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朱雀院  作者: 夢野ユーマ
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薄雲

帝が公地公民、律令国家の廃止を宣言したことはすぐに中流、下流の公家、役人、さらには都衆に広がった。その瞬間は何か恐ろしいことが起こるのか?と人々は思ったが、改めて、ちゃんと官位官職と禄が配られることになりそうだ、と言うホッとした雰囲気がかもし出された。



その中で、帝一家は藤壺の宮との食事会に臨んでいた。と言っても、藤壺の宮が願いを奏上したいと言うので、帝の御座所で食事をすることになった。

帝、一条、彩子、源氏女御、母后、藤壺の宮は静かに食事していた。

三の膳をたいらげた帝は、仰せになった。

「門院さま(藤壺の宮)に申し上げたき儀、これ有り」


全員がちょっと緊張した。帝がこういうかたい言い回しをなさる時は相手の聞きづらいことが多かったからである。


「おもうさん『桐壺帝』の遺産は四分割されました。一つは門院さまと東宮さま。一つは我とおたあさん。一つは源氏の君。二条東院も、ご相続なさいました。そして残りの一つで残りの親王、内親王のめんどうを見る。それは私も心がけます。それで、源氏の君は十分に相続なさいました。それ故、門院さまの皇室の財産は東宮が御即位あそばした時の大事なもの。源氏の君のために使ってはなりませぬ」


門院は苦しげな表情を浮かべた。

そして、門院の願いを奏上したが、それはとんでもないことだった。


「私と東宮は罪ケガレの多い、罪業の深い悪人です。罪ケガレを洗い清め、罪業から魂を救うため、二人の落飾をお許し下さい」


あまりの内容に帝は絶句なさった。


「もののけじゃ!!もののけにとりつかれていらっしゃるのじゃ!!」


彩子の叫びを門院は叱りつけた。


「承香殿さま、無礼を申すでない!!私なりに真剣に考えたのじゃ」


「お待ち下され。冷静になって下され」

帝は必死に叫んだ。


「東宮が元服したら、遜位を行うのは、おもうさんの遺言。門院さまが出家しては、即位した東宮の神事を手伝う者がいなくなってしまいます」


門院は泣きながら、床に手をついていた。

「私と東宮は・・・」

「なりませぬ!!」帝は叫んだ。「その先のことを申してはなりませぬ!!・・・知っております。私は・・・知っていて、許しているのです」


謎めいた言葉に門院は泣き崩れた。


しばらく後、門院は冷静になったが、東宮はともかく、自身の出家については譲らなかった。


流石の帝も最終的には説得を断念した。


その日の食事会は藤壺の宮の願いで、人払いをしており、控えているものは髭黒と箱崎だけだった。


「どうか出家のことは源氏の君には秘密にして下され。仲が悪くなったとはいえ、左大臣家から伝わると困ります。どうか秘密にして下され」


藤壺の宮は必死だった。


「太后さま、今まで私のことで、不愉快に思し召されたことがございましょうが、お許し下され。そして出家の秘密は守って下され」

「う、うむ・・・秘密にしようぞ」


その場にいるもので、段取りを打ち合わせした。もともと、藤壺の宮は桐壺帝の一周忌の行事として法華八講を予定していた。

法華八講。源氏物語の中によく出てくる仏事。その中身は法華経8巻を午前に一巻、午後に一巻と四日間で8巻を供養するものである。

そして、何故、この仏事が源氏物語の中に度々出てくるか、と言うと、法華経は女人の成仏をうたっているからである。


法華経提婆達多品『だいばだったほん』に、竜女『りゅうにょ』が女の姿から男の姿になり、成仏したと書かれている。『もっとも、帝ご自身は、女人はケガレているので、成仏出来ないと言う迷信を信じていなかった。』



それはともかく、八巻目を僧たちが読み終えたところで、帝が藤壺の宮の出家を発表することになった。そして、八巻目の始まる前に彩子が女子『おなご』たちに秘密を打ち明け、源氏の君から、藤壺の宮を守ることにした。


藤壺の宮の帰り際、一条は失礼かと思ったが、大皿に盛った鮎鮨を差し出した。


「門院さま、ご出家あそばしては鮎もお召し上がりになれなくなります。季節外れではございますが、どうぞ」


「おお、おきづかい、ありがたし・・・良きわこ様をお産みなされよ」

美しさ、優雅さ、気品を失っていない門院のご出家に、一条はわりきれなさを感じた。



すぐに法華八講の日はやって来た。

そして、7巻目を読み終えたあとの昼食。彩子は女子『おなご』たちに門院の意向を伝えた。『女子たちの顔ぶれは桐壺帝一周忌の時と同じだった。』『また、一条は8巻目だけ出席した。』


女子たちは、源氏の君を囲むように座った。源氏の君は何も気づいていない様子だった。



法華経8巻目を高僧が読み終えた時、僧の法話ではなく、帝が髭黒に支えられ、立ち上がった。席が少しざわついた。


「皆のもの、重大なことを申し渡す。門院さまはご出家なさることになった」


源氏の君の声にならない叫びが上がった。


その瞬間、彩子と朝顔の姫宮と朧月夜が源氏の君に抱きつき、動きを止めた。一条は源氏の君が『凶事まがごと』を申さぬよう、袖で口をふさいだ。

もちろん、源氏の君は女人たちをふりほどいたが、花散里、麗景殿女御、末摘花女王にすがりつかれた。しかも、意外な武闘派だったのが源氏女御だった。源氏の君の烏帽子をつかみとり、扇で頭を叩いた。

それもふりほどいた源氏の君は四の君『頭の中将の妻』を「どけっ!!」とつきとばしたが、次の瞬間に頭の中将に殴りとばされた。

そして、そこに髭黒と力の強い若者が来て、源氏の君は、とうとう取り押さえられてしまった。


一方、帝に見守られながら、門院は得度した。

「流転三界中、恩愛不能断」と経が唱えられる。恩愛は絶つことが出来ないと言っても、私はもう断ってしまったのだもの。

門院は切なく、お思いになられた。


当時の尼僧は、頭をそってしまうのではなく、肩ぐらいまでのおかっぱにしてしまうのである。

しかし、その姿を拝見した源氏の君は失神してしまった。


源氏の君が運び出されたあと、帝は特別立派な和紙に「薄雲女院」と書き、示した。


「門院さまに薄雲女院の称号をたてまつり、太上天皇と同格の待遇と定める」と、帝は仰せになった。


女院に、東宮と引き続き同居するよう仰せがあったが、女院は三条にある小さい屋敷に移られることを御希望なされ、東宮は帝一家がめんどうをみることになった。

平日も頑張って更新していますが、明日は本当にお休みするかもしれません。しかし、三連休は頑張ってなるべく更新したいので、よろしくお願いします。

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