表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
助けた亀がくれた妻  作者: ももんがー
14/18

十四話 別れ 2

 姫君が着替える間に、俺もひげを剃り顔を洗う。

 亀に「むさくるしい顔で姫を送るな」と怒られたからだ。

 自分がどんな状態になっているかなんてわからない。

 ただ、姫君に嫌われたくない。

 髪も綺麗に整えて、姫君の結紐でぎゅっと結んだ。


 姫君は市で買ったお揃い風の帯を締めていた。

 身だしなみを整えた俺の帯を見て「お揃いですね」とうれしそうに笑ってくれる。

 髪には俺と同じ結紐。

 今日も助けた亀がくれた妻は愛らしい。

 

 ぎゅうっと抱きしめる。

 離れたくない。

 連れて行きたくない。

 このまま、ずっと一緒にいたい。


 彼女も抱きしめ返してくれる。

 その圧迫感が、ぬくもりが、愛おしい。


「そろそろ、行きましょう」

 姫君の言葉にも、しばらく動けなかった。




 いつの間にか満天の星空が広がっていた。


「そういえば、夜に出掛けるのは初めてですね」

「そうですね」

 姫君のつぶやきに、一緒に空を見上げたまま答える。


「貴女、夜はすぐに寝てしまうから」

 わざとからかうように言うと、彼女は恥ずかしそうに顔を隠してしまった。


「お子様ですみません」

「かわいいだけですが?」


 いつぞやのやりとりのような俺の答えに、彼女も思い出したのだろう。

 顔を見せて、うれしそうに微笑んだ。


 もう歩けない彼女を抱きかかえ、亀を肩に乗せて夜の道を歩く。

 都市部は迂回して、外周部の人気(ひとけ)のない整備されていない道を行く。


 少しでも長く一緒にいられるように。

 少しでも別れを遅らせることができるように。


 抱きかかえて運ばれる姫君からは星空がよく見えるのだろう。

 ずっと天を見つめている。



「どこかの国では、天の川の両岸に隔てられた夫婦を、(かささぎ)が架け橋となって会わせるんですって」

(かささぎ)が」


 俺達夫婦も、(かささぎ)がまた会わせてくれないかな。

 いや。俺達の場合は。


「俺達夫婦の場合は、(かささぎ)ではなく、亀ですね」

 ニヤリと笑ってちらりと肩の亀を見る。

 きょとんとしていた姫君も、クスクスと楽しそうに笑った。


 亀は何も言わない。

 ただ、一緒に天を仰いでいるようだった。




 鳥辺野は、葬送地だ。

 この橋を渡れば鳥辺野。

 こちらは此岸。あちらは彼岸。


「ここで、大丈夫です」

 橋の手前で姫君が降ろせと言う。


「向こうまで行く」

「駄目です」

「じゃあせめて、橋の上まで」



 彼女を抱いたまま、橋に足をかける。

 一歩、二歩。

 ああ、あと少しで彼女を手放さなければならない。

 あと数歩で、彼女と別れなければならない。

 あと二歩で。

 あと一歩で。


 あと一歩で橋のなかほど、というところで、動けなくなった。

 ぎゅっと彼女を抱く腕に力がこもる。


「トモさん…?」


 彼女が俺を見上げている。

 何で下ろしてくれないのだろうと戸惑っている。



 いやだ。離したくない。

 死が逃れられないものならば、せめて最後のその瞬間まで、俺の腕の中に閉じ込めていたい。



 つん、と眉間を突かれた。

 驚いて腕の中を見ると、彼女はくすりと笑った。


「シワができてますよ」


 優しい笑みに、涙が勝手に落ちる。

 これまで我慢してきたのに。くそう。格好悪い。


 こらえようと歯を食いしばるのに、涙は止まらない。

 抱き上げたままの彼女の肩に顔を埋めるように抱きしめる。


「離したくない」

 本音がこぼれる。


「最後の瞬間まで、共にいたい」



 なんで鳥辺野に送らないといけないんだ。

 なんで彼女ひとりで逝かせないといけないんだ。

 俺がずっと抱いていてもいいじゃないか。

 最後の、その瞬間まで。



「駄目ですよ」

「なんで」


「貴方、無理するから」


 意味がわからず、彼女の顔を見る。

 彼女は困ったように眉を寄せ、微笑んだ。


「私に霊力渡すために、自分の霊力空っぽにしちゃうから」


 そんなことするだろうか?

 そう言われたら、したような気も、しないでもない。


 思ってもいなかったことを指摘されて、彼女を抱く力がぬけた。

 その隙をつくように、するりと彼女が降り立った。


「私は、もう時間切れです。

 それはいいんです。でも」


 俺の肩にもたれるように頭を寄せ、彼女は言った。


「貴方を、巻き込みたくない」


 巻き込むって、何だ?

