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助けた亀がくれた妻  作者: ももんがー
8/18

第八話 亀と妻と市へ

 市は盛況だった。


 俺も初めて来たが、きちんと区画割りされた場所に店が並び、整然としている。

 それでいて呼び込みの声や客と店主のやりとりの声があちこちで響き、賑やかで勢いがあった。


「すごいです」

 頬を紅くして姫君がキョロキョロと辺りを見回す。

 胸の前で手を組み、どこから見ようかと目移りしているのがまるわかりだ。

 そんな姫君の頭から(うちぎ)が落ちそうになっているのをかけ直してやり、ついでにぽんぽんと頭をなでる。


「落ち着いてください姫君。店は逃げません」

「そ、そうですね! そうですけど、その」

 尚もキョロキョロしている姫君がかわいくてたまらない。

 今日も助けた亀がくれた妻が可愛すぎる。


 亀はいつもどおり俺の肩だ。

 今日も姿を変えている。

「姫。はしゃぎすぎると、熱がでますよ」

「そ、そうね。落ち着かなくちゃ」


 亀に指摘されて深呼吸をする姫君。かわいい。

 仕方ないなぁ。


 胸をおさえる姫君の手をとり、ぎゅっと握る。

 驚く姫君に微笑みかけ、軽くその手をひく。


「とりあえず、端から順にみていきましょう。

 俺もどこに何があるかわからないんで。

 ゆっくりまわりましょう」

「はい」

「疲れたら、すぐに言ってくださいね?」

「はい」


 


 亀と姫君を助けて三ヶ月。

 姫君は、最近たまに寝込むようになった。


 貴船から帰ってしばらくは元気にしていたので、俺も亀も油断していた。

 毎日霊力回復薬も飲んでいた。

 霊水も飲んでいたし、俺も霊力を送っていた。



 ある日、朝になっても姫君が起きなかった。

 熱はなかった。

 ただ、目が覚めなかった。

 それでも俺を恐怖に突き落とすには十分で。

 昼過ぎに目が覚めた時には、泣きながら抱きしめていた。



 残り時間が少ないと、嫌でも突きつけられた。



 それから姫君は眠る時間が増えた。

 起きていられる時間が減っていくごとに恐怖が増した。


 夜寝る時には姫君の真横で、手をつないで寝るようになった。

 寝ている間も霊力が送れるように。

 暇さえあれば姫君を抱きしめた。

 少しでも霊力を送れるように。


 亀もそれを止めなかった。

 それがまた恐怖を増加させた。




「できた」

 姫君がうれしそうに何かを抱きしめている。

 以前からなにやら作っていたが、それが完成したらしい。


「やっとできました」

 俺にそれを差し出す姫君。


「俺に?」

「はい」


 受け取り、広げる。

 帯だった。

 複雑な模様で、帯全体に姫君の霊力が込められている。


「本当はもっと早くお渡ししたかったのですが、なかなかすすまなくて…」

 ごめんなさい。と謝る姫君にあわてて首を振る。


「ありがとう」

「間に合ってよかった」


 かわいい笑顔で不穏なことを口にする。

 俺の眉がよったのがわかったのだろう。

 姫君も困ったような顔で笑う。


「私、感謝してるんです」


 姫君は、俺をまっすぐ見て話しはじめた。


「貴方のおかげで、私は生命を永らえました。

 貴方のおかげで、私は『ただの娘』で『普通の暮らし』を送れました。

 貴方のおかげで」


 少しためらい、目を伏せ、恥ずかしそうに姫君が口にした。



「『夫婦』になれました」



 その言葉が、形だけの『夫婦になれた』ことではなく、『俺と』『夫婦になれた』ことを喜んでいるのが伝わってきて、胸がぎゅうっと締め付けられる。



「貴方と過ごす日々が。

 貴方のくださるたくさんのものが。

 何もかもが初めてでうれしくて、」


 うれしそうに言う姫君に、


「『しあわせ』って、こういうことなんだって、知りました」


 俺は、泣きそうになった。



 まるで、別れの言葉のようじゃないか。

 やめてくれ。そんな言葉、聞きたくない。



 こぼれ落ちそうになる涙を必死でおさえていると、彼女は少し困ったように視線を下げた。


「黒陽が言っていたでしょう?

