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助けた亀がくれた妻  作者: ももんがー
13/18

第十三話 別れ 1

 姫君と一緒に料理を作る。

 霊力回復薬も作る。

 最初はおっかなびっくり取り組んでいた姫君も、三回目あたりから上達が見えた。


「上手になりましたね」と褒めると、うれしそうに笑う。

 一緒に作ったものを一緒に食べる。


 手をつないで散歩して。

 時には神域に行って。

 色々な話をして。

 他愛もない、しあわせな日が数日続いた。



「今日も楽しかったです」

「よかった」

 今日も助けた亀がくれた妻が愛おしい。


「明日は何を作りましょうか」

「楽しみです」


 そんな話をして、笑いあって、手をつないで「おやすみなさい」と眠った。









 朝になっても姫君が目を覚まさない。

 どんなに眠る日でもいつも朝には一度起きるのに。


 きっと寝坊しているだけだ。

 昨日少し歩きすぎたんだ。疲れさせてしまったんだ。だから起きないだけだ。


 脈もある。呼吸もある。大丈夫だ。大丈夫だ。


 それでも、恐怖は消えない。

 手をつなぎ、霊力を送る。


「姫君」声をかける。

「そろそろ起きましょう。朝食の支度をしないと」


 昨夜も手をつないで寝た。

 霊力を送っていたはずだ。大丈夫だ。


「竹。起きてください」


 何度も何度も声をかける。

 抱き起こす。抱きしめる。


「起きて。竹」


 亀は何も言わない。

 ただじっと、側でうなだれている。


 大丈夫。大丈夫だ。

 前もこんなことがあったじゃないか。

 きっと今回も大丈夫だ。


 必死で霊力を送る。

 指を絡める。離れないように。

 抱きしめる。少しでも接していられるように。

 口づける。霊力を吹き込むように。


「竹」


 愛しい名を呼ぶ。


 呼んでも呼んでも、答えはない。


「竹」


 どのくらいそうしていたのか。

 姫君がやっと目を開けた。


「――竹――!」

 

 白い肌が赤く染まっているのに、その時はじめて気付いた。

 熱が出たかと頬に手をあてるが熱くない。逆に氷のように冷たい。

 夕焼けに染まっていると理解するまでに時間がかかった。


 俺の腕の中の彼女は弱々しく微笑み、手を伸ばし、俺の頬をなでてくれた。


「――どう、しました――?」


 俺の頬をなでる彼女の手をぎゅっと握る。

 彼女の微笑みから目が離せない。


「…なんで、泣いてるの……?」


「貴女が、」

 情けない声が出た。


「貴女が、起きないから」


 俺の言葉に、彼女は眉を寄せた。

 ちがう。悲しそうな顔をさせたかったんじゃない。


「……ごめんなさい…」

「あやまらないで」


 彼女の目がうるんでいる。

 ちがう。泣かせるつもりなんかない。


「俺が、勝手に心配してるだけだから」


 俺が勝手にこわくなってるだけだから。


「心配するのは、夫の勤めだから。

 あやまらないで。あきらめて」


 いつかのようにそう言って、笑顔をつくる。

 それでも俺の涙はとまらない。


 彼女も思い出してくれたのだろう。

 優しく笑ってくれる。

 

 ぎゅうっと、抱きしめる。

 

「貴女は、俺の妻だから」

「俺達は、夫婦だから」

「側にいて。離れないで。一緒にいて」

 子供のようにわがままを言っている。わかっている。だが、止まらない。


「ごめんなさい……」

「あやまらないで」


 ぎゅうぎゅうと抱きしめる。

 どこにも逃げられないように。


「もう、ご褒美の時間は終わり」


 それは、最後宣告。


「貴方に、最後にお話ができて、よかった」

「いやだ」


 聞きたくない。そんな話、聞きたくない。


「――トモさん」


智明(ともあき)さん」


 彼女が穏やかな声で俺を呼ぶ。

 しぶしぶと彼女を抱く腕をゆるめて、愛しいひとと目をあわせる。

 そんな俺に、彼女は穏やかな笑顔を向けてくれる。


「ありがとうございました」


 やさしい声。愛おしい声。


「助けていただいて。妻にしていただいて。しあわせを教えてくださって。

 ありがとう。私、しあわせです」


 やめてくれ。いやだ。

 そんな、お別れのような言葉、聞きたくない。


「まだだよ」

 彼女の言葉を制して、先に言う。

 

