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助けた亀がくれた妻  作者: ももんがー
16/18

十六話 黒陽 1

亀こと黒陽視点です

 もうすぐ夜が明ける。

 きっと今日も穏やかないい天気になるだろう。


 そこに、我が姫はいなくとも。



 姫は安らかに横たわっている。

 夫に手を握られ、幸せそうにしている。

 姫にこんなしあわせな最後があるなんて、考えたこともなかった。

 よかった。と、目が潤む。



 もう姫の目が開くことがないことはわかっている。


 仕方ない。

 よく保った。

 本当ならばあの時もう生命は尽きていたのだ。





 あの時。


 霊力がほとんどない状態で『悪しきモノ』に襲われ、姫の生命は尽きた。

 私が死ななかったのはひとえに『呪い』のため。

 そうでなければ一緒に死んでいた。


 姫の亡骸を抱え霊力の回復を待っていると、男に声をかけられた。


 尋常(じんじょう)ではなかった。

 いくら霊力が尽きたとはいえ、結界術に秀でた『黒の一族』の一人であるこの私の結界をくぐりぬけてくるモノがいるなど考えられないことだった。


 後に『境界無効』の能力があると聞いて安堵(あんど)した。

 私の能力がそこなわれたわけではなかったようだ。


 男は私の威圧を受けても倒れない。

 普通の人間なら失禁して気を失う。

 場合によっては死に至るのに。

 なかなかの能力者だと思った。


 男は私に話しかけ、姫を清めると申し出た。

 男の言うことも一理ある。

 どのみち、もう姫はこの身体にはかえらない。

 ならば緋炎(ひえん)を呼ぶまでに清めておくのは悪くないと思った。


 ところが、信じられないことが起こった。

 姫が、蘇生した。

 ありえないことが目の前で起こっていることに動転して「姫」と呼びかけることしかできない。


 間違いなく死んでいたのに。

 蘇生など、ありえないのに。


 信じられないことを引き起こした男は、さらに信じられないことをする。

 姫を裸に()き、抱く。くちづける。

 反射的に覇気をぶつけたがけろりとしている。

 愛らしい我が姫にそんな無体をしても平然としている。



 なんだこいつは?

 なんなんだ?