『夫婦は助け合うものだ』って。

 でも私、貴方に助けられてばかりで、迷惑かけるばかりで何もできなくて…」


「そんなことない!」

 かぶせ気味に言う俺に姫君はびっくりしていたが、すぐにまたにっこりと微笑んだ。


「だから、何か貴方にしたかったの。

 何か、残したかったの。

 こんなことしかできないけれど…」


 そっと、俺の持つ帯に手を添える姫君。

 そして帯に落としていた視線を俺に向ける。

 俺の反応を心配している目に、泣き叫びたくなる気持ちをぐっと封じ込める。


 なんとか顔を笑みの形に作り、姫君に向けることに成功した。


「うれしいです」


 俺の言葉に、姫君がぱあっと笑顔になる。

 よかった。

 がんばったかいがあるというものだ。

 

「ありがとう。毎日使う。いつも身に着ける」

「よかった」


 姫君は胸に手を当て、ホッと息をつく。

 安心したようで、今度は帯の説明を始めた。


「守護の術を組みこんでいますから、たいていの攻撃は弾きます。

 咄嗟の事故でも護ってくれるはずです」


「お、おお…。なんか、すごそうですね…?」


「前におっしゃっていたでしょう?

木工(もくの)(りょう)の仕事は事故が多い』って。

 私、心配になって。それで、帯ならいつもつけてくださるかなって」


結紐(これ)も十分護ってくれてましたよ?」


 結紐(これ)がなかったら神域に行けなかった。

 『(ヌシ)』の前でつぶされていたに違いない。

 そう伝えていたのに、姫君はふるふると首を振る。


「それは霊的守護だけですもの。

 (こっち)は物理耐性もつけました。

 丸太が降ってきても弾きます」


「すごいな!?」


 驚く俺に、姫君は少し照れくさそうだ。


「私、寝台から起きられない生活が長かったもので、本を読んだり術を組んだりしか、できることがなかったのです」


「だから術を組み込むのも手作業もわりと得意なんです」と、はにかみながら言う。


 そして、姫君はそっと帯に手を添えた。

 帯を持つ俺の手をはさむように。


「私のかわりに、貴方を護ってくれますように」


「貴方を、いつまでも護れますように」


 それは、言霊(ことだま)

 姫君が、俺に守護の術をかけた。

 おそらくは、俺の生涯に効果のある術を。


 涙がでそうになるのをなんとかこらえる。

 喉の奥が痛い。胸が苦しい。

 腕をおろした姫君をぎゅうっと抱きしめる。


「貴女がいてくれたらいいじゃないですか」喉元まで出かかった言葉を飲み込む。


 わかっている。わかっている。


 もう、時間がない。



 もう、別れの時期(とき)が近い。




 亀と散々悩んで迷って話して、姫君と市に出掛けることにした。

 姫君が喜ぶことは間違いない。

 余命が少ないからこそ、楽しいことをひとつでも。との思いだった。


 予想以上に姫君は喜んでくれた。

 数日前からそわそわと落ち着かず、意味もなくうろうろとしていた。

 そんな様子も可愛かったが、熱が出るといけないので亀と二人なんとかなだめていた。



 そして当日の今日。


「みてください! 人があんなにいっぱい!!」


 その叫びから始まり「あれは何ですか?」「わあ、綺麗!」「あっちも何かあります!」と、姫君は大はしゃぎだ。

 これは帰ったら熱が出るかもしれない。

 もう熱にうかされたようなはしゃぎっぷりだ。

 俺も亀も、久しぶりの元気な姫君に喜びを隠せない。

「熱が出ますよ」とたしなめながらも、「仕方ないなぁ」と苦笑している。


 姫君が気になるものを次々と買い求めていく。

「そんなにいらない」と姫君は遠慮するが「俺が買ってあげたいんです」と押し切る。


「仲がいいねェ」と声をかけてくる店主に「新婚なんです」と胸を張ると、姫君は赤くなった。

 今日も妻がかわいい。

 なぜか店主がおまけをくれた。

 ありがたくいただく。

 

 二人手をつないでゆっくりと歩く。

 その時だった。


「姫!」


 女の叫びと同時に、姫君の身体が止まった。

 驚きと恐怖で、瞬時に姫君の身体を抱き寄せる。


 そこには、明らかに貴族の女がいた。

 四十歳くらいだろうか?

