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助けた亀がくれた妻  作者: ももんがー
2/18

第二話 亀の姫君

 氷のように冷たかった姫君の身体は夜半に急に発熱をはじめた。


 最初の山を越えた安堵と発熱の心配で気が動転する。

 それを何とか押し込め、次の対処にかかる。


 姫君に服を着せ、家中の衣類をかける。

 桶にくんだ水で冷やした布を額にあてる。

 かまどに火をかけ、湯を沸かす。

 常備している薬草から熱冷ましを作る。


 亀はずっと姫君の側にいる。

「姫」「姫」と呼びかけている。


 そんな亀に、浅い器に入れた液体を差し出す。


「霊力回復薬です。

 人間(ひと)用なので亀に効くかはわかりませんが、よかったらどうぞ」


「…お前は、薬師なのか?」

「いえ。木工(もくの)(りょう)の者です」


 俺の答えが亀は気に入らなかったようだ。

 にらみつけてきたので、もう少し説明する。


「五歳から寺で育ちました。

 そこで医術と薬術を教わりました。

 十歳の頃、木工(もくの)(りょう)に勤めている叔父に引き取られ、それから木工(もくの)(りょう)で働いています。

 都選定に関わる仕事に携わったもので、病や怪我の対処は必須で。

 その頃の習慣で、薬草は常備しています」


 何せろくに宿もない状態で、学者共が机上で決めた場所を見に行くのだ。

 野宿は当たり前。

 道なき道を行くのも当たり前。

 野生動物に遭遇するのも、野盗に遭遇するのも当たり前。

 食事は現地採取。

 そんな状態では、病や怪我もしょっちゅうだ。

 薬術に詳しい俺は重宝がられて、どこの候補地に行くにも連れて行かれた。


 亀は俺の説明に、大人しく薬に口をつけた。

 姫君にも薬を飲ませようとするが、うまく嚥下(えんげ)してくれない。

 色々と方法を試したが、どの方法でも薬を口の端からこぼしてしまう。


 これは、あれしかないな。

 昔聞いた最後の手段。

 口移し。


 正直、若い娘さんにするのは申し訳ない気持ちのほうが強いのだが、薬を飲んでくれないと熱が下がらない。

 仕方なく自分の口に薬を含み、口移しで含ませる。


 重ねた唇がやわらかくてまたも邪念が出てきそうになるが、意志の力で押し込める。

 人命救助、人命救助!