 よくよく観察すると、男はそれなりの能力者だった。

 霊力量は我らほどではないものの一般人よりかなり多い。

 戦い慣れているのか身体もしっかりしているし動きに隙がない。

 鍛えればいい戦士になるだろう。

 そして、特化とまでは言えないが、(ごん)属性が少し強い。


 五行の(ことわり)において、我ら水属性と金属性は相性がいい。

 金が水を生かす関係だ。

 そして金属性の者は錬成に長ける者が多い。

 だからこそ男は霊力を集めるのが上手く、水属性の姫を蘇生させるだけの霊力を込められたのだと理解した。



 運がよかった。

 出会ったのがこの男でなければ、あのまま姫は死んでいた。

 こんな風に穏やかな時間を過ごすことなどできなかった。


 感謝しかない。




 我らには己に課した責務がある。

 姫が封印を解いてしまった『災禍(さいか)』を封じることだ。

 我らが後手に回ったせいで、この世界の国が二つ滅びた。

 我らの世界も滅びた。

界渡(かいわた)り』の能力がある東の姫の()(やく)に連れて行ってもらって確認した。


 多くの生命が失われた。

 姫は、それを見てしまった。


 姫は封印を解いた己をひたすら責めているが、姫を支えられなかった私にこそ責任がある。


 これは、私の責務。

 私が償うべき『罪』。


 これ以上の国を、世界を滅亡させるわけにはいかない。

 我らは『災禍(さいか)』を追い、滅しなければならない。




 姫は一命をとりとめたが、霊力をためる『(うつわ)』に穴が開いた状態のようだ。

 どれだけ霊力回復薬を飲んでも、霊力を集めても、どんどんもれ出てしまう。


 これでは、そのうち生命がつきる。

 早いか遅いかだけの話だ。


 そして、この状態では『災禍(さいか)』を追うことはできない。

 霊力を感知できない。

 感知しても転移できない。

 封印するだけの霊力がない。



 唐突に理解した。

 これは『おまけ』だ。

 姫を憐れんだナニカが、これまでの褒美にくださった時間だ。

 それならば。


 それならば、これまで望んでも叶えることなどあり得なかった願いも、叶えることができるのではないだろうか。



 私の密かな願い。

 我が姫に、人並みのしあわせを。




 四千年も生きていると、それなりに出会いはある。

 二十歳までしか生きられない姫達とはいえ、十五にもなれば成人女性だ。

 恋愛する時間は十分あった。


 一緒に『呪い』をかけられ落とされた他の三人の姫達は、それなりに恋をしたと聞く。

 結ばれた男もいたと。

 子を成すことこそなかったものの、それなりに、イロイロと、あったようだ。


 だが我が姫にはそんな話は一切ない。

 真面目な姫は、最初にこの世界に落ちてきた時から『災禍(さいか)』の封印を解いたことの自責の念に苦しんでいる。

 何度死んでも、何度生まれ変わっても、その罪からは逃れられない。

 そんな姫に、恋など無理だ。

 言い寄ってくる男がいたこともあったが、姫はそれと気付かない。

 もちろん私も排除したが、姫自身が恋だの愛だのに気持ちを()く余裕が無いのだ。


 だが、今ならば。

 姫自身も「おまけ」「ご褒美」と感じている今ならば、姫の心ものびやかに過ごせるのではないだろうか。



 別に、本当に恋をする必要などない。

 それっぽい関わりができたら十分。

 いわば『おままごと』だ。

 それすらも今までの姫にはできなかったのだから。


 幸い、相手は目の前にいる。

 姫の裸をみても無反応な態度に、最初は不能か男色かと疑ったが、日を重ねるごとに姫を気にしている男が。

 当然だ。

 愛らしいだけでなく性格もいい我が姫に()かれない男などいるわけがない。

 だが、聡い男は、姫が貴族の娘と気付いている。

 身分差を考え、気持ちを封じているようだ。


 聡いところも、自制がきくところも、見どころがある。

 数日様子を見たが、女の気配もない。

 真面目によく働く。

 薬草を始めとした知識も豊富。

 強い霊力もある。

 私の威圧すらも耐えた耐性もある。

 霊力を集めるのも上手い。

 なにより、(ごん)属性。

 姫の側に置くには、ちょうどいい人物だ。


 助けられたという理由もある。

「何か願いは?」と水を向けてみたが「特にない」という。

 尚も言いつのり、出てきた願いは仕事関係だ。


 欲のないヤツめ。

 先日宝玉を渡したときもそうだった。

 普通の人間なら目の色を変える。態度を変える。

 それなのにあっさりと「いらない」と言い放つ。

 我らへの態度も変えない。


 なかなかの人物だ。

 紫黒(元の国)にいた時ならば、姫の婿候補に進言していただろう。



 聡い男は聡いので、私の狙いを違わず理解し、了承した。

 姫はわかっていない。

 わからないままでいい。

 姫には、まだ早い。早すぎる。

 姫の純潔は私が守る!



