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朱雀院  作者: 夢野ユーマ
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朧月夜

帝位をめぐる問題は難しく、弘徽殿の女御や右大臣は、(例え、虚位であっても)春宮が即位することは喜ばしいことと思っていた。

他の皇族、貴族は、さしたる深い反応は示さなかった。


春宮自身は、ちょっと困ったことになったと思っていた。

即位する以上、あまり身軽には動き回れない。

ハッキリ言うと、結婚をしないといけなかったからである。


春宮は素直に母后にそれを仰せになられた。


「我のところに入内する姫君があらせられようとも思えませぬ」


ところが、母后は怒り狂ったりするかと思っていたのに、意外な反応を見せた。

落ち着き払い、自信ありげな表情をお見せになられたのである。


「ご心配なさることはありませぬ。最大のあてがあります」


右大臣も、うんうんと自信ありげにうなずいていた。

春宮は戸惑われた。


そして、その日、春宮は、母后の仰せになる最大のあて、お妃候補とご対面なされるのであった。


「頭の中将さまがおみえになりました」


女房の一人が、そう告げた。

病臥している時以外は、春宮は来客を断ることはめったになかった。

頭の中将は、春宮の従弟であった。

頭の中将の父は左大臣、母は桐壺帝の妹の大宮であった。大宮は桐壺帝に似ていた。つまり、あまり美女でなかった。そして、頭の中将は大宮似だった。つまり、美男子ではなかった。しかし、頭の中将は何をどう勘違いしているのか、自身を源氏の好敵手だと誤解していた。春宮は時々、我々は源氏の君にはかなわないのだから、もっと張り合わずに、肩の力をぬいて生きて参りましょうと声をかけたかったのだが、頭の中将からは斥力『しりぞける力』が出ていて、言えなかった。

やむごとない身分だと、嫌なことも、どんどん耳に入って来て、頭の中将さまは下京の方で夕顔の君と言う方を囲って、姫君までもうけられたが、源氏の君に盗られてしまったそうだ、と来客から聞いた。


どういうつもりなのだろう?源氏の君の非道を訴えているのか?頭の中将の不幸を、我が喜ぶと思っているのだろうか?


そんなはずはなかった。頭の中将は、父方から言うと従弟だが、母方から言うと、母后弘徽殿の女御の年の離れた妹・四の君と結婚していたため、(頭の中将の方が年下だが)頭の中将が叔父、春宮が甥の関係でもあった。


「春宮さま、今日はおめでとうございます」


左大臣家には大げさなところがあり、頭の中将は束帯と言う正装でいた。

しかし、女房たちは手慣れた風に青磁の茶碗と皿で、茶とからくだもの『果物でない菓子』、果物を出した。

頭の中将は、よく出入りするので、頭の中将用の食器があった。


「葵の上は、お元気であらしゃいますか?」


これも、決まった挨拶になっていた。頭の中将の妹、葵の上は源氏の夫人だった。

うっすらした記憶だが、本当に幼い時、母后の心が藤壺の宮に乱される前、春宮、源氏の君、葵の上、頭の中将は御所の中でたわむれていた。

病で、身が不自由になる前でもあったのだろう。


葵の上は隔世遺伝だったのか、美少女で、勝ち気で、少しわがままなところもあった。


幼い葵の上と源氏の君は雛人形のようであった。


母后弘徽殿は、葵は当然、春宮の皇后になられると思っていた。

ところが、葵は、源氏の君のもとに嫁ぐことになった。

桐壺帝の意志だったのか、左大臣の意志だったのか、大宮の意志だったのか、葵の上ご自身の意志だったのか、今となっては分からない。

また、春宮も、ご存知になろうとも、お思いになられなかった。


ただ、この結婚はとても残念な結果になった。

源氏の君と葵の上は、ことあるごとに衝突し、上手く行かなかったのである。


「お元気であらしゃいますか?」は「夫婦仲はどうですか?」の意味を含み、「上手く行きませんねえ」と言う詠嘆を含んでいた。

頭の中将も心得たもので、「あいかわらず、上手く行きませぬ」と答え、お茶を一口飲み、からくだものを口に運んだ。


この時代の帝、春宮は別格として、貴族の身分は高いと言っても、不安定なところ、難しいものがあった。

例えば、女性の貴族の場合、身の回りの者によく注意していないと、本意でない男を邸に引き入れられてしまうこともあった。


逆に男君の場合、女君のところに出かけるとき、下人の扱いが悪いと、「あんな所、ろくでもない所です。○○のところに行きましょう」などと言われてしまう。

その点、左大臣、葵の上は、源氏の下人にまで豪華なお弁当、餅、果物など与えていて、不足ないようにしていたが、葵の上にとっては不運なことに六条御息所と言う強力なライヴァルがいた。

六条御息所は藤壺の宮の父である先帝の東宮の妃で、姫宮を産んでいたが、東宮がおかくれになったので、位は桐壺帝に転がり込み、財産は六条御息所と藤壺の宮が相続した。春宮は古代なる人『古風な人』だったので、畏れ多いことと、思し召されたが、源氏は六条御息所の美しさ、頭の良さのとりこになり、葵の上の下人、側近と、六条御息所の下人、側近は互いを激しく敵対視していた。


「やはり、六条さまのところへ?」


春宮が、そうお尋ねになると頭の中将は意外なことをお答えになられた。


「それが月の三分の一は葵、三分の一は六条さまのところに行っているのですが、残りは違うのです」


春宮は顔をしかめた。 


「いえ、遊里などではありませぬ。もとの御座所の二条院にいらっしゃるのです」

春宮は不思議そうな顔をなさった。


「あそこには・・・身分の高い姫君はいらっしゃらないはずじゃが・・・」

「はい・・・」


当時、男の実事の相手だけする召人『めしうど』と言う身分の女性がいたが、美しさも教養も、源氏を満足させられる者がいようとは思えなかった。二人が何かを言いかけた時、女房がやって来た。


「母后さまと右大臣さまがおみえです」


弘徽殿の女御と右大臣が参上した。女御は少し肥えていたが、若い時、美しかった名残は残っていた。

右大臣も、大柄で、肥えた、好々爺然とした老人だった。


「春宮さま、ご機嫌うるわしゅうございます」

右大臣は一応、挨拶した。

母后はいきなり核心にふれて来た。


「春宮さま、およろこびくださいまし。花嫁を連れて参りました」

「どちらの姫君なのでしょうか?」

「一族の者です。私の末の妹、朧月夜です」


春宮と頭の中将は、ちょっと驚いた顔をなさった。右大臣には、たくさんの夫人、たくさんの子供がいたので、母の妹と言うと、叔母と言うことになるが、春宮より若い娘と言うことにもなる。(この時代では珍しくないことであった。)


頭の中将は、少しうれしそうにしていた。

朧月夜が、春宮の皇后になられれば、未来の帝と、夫人同士が姉妹になるので、頭の中将にとっては悪い話ではなかった。


しかし、春宮はちょっと顔をくもらせた。母后の妹と言うことになると、美しさはともかく、気が強く、わがままな娘ではないか?と思ったのである。


その悪い予感は後に当たることになる。

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