 喉を潰さないように気をつけながら指でなでてやると、何とか飲み込んだ。

 やれやれと安心していると、亀が口を開けてこちらを見ている。


「――お――、おまっ、おま――」

「大丈夫ですか? むせましたか?」


 心配する俺に亀が頭突きをかましてきた。

 小さな亀のくせに痛い。


「おまえぇぇ! 姫に何をするー!!」

「薬飲ませただけです! お静かに!」

「くちっ、く、口づけを、」

「仕方ないでしょう。飲めないんだから。

 ジジイ相手でも俺はやりますよ」


 幸いやったことはないが、それは黙っておこう。


「姫君に飲ませたのは熱冷ましです。

 どの程度効くかわかりませんが、飲ませないよりは飲ませたほうが熱は下がります」


 俺の説明に、亀はしぶしぶといった感じで怒りを収めた。

 あぁこわかった。殺されるかと思った。


 その後も汗をかいた服を脱がせたり身体を拭いたりするたびに亀は目くじらを立ててきたが、俺が淡々と対処するからか、二日目には何も言わなくなった。




 姫君を連れてきて三日目。

 姫君が意識を取り戻した。


「姫!」


 亀の存在を認めて安心したようだ。

 何とか微笑みらしきものを浮かべる。


 熱に浮かされ、目は潤み顔は真っ赤だ。

 はあはあと荒く熱い息。

 吹き出る汗をおさえる俺が誰かわからないだろうが、亀がいるからだろう。警戒されることはなかった。


「よかった。よかった」と泣く亀をなだめるように目を細める姫君を見つめるだけで、何故か胸の奥がドキドキとし落ち着かなくなる。

 正体不明のそれをとりあえず無視し、姫君の額の汗をおさえる。


 ちょうど薬の時間だ。

 目覚めてくれてよかった。


「姫君。熱を下げるお薬です。どうぞ」


 身体を支えて半身を起こしてやり、口元に薬の入った器を持っていく。

 しかし姫君はボーッとした顔で、ゆるく首を振った。


「姫!」

 亀が非難の声をあげても、姫君は薬に口をつけない。


「――薬師様? お医者様――?」


 う。声もかわいらしい。


 熱でかすれた弱々しい声に問いかけられたが、「木工寮の者です」などと正直に告げたら話がややこしくなりそうなので黙っておく。


 姫君は、垂れた目を潤ませて俺を見上げてきた。

 その目を見つめているだけで胸がギュッと苦しくなる。

 なんだこれ。


「私は、もう、余命わずかです。

 私がいただいては、貴重なお薬を無駄にすることになります。

 どうぞそのお薬は、助かる可能性のある方へ、お願い、します」


 荒い息で、時折休みながら、彼女はそう言い、目を伏せた。


 なんと慈悲深い姫君だろうか。

 自分が今現在こんなに苦しんでいるというのに。

「姫…」と亀が泣きそうになっている。

「姫らしい」と思っている様子に、この姫君の人柄をうかがい知ることができる。


「――余命を決めるのは貴女ではありませんよ。姫君」


 反論されると思わなかったのだろう。

 姫君が潤む目を向けてくる。

 なるべくやさしく見えるように、にっこりと笑う。


「余命を決めることができるとすれば、それは御仏のみです。

 どのような尊い方でも、決めることはできませんよ」


「でも」と言い募ろうとするのを制して先に言う。


「貴女は今生きています。

 生きている限りは、生きる努力をしなければなりません。

 それが、生きる者の勤めです」


 俺の言葉に、姫君はただ黙っていたが、やがてほろりと涙を流した。

 きっと熱で苦しいのだ。俺の説教のせいではない。と思いたい。

 内心あわてて、でも平静を装って、少しおどけて続けた。


「それに、今貴女の他に熱のある者はいません。

 貴女がこれを飲んでくれないと、もっともったいないことになってしまいます」


 そこまで告げると、姫君もしぶしぶといった具合に薬を飲むことを承諾した。

 薬を飲むと、力尽きたのか、再び眠りについた。




 午後になると、貴族様の使いが来た。

 一の側近の直々(じきじき)の登場に驚くが、内容が内容なのでさもありなんと納得する。


 姫はまだ眠っている。

 側近には申し訳ないが、家の外で立ち話をする。


 お互いにここ数日の情報を交換する。

 俺は亀に会ってからのこと、亀から聞いた話を。

 彼は俺の報告を受けて先日の討伐の跡を調査した話をしてくれた。


 討伐の跡は、それとわからないくらいに清浄になっていたという。

 普通ならもっと瘴気が残っているはずなのに、跡形もない。

 鳥葬(ちょうそう)にかけた首領の亡骸(なきがら)の欠片もない。


 亀の話の裏付けがとれた結果となった。


「とりあえず、食料は持ってきた。

 他に必要なものはないか?

 亀様が希望されるのならば、殿下の宮に一室を用意する準備はできている」


 側近の言葉に、なるほどと思う。

 緊急事態で俺の家に連れてきたが、こんなあばら家よりも貴族様の宮のほうが姫君を休ませるのには良いかもしれない。

 あちらには確か専属の医師もいたと聞く。


「ちょっと聞いてきます」と側近を残し、家の中に戻る。


 亀は姫君の隣で姫君の額から流れる汗を拭いていた。

 ちいさな後足で器用に立ち上がり、姫君の世話をやいている。

 何かしていないと落ち着かないのだろう。

 その気持ちはよくわかるので、やりたいようにさせている。


「よろしいですか?」

 変わらず熱に苦しんでいる姫君を起こさないよう、ひそりと声をかける。


 貴族の宮に一室が用意できることを伝える。

俺の家(ここ)よりも広くて清潔で快適かと思われますが、いかがいたしますか?」


 自分で言っていて情けなくなるが、事実だ。


 亀は少し考えた様子だったが、首を振った。


「すまんが、このままここにいさせてくれ。

 姫の生命が助かったとわかった以上、姫の世話のためとはいえ触れることのできる人間を増やしたくない」


 そういえば、姫君にはその身を守る結界があるのだった。

 亀に『承認』された俺は触れるが、他の者は触れない。

 触れないのならば病人の世話はできない。

 亀は姫を守るために、触れることのできる人間を増やしたくない。


 それでは、俺が貴族様の宮へおもむき、姫君の世話をする?

 いやいやいや、却下だ。

 心臓がいくつあっても足りなくなる。


「それに」と亀が続ける。


「お前の霊力回復薬、よく効く。

 お前は霊力を集めるのも上手い。

 私としてはこのままお前の側で回復を図りたい」


 褒めてくれているようだ。

「わかりました」と答えて、側近にそのまま伝える。

 側近も納得したようで、寝具や衣類などを持ってくると約束して帰っていった。



 亀は一度も側近に姿を見せなかった。

 貴族と関わりたくないようだった。

 少し不思議に思ったが、自分も貴族なんかとは関わりたくない人間なので、気持ちはわかると納得もした。

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