 穏やかな『夫婦ごっこ』が続いた。

 男は見事な自制を見せ、理想的な夫役を果たした。

 姫も今までに見せたことのない穏やかな顔で過ごしている。

 よかった。

 姫が穏やかに過ごせている。

 このまま、生命尽きるのを待てばいい。



 そう思っていたのに。



 ある日、転びそうになった姫を男が抱きとめた。

 それ自体は普通の行動だ。

 それなのに、抱き合った二人はなかなか離れない。



 もしや。

 まさか。



 それから明らかに二人の態度が変わった。

 男が姫を見る目にも、姫が男を見る目にも、今までにない熱がこもっている。



 元いた世界には、伝説があった。

『夫婦は元々、ひとつの(カタマリ)だった』というものだ。

 ひとつの(カタマリ)に陽と陰――男と女、二つの(タマシイ)を宿し、半分に分かれた。

 だから、失った半分を求めるのだ、と。


 再び出会えた二人はお互いを『半身』と呼ぶ。

 私と妻もそうだった。

 初めて会ったときから、お互いが自分の『半身』だとわかった。

 抱き合ったとき、欠けていた部分が埋まり、満たされるのを感じた。



 だから、わかる。

『半身』を失う喪失感。

 ひとり遺される苦しみ。



 ああ、私は失敗した。


 こいつなら、大丈夫だと思った。

 私の見込み違いだった。


 私の願いのせいで、こいつに苦しみを負わせることになる。

 もうすぐ生命尽きる女性を愛する苦しみを。


 己の『半身』を見つけた男に、私と同じ苦しみを味わわせることになる。

 ひとり遺される苦しみを。



 男と二人になって色々と話をした。

 私の失敗を、罪を、男はけろりと許す。

 結果、多少の触れ合いには目をつぶることになった。

 その日から早速男は姫に触れる。

 手をつなぐ。頭をなでる。抱きしめる。

 姫もそれがうれしいようだ。

 生まれた時からずっと見守っているのだ。

 喜んでいるかどうかくらいはわかる。


 私が願った『しあわせ』を、姫は確かに感じているようだった。



 こんなところで、何千年も経って、姫の『半身』をみつけることになるとは思わなかった。

 元の世界が滅びる時、落ちた我らを目印に『界渡り』のできるものが多くの人を移動させた。

 もしかしたらこの男も元は我らと同じ世界の人間だったのかもしれない。

 何度も何度も転生してあちらの気配が薄まったのかもしれない。


 そうかもしれない。そうでないかもしれない。


 だが、どちらでも構わない。

 気のいいこいつと、姫と、楽しく過ごせるのだから。




 毎日毎日水脈を通る。

 あちらの異界、こちらの神域と出入りする。

『神』や『(ヌシ)』と呼ばれる存在に会う。


「普通の人間に無茶させんな」と男は怒るが、普通の人間にはこんなことできない。

 現に男の進言で挑戦した者の誰も神域にたどり着くことができなかった。


 男が『境界無効』の能力者であること。

 姫の『護り』を身に着けていること。

 そして私の道案内。

 それらがあってできている。


 つまり、男は普通ではない。

 故に、多少の無茶をさせても問題ない。


 実際、毎日毎日神域に出入りすることで、男の霊力は強くなっていった。

 魂の清浄さも増した。

 空っぽになるまで霊力を使って回復させることで、さらに霊力が上がった。


 私と姫がずっと側にいることで、男に我らの気配がついてしまった。

 今は私の結界で護っているが、我らが去れば数多(あまた)の脅威にさらされることは間違いない。

 それらに対処できるようにするためにも、男を鍛えることは急務だった。


 私のせいで苦しみを背負わせることになる男への、せめてもの償いだった。




 水脈整備が終わっても、姫の生命は尽きなかった。

 うれしかった。

 散歩もした。貴船にも行った。

 もしかしたら、このまま『呪い』が消えるのでは、と、淡い期待も浮かんだ。




 ある日、朝になっても姫が起きなかった。

 

 ああ、ついにきたと思った。

「よく()った」「しあわせだった」「ありがとう」

 私がそう言っても男は聞かない。

「寝ているだけだ」「まだ脈がある」と、必死で姫に霊力を送り続ける。


 脈があると感じているそれは、お前自身の脈だよ。

 呼吸だと感じているそれは、お前の乱れた息だよ。


 言っても聞かない、聞こえていないことはわかっていたから黙っていた。

 滝のように汗を流し、目を血走らせて、周囲の霊力を集める。

 己の身の内の霊力も絞り出すように姫に注ぐ。


『半身』を失う恐怖に、男は魂も削る勢いだった。

 さすがにまずいと止めようとしたとき。


 姫が、目覚めた。


 信じられないことをまたも起こした男は、泣きながら姫を抱きしめていた。




 男の金属性が上がっている。

「姫のために」と日々水の霊力を圧縮し、聖水を錬成していることで『特化』と言ってもいいくらいに金の霊力と錬成能力が伸びている。

 それもあって、二度目の蘇生に成功したらしい。

 とんでもない男だ。

 だが、それもいつまで()つかわからない。


 苦しみが延びただけではないか?

 次同じことが起きたとき、男は無事でいられるのか?


 それでも、しあわせそうな二人を見ていると、止めることなどできなかった。



 想いを伝えあい、名を呼び交わし、二人は本当の夫婦のようだった。

 もう『ごっこ』ではなかった。

 しあわせそうな二人に、私もうれしかった。


 それでも時折、先のことを考えて苦しくなった。


 ひとり遺される男。

 これほどのしあわせを知った姫。

 二人の未来を考えると、このしあわせを手放しで喜ぶことはできなかった。

過保護で親バカ気味の黒陽から見た智明の姿でした。



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