 布のついた傘を被り、美しい着物をまとっている。

 しかしその目はギラギラと光り、狂気をまとっているようだった。

 そんな女が、喜色を浮かべて、姫君の着物の袖を握っていた。


 姫君は恐ろしいのだろう。女を見て俺の腕の中で震えている。

 荷物があるので片腕でしか抱きとめられない。くそう。


 荷物を捨てるか? だが姫君が気に入ったものだし。だが。

 迷いながら姫君を抱く腕にさらに力を入れる。


 女は俺のことなど見えていないようで、姫君に向かって叫ぶ。


「姫! 姫!! やはり生きておられた!

 私です! 貴女の乳母やです!」


 姫君は俺の胸に顔を伏せて震えている。

 亀が俺の耳元にちいさくささやいた。

「排除しろ」

 言われるまでもない。



「妻に、何かご用ですか?」

 わざと怒気を込めて言うと、女は「妻?!」と大袈裟に驚いた。


「平民ぶぜいが、我が姫を妻などと!」

「お人違いてす。この者は私の妻です。袖を離してください」


 酔った勢いで亀が教えてくれた覇気がでそうになったところで、女の供らしき二人の女と二人の男が来た。

 にらみ合っている俺達の間に入り、二人が女をなだめ、二人が「申し訳ない」と謝ってきた。


「何を言う! 姫だ! 竹姫様だ!

 乳母の私が見間違えるはずがない! 生きておられたのだ!!」


「『竹』ですか。よくある名ですね。

 私の知っているだけでも十人はいます。

 袖を離してください」


 騒ぐ女に冷静に言い返す。

 俺の本気の怒気を感じたらしい供の女どもが、なんとか姫君の袖を離させる。


 すぐさま後ずさり、距離をとる。

 背にかくまおうかと思ったが、背後から襲われる可能性もある。

 荷物を置き、両腕で姫君を抱き抱える。

 いつでも走って逃げられる態勢だ。

 警戒は解かない。貴族の一団をにらみつける。


「平民が! 姫を離せ!!」

「人違いです」


 荷物を捨てて逃げるかと周囲を確認していると、従者の一人が話しかけてきた。


「申し訳ない。

 こちらの奥様は、十年前、お仕えしていた姫様を鬼に喰われてしまい、それから同じ年頃の娘を見ると『姫だ』と言うようになりまして…」


 平民の俺にぺこぺこと謝ってくる従者の男。

 もう老人と言っていい年齢なのに、主人に苦労させられているらしい。


 後ろでその主人がなにやらわめいている。

 従者達にそれとなく移動させられている。

 これなら大丈夫そうだ。


「ところで、その肩の亀は」

 不意に、男が問うてきた。


「拾った亀ですが、何か?」

「亀の、名は?」

「『亀』です」

「………は?」

「亀は『亀』です」

「………亀………」

「亀に『犬』とつけるほうがおかしいでしょう?」


 俺の説明に、男は「……そうですね」とだけ言って、主人を追って立ち去った。



 あとには、俺達だけが残された。

 通りすがりの客や近くの店主が「大丈夫かい?」「災難だったね」と声をかけてくれる。


 周囲に誰もいなくなったのを確認して、姫君をおろす。


 こそりと耳元にささやく。

「――姫君。もう行きましたよ」


 何も言わない姫君の顔をのぞきこむと、姫は青い顔で涙を浮かべていた。


「……ごめ……、私……私……」


「大丈夫です。それより、こわかったですね」


 にっこりと笑って、姫君の袿をかけ直す。

 そのまま頭をよしよしとなでると、姫君が俺にもたれかかってきた。

 難なく抱きとめ、そのまま抱きしめる。



「大丈夫。大丈夫です。大丈夫」

「俺が、守りますから。大丈夫です」


 いつかのように背をなでながら、呪文のようにそう繰り返した。

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