 巻き込んでくれていいのに。

 俺達は夫婦なんだから。


「『やめて』ってお願いしても、貴方は絶対無理をする。自分の生命を削る。

 だから、ここでお別れするの」


 つまり、最後の瞬間まで共にいられないのは、俺の自業自得か。

 理解した途端愕然(がくぜん)としたが、同時に思う。

 彼女の言うとおり、彼女の生命が尽きそうならば「やめろ」と言われても俺はやめない。

 たとえ俺自身の生命が無くなっても、彼女に霊力を送り続ける。



「トモさん。――智明(ともあき)さん」


 彼女が名を呼んでくれる。

 俺の好きな、やさしい声で。


「私の、トモさん」


 初めて、彼女が、俺のことを「自分の」と言ってくれた。

 うれしくて喉の奥が苦しい。


「ありがとう。

 好きになってくれて。

 妻にしてくれて。

 しあわせにしてくれて。

 ありがとう」


 ポロポロと涙を流しながら、しゃくりながら、一生懸命に彼女が伝えてくれる。

 涙をこぼしながら笑顔を向けてくれる。


 ああ、なんて愛おしい。


 濡れる頬を両手ではさみ、少し上に向ける。

 そっと唇を寄せ、ついばむ。


 彼女は頬の俺の手に、自分の手を重ねた。

 もう一度、と甘えられているようで、胸がいっぱいになる。

 ちゅ、と触れ、そしてゆっくりと唇を重ねた。


 この感触を忘れたくない。

 最後のくちづけ。

 ただ重ねるだけの、触れ合うだけのくちづけ。

 やわらかくて、甘くて、苦しい。


 彼女の指が俺の指とからまる。

 彼女のやわらかい頬とてのひらではさまれ、俺の手がしあわせだ。

 その俺の手が濡れているのは、彼女の涙か、俺の涙か。

 どちらでもいい。

 二人の涙が混じってひとつになればいい。

 身体は分かたれてしまうのだから、せめて涙だけでもひとつに。



 そんなことを考えていたら、不意に、霊力を集めてしまった。

 ちょうどいい。彼女にこのまま霊力を吹き込もう。

 そう思い、さらに霊力を集め、圧縮する。

 息吹に霊力を込める。

 そのつもり、だった。


 何故か、霊力は左手に集まった。

 重ねた手に意識があったからかもしれない。


 あれ? と彼女の唇から離れると、指にきらめく輝きがあった。

 二人の薬指の根本に、銀色の指輪がはまっていた。


 突然現れた指輪に驚いたが、同時に理解した。

 彼女と俺の涙で、俺が錬成したのだ。

「涙だけでもひとつに」その願いのとおりに。


 驚く俺の様子に、彼女が疑問を浮かべる。

 彼女の手をとり、俺の手と一緒に目の前にもっていった。



「これ…!」


 驚く彼女。

 驚くよな。俺も驚いたよ。

 いきなり指輪はまってるなんてな。


「トモさん――?」

「俺と貴女の涙から錬成したみたいだ」


 自分がこんなことできるなんて知らなかった。

 きっと俺達を哀れんだ誰かが奇跡を起こしてくれたんだ。

 

 彼女はうれしそうに微笑んだ。

 自分の指を見て、俺の指を見て、俺の目を見つめてしあわせそうに笑った。


「ありがとうございます」


 涙に濡れた笑顔がかわいい。


「お揃いが増えましたね」

「ホントだ」


 二人で笑いあい、抱き合った。

 


「生まれ変わるのならば、また会いにきて。

 もし間に合わなくて俺が死んだら、俺も必ず生まれ変わって、貴女を探すから。

 必ず貴女を見つけて、また妻にするから」



 俺の願いのこもった言葉に、彼女は返事をくれなかった。

 ただ、ぎゅっと抱きしめてくれた。


 やがて彼女は俺から身を離した。

 もうこれ以上は駄目だというように、まっすぐに俺の目を見て、言った。


「ありがとうございました」



 ああ、もう本当に駄目なんだ。

 これ以上は彼女を困らせる。

 彼女を苦しめる。

 もう、側にいられない。

 お別れなんだ。


 苦しい。悲しい。泣き叫びたい。すがりついて止めたい。

 でも。


 でも、そんなこと、彼女は望んでいない。

 そんなことしたら彼女を困らせる。


 彼女を困らせたくない。

 彼女に心配をかけさせたくない。

 彼女に情けないところは見せたくない。

 少しでも、頼りがいのある男でいたい。

 

 それなら。


 この苦しみも悲しみも、全部封じて、彼女を送ろう。

 彼女が安心して旅立てるように。

 彼女にふさわしい男でいられるように。



「俺こそ。ありがとう」


 我慢に我慢を重ねて、なんとか笑みの形を作って、それだけ言えた。

 彼女はふわりと笑ってくれた。


 やさしい微笑み。

 大好きな、俺の妻。

 助けた亀がくれた、俺の唯一。


 追いすがりたい気持ちも、彼女を止めたい気持ちもぐっと押し込む。

 すがりそうになる手を、拳を握ることでおさえつける。

 追いかけるために動きそうになる足を踏ん張ってこらえる。


 彼女は欄干の上で気配を消して待っていてくれた亀を肩に乗せ、俺に告げた。


「さようなら」


 俺も、まっすぐに立つ。

 少しでも彼女にふさわしいように。

 彼女に頼りがいのある男だと思ってもらえるように。

 彼女が心配しないように。

 握った拳が震えるのは、見逃して。


 がんばってがんばって、笑顔をつくる。

 彼女に見せる最後の顔だ。

 少しでも良く思われるように。

 


「さようなら。また、いつか」



 彼女は、俺の言葉に驚いたようだが、にっこりと笑ってくれた。


 ぺこりと一つお辞儀をして、俺に背を向け歩いて行った。




 彼女が見えなくなっても、その場から動くことができなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