮に申した。
「かつて薄雲女院さまが落飾したいと仰せがあった時、彩子さまが『もののけにとりつかれていらっしゃる』と申され、女院さまが『無礼を申すでない』と仰せになりましたが、あながち間違っていなかったと思います。源氏の君は女子『おなご』の幸せを奪うもののけ、妖怪じゃ」
そこに、『下働きの者から伝え聞いた』朧月夜が参内した。
「たいへんなことになりましたな。しかし、私はこのような事が起こるのではないか、心配しておりました」
「えっ?何故です?」
「源氏女御が御健在の時、源氏の君はよく弾棋をやりに来ておりましたろう?よく負けていらした」
「ええ、他の人には強いのに」
「それを、あなた『一条』や姫宮『朝顔』は御神威などと仰言っていましたが違いますよ。源氏の君は源氏女御に見とれていたのです・・・」
「まあ!!」
一条は源氏女御の無邪気な笑顔を思い出した。源氏女御は決して姉の薄雲女院に似ていなかったし、女三の宮も『薄雲女院には』似ていなかった。しかし、源氏の君の女院への執着はものすごいものであったのである。
朧月夜はズケズケ攻めてきた。
「夕霧殿を雲居の雁と結婚させたのも、源氏の君の計算だったのかもしれませんよ。皇女と結婚出来る男は限られていますから・・・」
一条と朝顔の姫宮は、じりじりと源氏の君に追いつめられるような不気味さを感じていた。
源氏の君以外の候補。
夕霧。雲居の雁と結婚しているので、駄目。
紅梅『柏木の弟』。一つの家に二人も皇女が嫁ぐのは駄目。
源氏の君の弟の蛍兵部卿宮や八の宮。財産や親戚が少ないので駄目。
冷泉院。秋好中宮と結婚しているし、子供が出来ないので、女三の宮が気の毒。
確かに源氏の君以外の候補は難ありだった。
本院が御座所に戻って来ると、三人の女子『おなご』は灯りもつけず、思い沈んでいた。
本院も、流石に慰めかねた。
そこに、三人の姫宮が合流し、夕食をとったが、重苦しい雰囲気だった。
一条、朝顔の姫宮に加え、冷泉院と太政大臣も、源氏の君と女三の宮の結婚には反対だった。本院は源氏の君の女君『おんなぎみ』『夫人』たちも招いて、意見をお聞きになられた。
紫の女王さん、明石の君、花散里夫人、麗景殿女御『この人は厳密には夫人でない』、末摘花の女王さんが招かれた。
紫の女王さんと花散里夫人は対応を苦慮しているようだった。
明石の君は『どこか人を馬鹿にしたような』笑みを口もとに浮かべつつ、目は決して笑っていなかった。
そんな中で、独特の意見で本院を感心させたのは末摘花女王だった。
「三の宮さまと源氏の君は美男美女なので、皆様、夢物語のようなことばかり考えていらっしゃいますが結婚はキレイ事だけではございませぬ。三の宮さまは今上陛下の妹なので、落ちぶれることは決してなけれど、若くなくなった時、夫もいないことは心細く、さみしきことにございます。人はどうお思いか分かりませんが、私は源氏の君と結婚出来て幸せでございました」
ある種の真実のある言葉で、皆、重く受け止めていた。




