第十七話 黒陽 2
引き続き黒陽視点です
ああ、夜が明ける。
姫のいない一日が始まる。
男も目が覚めた。
いつものように姫の顔をのぞき込んで微笑んでいる。
しあわせそうな様子に、苦しくなる。
「―――姫君…?」
姫の様子が違うことに気付いた。
みるみる血の気が失われていく。
「姫君?」
頬をなでる。
触れれば、姫の霊力がもうないことがわかるだろうに、男は気付かないふりをする。
「姫君。起きてください。朝ですよ」
「智明」
男の名を呼び、止める。
「わかっているんだろう? 姫の生命はもう尽きた」
「違う!」
普段のこの男からは考えられない猛々しさで叫ぶ。
こちらを見ることなく、ただ姫を見つめたまま。
「きっと寝坊しているだけだ」
「昨日少し歩きすぎたんだ。疲れさせてしまったんだ。だから起きないだけだ」
きっとこの男もわかっている。理解している。
それでも、認められない。
己の半身が死んだなどと。
「脈もある。呼吸もある。大丈夫だ」
そう言って手をつなぎ、霊力を送る。
周囲から今までに見たことのないほどの量の霊力を一気に集め、圧縮する。
霊力操作がまた上達している。
姫の脈も呼吸も止まっている。
それに気付かないふりをして、男は姫に霊力を送り、語りかける。
「姫君」
「そろそろ起きましょう。朝食の支度をしないと」
滝のような汗を流しながら、優しく声をかける。
何度も何度も声をかける。
抱き起こす。抱きしめる。
「起きて。竹」
やさしい手つきで姫の頭をなでる。
「智明。やめろ」
「やめない。寝ているだけだ。まだ、大丈夫だ。まだ」
「智明」
「まだ、大丈夫」
「もう無駄だ」
「ちがう」
「智明」
男は一度も私を見ない。
ただ姫だけを見ている。
青を通り越して白くなった顔を汗でぐっしょりとぬらし、血走った目で姫だけを見つめている。
そんな男を見ているだけで、男の苦しみが伝わってくる。
何も言えなくなり、ただじっと、側でうなだれているしかできなかった。
さっさと緋炎を呼べばよかった。
この男が寝ている間に、さっさと姫の魂を送ればよかった。
そうは思うが、もし実行していたならばこの男はすぐに反応して抵抗するであろうこともたやすく想像できた。
結局、私は何もできない。
二人を、この男を見守ることしかできない。
この男が納得するまで、あきらめるまで、好きにさせるしかできない。
「大丈夫。大丈夫だ」
ぶつぶつと言いながら男は周囲の霊力を集め、姫に送る。
指を絡める。抱きしめる。
口づけて霊力を吹き込む。
その必死さに、文句も言えなかった。
それでも姫は目覚めない。
当たり前だ。もう生命は尽きている。
それでも男はあきらめない。
尚も姫に霊力を送る。
気付くと、男の目が金色になっていた。
金属性の強いモノは、金眼になることが多い。
現に西の姫の守り役は金眼だ。
だが、人間の『器』程度の霊力で金眼になることなど普通はない。
毎日神域におもむき、霊力を上げたことで、知らぬうちに金眼になるほどの霊力量と属性特化を得ていたようだ。
驚異的な集中力で、姫のためにと身体の隅々から霊力を集め操り、魂の限界まで絞り出していることで、金眼になるほどの霊力を発動させている。
普通ではありえない。異常だ。
次第に男の身体から風が吹き出し、二人を包みだした。
姫しか目に入っていない男は気付いていない。
鬼気迫る形相の金眼の男は、自分の周囲を包む風をひとまとめにし、それをも姫に送り込んだ。
だかまたすぐに風が二人を包む。
まずい。
霊力が暴走している。
暴走していることをいいことに姫に送るだけの理性は残っているようだが、それもいつまで保つか。
何度か風をまとめては送るのを繰り返していたが、やがて風が収まった。
霊力が落ち着いたのかとホッとしたが、違った。
男の霊力が空になっただけだった。
それでもまだ男は諦めない。
外部から尚も霊力を集め、ついには己の魂も削りはじめた。
「智明! もうやめろ!」
さすがに黙っていられなくなり声を上げるが、男は聞こえていない。
「やめろ! 智明!
