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朱雀院  作者: 夢野ユーマ
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彩子の夢

それを横目に、彩子は一条に語った。

「一条殿、覚えていますか?私がそなた様の里を訪ねた夜のことを」

「ええ、決して忘れることはないでしょう」

「実はの・・・本院さまは迷信をお嫌いになるので秘密にいたしておったのじゃが・・・わらわは清水寺の観音さまに夢のお告げを得て、入内したのじゃ・・・」

「ええっ!?」

「清水寺に千日参詣すると御利益があると申すじゃろ・・・多くの者は、この日に参ると千日参ったのと同じと言う日にお参りしておるが、わらわと髭黒は本当に千日参詣した。徒歩『かち』で・・・」

「・・・」

「長く参詣しておると門前市の者が食べ物をくれたり、地方の者が宿に泊めてくれたり恩恵があったのじゃ・・・千日以上参詣したかも知れぬ。夢を見た。夢の中で、わらわは須弥山『しゅみせん』を右の手にささげ、その山の左右に太陽と月が出ていた。太陽は親王。月は内親王じゃ。そして、わらわは山を広い海の上に浮かべ、小さい船に乗って、西の方に向かった。そして、観音さまのお告げを聞いた。春宮さま、本院さまの立場は当時は弱かったが、わらわと結ばれれば、その皇孫は未来まで無限に栄えて行くであろう、と。だから、わらわは春宮と姫宮の誕生を言い当てたであろ」

「・・・」


あまりに思いがけない内容に一条は言葉を失った。


本院に話したかったが、彩子との約束があるので、出来なかった。

宿命と言うものなのであろう。一条御息所は、そう思し召された。


そして、別の方も宿命に苦しまれていた。

当今である。


玉鬘事件の年の暮に六条院は完成した。

一応、関白・内大臣や、新式部卿宮も御祝いにうかがったが、当今は無視していたし、秋好中宮が里下がりすることも無かった。


そして、年末年始を終えると当今は十七歳になられたが、松の内ごろに本院に仰せがあった。


「東宮さまは十三歳になられました。そろそろ、御即位なさっても・・・」

「いやいや」


源氏の君や当今は成長・性徴が早く、外見も美しかったが、本院と彩子の間の東宮はへちゃだったし、年齢のわりには幼かった。


当今の遜位の御気持ちは内々、私的にではなく、新年の朝議であったので、御所、都の噂になった。

源氏の君は当今と関係が悪くなってしまったので、帝の交代は望むところだった。


関白・内大臣は当今と上手くやっていたが、もともと本院とは母后、四の君との親戚関係があったので、本院の東宮の即位は悪い話では無かった。


彩子はもちろん狂喜した。一条は当今をお気の毒に思し召されたが、かえって位から解放することが良いのではないかと思し召された。


本院と秋好中宮は内々で、当今の真意を確かめた。その返答は思いがけない、しかし、深刻なものだった。


「即位して七年も経ちますが、子が出来ません」


本院と秋好中宮は顔を見合わせた。


「本院さまに誤解がないように奏上いたしますが、男女のことを知らない訳ではありませぬ。しかし、それで子が出来ぬと言うことは・・・」

「そなたは、まだ若い。焦るのは早すぎる」

「いいえ、本院さまは結婚して二年で天津日嗣がお生まれになったではありませぬか。僕の血筋が残ってはいけないと言う天意です」

「そんなことはない。諦めると産まれることも多い」

本院は苦し紛れで、そう仰せになったが、確かに天皇にとって男児が生まれるかは、大問題だった。最悪、姫宮がいらっしゃれば、皇族の男子と結婚すれば皇統を継ぐことが出来たが、当今には一人もわこ様がいらっしゃらなかった。

本院は二十四歳で即位し、二十六歳で東宮が誕生した。

当今は十歳で即位したので、十三歳ぐらいからと計算しても子供が産まれないのは由々しいことだった。


現代にいたっても、多くの方が悩まれている問題だった。


そして、本院は髭黒と一条に、当今に後継ぎ問題があるなど、中流、下級の公家、官人、都衆に噂してはならぬと申し伝えよ、と仰せになった。


その時の本院は、六条御息所の事件で、噂は禁ずれば広がると髭黒が奏上したことをお忘れになっていた。

また、髭黒も、あえて黙っていた。


すぐに御所でも、市でも当今のお世継問題が話の種、話題の中心となった。

口さがない都衆は、当今と薄雲女院には何か罪障があるのではないかとすら、申した。


その年の秋、花散里夫人と夕霧が本院の御座所を訪れていた。

夕霧は十四歳だが、東宮に比べると大人びていて、令和の御代の高校生か、大学生ぐらいに見えた。


花散里夫人は源氏の妻というより、夕霧の養母となっていた。

そして、かつて本院が夕霧に与えた荘園の春夏秋冬の品を御所に献上しに来ていた。

松茸、栗など、別にすぐ市で買えるようなものながら、その志がありがたかった。


その日は男子『おのこ』と女子『おなご』に分かれて、話をしていたが、彩子が花散里夫人にふざけて申した。


「花散里夫人は、もうあっちの方は全然ないと申すのは誠にございますか?」

「おお、誠も誠。もう何年も、あっちの方はございません」

一条と朝顔の姫宮は、困った顔をしたが、彩子と花散里夫人と朧月夜は「きゃあははは」と笑い崩れた。


「でも、もし私が求めても源氏の君も、もうあっちの方はダメになっているようです」

「ええっ!?」


思わず、一条は声を上げたが、朧月夜もうんうんとうなずいた。詳しく聞きたいと思ったが、東宮が「おたあさん」と入ってきたので、そのことは沙汰止みになった。



そして、初冬のある日、本院は源氏の君と関白・内大臣をお召しになった。

「お二人とも、すでにご存知であろうが、当今にはお世継がない。そのため、遜位の御気持ちがあるのじゃが・・・いかがしたら、よかろう?」


源氏の君が即答した。


「どうもこうもありませぬ。東宮さまが即位なさるべきかと思います。そして、お約束通り、明石の姫君(この時、九歳)と結婚するべきです」


関白・内大臣も奏上した。


「我が家にも、雲居の雁と言う姫がおります。是非、入内を・・・」


本院は嘆息した。ご自身が春宮の時に知っていたが、世間は立場の弱いものに冷たい。


とはいえ、東宮の即位は時間の問題と思われた。


ところが、東宮の即位を一番願っている者が待ったをかけた。


彩子が崩御したのである。

こんばんは。今日も、少し更新しました。金曜日、土曜日、日曜日も、最低一話は更新出来ると思いますが、第一部の登場人物がだんだんいなくなって行きます。内容的に、ちょっと更新のペースが落ちるかもしれませんが、よろしくお願いします。


いつもありがとうございます。

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