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朱雀院  作者: 夢野ユーマ
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さらば轟運の男

一方、市では話が大きくなりやすく、帝が一時危篤に陥った、と噂が流れた。帝は三十一歳だったが、この時代、そのぐらいで亡くなる人が多かったからである。

禄を配ってくれる、市を活気づけてくれる帝と人々は思っていたので、御所の方を拝んだ。

また下級の役人も、帝は本復なさったのだろうか?と噂していた。


しかし、帝は公務に復帰し、人々は胸を撫で下ろした。

だが、別の人が危篤になった。帝の祖父、太政大臣である。


桜の散るころ、太政大臣は息子たち(帝の叔父たち)に支えられ、参内した。

「オジジ!!」

「陛下、もはやお別れと思い、お名残にうかがいました」

「お別れなど申しては困る」

「いいえ、私はあらゆることを目にいたしました。母后に恵まれ、母后はあなたさまを産んで下さいました。幼い時は、御体を御心配いたしておりましたが、陛下は私の想像のはるか上を行く英主。皇室の中興の祖となりました」


太政大臣は、苦しそうながら、笑みくずれた。


「公地公民、律令国家を廃止すると帝が仰せになった時の源氏の君、左大臣、宰相中将の馬鹿面、何度思い出しても楽しくなります。普段、すましくさっている三人がボロを出しました」


その時、帝の叔父の一人が帝に文箱を差出した。


「それは遺言状です。我が荘園は四つに分割いたしました。一つは陛下。一つは母后さま。母后さまの財はいつか陛下のものになります。残りの一つは朧月夜。女子『おなご』ですが、我が一族のかじ取りを託します。残りで他の息子たち、娘たち、孫たちのめんどうをみさせますが、どうか陛下も我が一族に目をかけてやって下され」


涙ぐみつつ、帝はうなずいた。


「これからの内裏は、源氏の君、宰相中将、そして髭黒のものとなるでしょう。我が息子や、孫は中央では生き残れぬでしょう。明石の君の富を見て、考えを改めました。我が子孫は上国の太守や、陛下の金山銀山の管理人など位より、収入のいいところにつけてやって下され」

「格別の配慮をいたそうぞ・・・」

「そして、これを申し上げるは心苦しけれど、朧月夜が年を重ねて、源氏の君と結婚したいと言ったら、後見人になってやって下され」

「それを我に頼むのですか?」

「他に信用出来る方がいらっしゃらないので・・・」

太政大臣は豪快に笑った。帝もつられて笑った。


参内の二週間ぐらい後、轟運の男、太政大臣は薨去した。


慣例として、帝・皇族は家臣の葬儀に出られないため、火葬の刻限、帝と母后、妃たちは念持仏に祈りを捧げていた。

気の強かった母后も、父、太政大臣の死で弱ってきた。


帝も、ある決意を固めつつあった。


5月5日の節句の後の吉日、帝は薄雲女院を御所に招いた。


「女院さま、東宮は9つになられましたが、十三、四、ぐらいに見えるほど成長いたしております。父帝と我がそうだったように、来年の桜の宴の後の吉日、遜位を実行しようと思います」

「そんな、早すぎます!!」

「いいえ、オジジがおかくれになる前、私も季節の変わり目だったためか、体調を崩しました。我がまだ公務や神事のやり方を教えられ、手伝えるうちに引退して、安心したいのです。人事も考えました。左大臣を摂政に、源氏の君を内大臣に、宰相中将を中納言にします」

「皆、見かけだおしのでくのぼうばかりです。

帝は吹き出すのをこらえるのに骨が折れた。


「しばらくは、我が一族が公務と神事をお助けいたします。また朝廷の予算の三分の一ぐらいも我が負担します」


女院は決して納得していなかったが、やむを得なかった。また、昇進を約束された源氏の君、左大臣、宰相中将は、いそいそと準備を始めた。

特に宰相中将は帝一族に贈り物を持参して、願いを奏上した。


「来年、ご遜位があるとの事ですが、私と四の君の間の姫を東宮さまに入内させたいと思います」

「おお、そなたの姫はそれほど大きうなられましたか。良いではないか」

と帝は即答した。宰相中将の姫は『親子ほど年が離れているが』帝の従妹であり、朧月夜の姪でもあり、帝は古風なもの、朧月夜は今様なものを十分に贈った。


また、帝は7月7日の節句から、東宮も神事に出席させ、有職故実を学ばせた。年末年始の神事も。


御所の下級の官人、市の人々も、御代替わりがあることで、最初は心配したが、禄などは変わらないことが判明すると、一安心した。

そして、御代替わりをめでたがっていた。


帝は引退後は朱雀院と言う御所にうつることも、お決めになられた。大内裏から南へまっすぐ伸びる大路の、ごく御所の近く。通りの西。小ぢんまりとした古い御所である。

帝は朱雀院を預かっていた下級の公家に対面した。紀貫之と言う老人で、そんなに仕事がないので和歌の研究をしたり、作り物語を書いたりしているとのことで、帝は面白く奏上を聞いた。

酒が好きと言うことで、清酒少しと、どぶろくを多く与えた。


母后は、退位に一番反対しそうだったが、太政大臣の死で反対する気力を失っていた。逆に殊勝げにふるまっているが、喜びを隠せない女子『おなご』がいた。彩子である。

東宮が天皇になられれば、若宮が新しい春宮になられる。

そして、十年ぐらいたてば即位される。

そうすれば、彩子は皇太后、国母になられる。


源氏女御はともかく、一条は帝が天皇としての激務から解放されることは良いことだと思っていた。

予告どおり、朱雀院の退位まで描きました。しかし、新帝冷泉天皇の治世は多事多難で、朱雀院はすぐ宮中に戻って来ます。どうか、お楽しみに。

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