これ以上は、お前が保たない!」
金眼をギラギラと燃やし、姫だけを見る男。
ずっと流れていた汗はついに脂汗になっている。
歯を食いしばり、姫に霊力を送る。
すまない。すまない。
私が願ったばかりに。
私が巻き込んだばかりに。
お前をこんなに苦しめてしまった。
何を言っても男は止まらない。
かくなる上は男の意識を刈り取ろうと術を展開しようとした。
その時。
三度奇跡が起きた。
姫が目覚めたのだ。
あり得ないことが目の前で起こっている。
死んだはずの人間を三度も蘇生させるなど、何故そんなことができるんだ?
男の金眼は元の色に戻っていた。
姫を抱きしめ、泣きながら話をしている。
「もう、ご褒美の時間は終わり」
姫の言葉に、納得した。
今までがんばってきた姫の褒美としてこの男を遣わしてくれたナニカが、今度はこの男を憐れんで姫を蘇生させてくれたのだ。
あのままではこの男は魂を削り、死んでいた。
傷ついた魂では転生は叶わない。
きっと来世で二人が出会えるように、男が生まれ変われるように、ギリギリのところで止めてくれたのだ。
先程傷ついたくらいならば、今生を生きている間に修復できる。
来世に転生するには問題ないだろう。
優しい姫は一目見ただけで男の状態を理解したようだ。
半日姫に霊力を流し続けた男の霊力が空っぽになっていることも。
己の魂を削ってでも姫を蘇生させたことも。
姫は、男と別れる決断をした。
最後の最後で『姫らしさ』が出てしまった。
あのまま甘えて男の腕の中で死ねたほうが姫はしあわせだったろうに。
男だって、最後の瞬間まで共にいたかったろうに。
男があきらめないのが悪い。
だが、同じく『半身』を持った男として、あきらめられない気持ちはわかる。
先程まで壮絶な抵抗を見せていた男と同一人物とは思えないくらい大人しく、男は姫に従った。
『半身』のおねだりは、どんなに苦しくても聞いてしまう。
同じく『半身』を持った男として、その気持ちもよくわかった。
きっと、このために姫は蘇生した。
男に最後の言葉を伝えるために。
男に姫の生命をあきらめさせるために。
姫の肩に乗り、鳥辺野の奥を目指して進む。
人気が完全になくなったところで姫の肩から飛び降り、身体の大きさを変化させる。
姫が乗れるくらい大きくなると、くてりと姫が寄りかかってきた。
「ご立派でしたよ。姫」
私の甲羅にもたれかかる姫を霊力を使って完全に背に乗せる。
うつ伏せた姫は何も言わない。
泣いているのかもしれない。
ゆっくりと奥へ奥へと進んでいると、不意に姫が呼びかけてきた。
「黒陽」
「はい」
「―――ありがとう」
返事をしないでいると、姫が続けた。
「あの人に会わせてくれて。
あの人と『夫婦に』とすすめてくれて。
しあわせを教えてくれて。
ありがとう。黒陽」
よかった。姫がしあわせを知ることができた。
私の願いも叶った。
「―――よかったですね。姫」
「うん」
しばらく無言で歩いていると、姫がぽつりと言った。
「次に生まれ変わるのはいつかしら」
男は今二十八歳だと言っていた。
すぐに転生できれば、もう一度会うこともできそうだ。
「あの男は生きていますかね?」
「たとえ生きていらしても、もう会えないわ」
姫ならそう言うと思いました。
「私には責務があるから。
『災禍』を滅しないといけないから」
仕方ない。それが我が姫だ。
「巻き込んでごめんなさい。黒陽」
「いつも言っているでしょう? 姫は何も悪くありません。
姫を支えられなかった私が悪いんです」
いつものやりとり。
そうやって四千年『災禍』を追ってきた。
またしばらく無言で歩く。
男が姫に注いだ霊力も、きっともうすぐ尽きる。
ふと思いついて聞いてみた。
「ですが姫。
あの男、生まれ変わって姫を探すと言ってましたよ? どうします?」
「探すといったって、記憶がなかったら無理でしょう?」
「いえ。あの男なら記憶がなくてもやりそうですよ?」
くすくすと笑う姫は冗談だと思っているようだ。
私は本気なのだがな。
「そうね。また会えたら……」
それきり姫は黙ってしまった。
その時の二人はどんな風に出会い、どんな関係になるのだろうか。
願わくば、今生のように『半身』と呼べる間柄になって欲しい。
姫の保護者として、あの男の友人として、いつかまた二人が出会うことを祈るのだった。
これにて黒陽視点も終わりです。
明日の貴族様の一の側近視点で完結です。