「まだまだ、楽しいことも、うれしいことも、たくさんあるよ。

 一緒に見よう。一緒に、もっと」


 彼女は首を振る。


「自分で、わかるの。

 もう霊力を保つことができない。

 もう、ご褒美の時間は、終わり」


 そんなことない。きっと、まだ、もう少し。

 何も言えず首を振る俺に、彼女はにこりと微笑んだ。


「しあわせをくれて、ありがとうございました」


 愛しいひとが、別れの言葉を口にする。

 たまらず、ぎゅううっと抱きしめる。


 何か言わなくては。

 何か、何か。


 でも、本当はわかっている。

 もう、無理だと。

 もう、お別れなのだと。


 涙が止まらない。

 嗚咽(おえつ)がもれそうになるのを必死でこらえる。

 彼女に情けないところを見せなくない。


「生まれ変わったら、また会いにきて。

 また、一緒に暮らそう」


 かろうじて、それだけ言えた。

 それなのに彼女は俺の腕の中で首を振った。


「もう、ご褒美は終わり。

 生まれ変わったら、また『災禍(さいか)』を追わなくちゃ」


「そんな――」

「それが、私の責務だから」


 きっぱりと、彼女は言う。

 誇り高い王族の姫らしい、潔い声だった。

 真面目で責任感の強い彼女らしい。

 それならば。


「それなら、俺も一緒に追う」


 彼女が来てくれないなら、俺が行けばいい。

 俺が、彼女を助ければいい。


「貴女の側で、貴女を助ける。

 一日でも早く責務を果たせるよう、協力する」


 彼女はただ首を振る。

 わかってる。俺では足手まといになる。

 だが。


「チカラが足りないなら、チカラをつける。

 知識が、技術がいるなら何でも学ぶ。身に着ける。だから」


 言いつのる俺の胸で、彼女はまた首を振った。

 身を起こそうと力を入れたのがわかったので、腕の力を少しゆるめる。

 俺の目をまっすぐに見て、彼女は微笑んだ。


「貴方のチカラも、知識も、技術も、この都のために使ってください」


 息をのむ。

 反射的に首を振る俺を、彼女は困った子供をみるような目で笑った。


「貴方は素晴らしい方です。

 きっと千年続く都を作ってくれる」


 そんなの買いかぶりだ。

 俺はただの下っ端役人だ。

 それより、貴女と共にいたい。


 ぶんぶんと首を振る俺に、涙をこぼす俺に、彼女はそっと頬に触れてくれた。


 彼女の目の中に、情けない顔の男がいる。

 彼女を守りたいのに。彼女を支えたいのに。


 そんな情けない男に、彼女は涙を浮かべ楽しそうに笑って言った。


「いつか私がこの都に生まれ変わった時。

『この素晴らしい都は私の夫が作ったのよ』って、自慢させてね?」



 ――ずるい。

 そんなこと言われたら、がんばらないといけなくなるじゃないか。



「貴方は、今生きている。

 生きている限りは、生きる努力をしなければ」


 その言葉は、俺があの日彼女に言った言葉。

 意識を取り戻した彼女が、薬を拒否したときに俺が言った言葉。


「それが、『生きる者の勤め』なんでしょう?」


 いたずらが成功した子供のような笑顔で彼女が言う。

 ああ、なんて可愛らしい。

 なんて愛おしい。



「――覚えていたの…?」


 震える声に、うれしそうにうなずく彼女。

 そのまま、俺の首に腕をまわし、ぎゅっと抱きついてくる。

 彼女を支えるように俺も彼女を抱きしめる。


「住みよい都を作ってください。

 生まれ変わったら『ここを貴方が作ったのかな』て思いながら歩きますから」


 そんな未来が、容易に想像できた。

 今より幼い彼女が、楽しそうに俺の作った街を歩いている。


「約束して?」


 俺の顔をのぞきこみ、彼女が言う。

 甘えられていると感じた。

 彼女が甘えてくれるならば、叶えなければ。

 俺は、彼女の夫だから。

 彼女は、俺の愛する妻なのだから。



「――約束、する」


 かろうじて、声が出た。

 そんな俺に彼女はホッとしたようだった。

 こつんと俺の額と彼女の額を合わせる。


「貴女が生まれ変わった時、過ごしやすい都を、作る」

「おねがいします」


 くすぐったそうに彼女が笑う。

 愛おしくて、そっと唇に唇を重ねた。

 一瞬触れるだけの、くちづけ。


 彼女はいつかのように赤くなることも目を回すことなく、穏やかに俺を受け入れてくれた。


 うれしくて、かなしくて、もう一度唇に触れる。

 やわらかくて、冷たい唇だった。




「もうひとつ、甘えても、いい?」


 何も言えずただ抱き合っていた彼女が、そっと言った。

 身を離し、彼女の顔を見る。


「連れて行ってほしいところが、あるの」


 目線でどこかとたずねると、彼女は一言告げた。


「鳥辺野」


 瞬時に、カッとなった。

 鳥辺野は葬送地だ。

 彼女は、一人で逝く気だ。

 俺を置いて。俺を残して。

 怒鳴ろうとした俺の口に彼女はそっと手をあてて言葉を封じた。


「これ以上ここに、貴方の側にいたら、貴方がこわれてしまう」

「こわれていい」


 むしろ、望むところだ。

 こわれたら、彼女と一緒に逝ける。


「こわれていい。貴女と一緒ならば。一緒に燃え尽きたい」


 亀が言っていた。

 彼女の亡骸は『魂送り』の得意な知人が燃やすと。

 俺も一緒に燃やしてもらえたら、これほどしあわせなことはない。


 それなのに、彼女は悲しそうに眉を下げる。


「約束。守ってくれないの…?」


 ぐっとつまる。

 その時やっと気付いた。

 くそう。彼女にやられた。

 彼女は俺を連れて行かない為に、あんな約束をさせた。


 ずるい。ずるい。

 そんな風におねだりされたら、断れないじゃないか。


 彼女は困ったように笑うと、また俺の胸にもたれた。


「私のことは忘れて。

 貴方は、しあわせに暮らして」


「忘れない」


 そんなこと、できるものか。


「貴女は、俺の妻だ。俺の大事なひとだ。

 忘れない。

 俺の半身。俺の唯一」


 ぎゅうっと抱きしめる。

 忘れるわけがない。

 忘れられるわけがない。

 俺の唯一。俺の愛しい妻。


 そんな俺の気持ちが伝わったのか、彼女もぎゅうっと抱きしめてくれた。

 肩が冷たい。彼女が泣いている。

 彼女を泣かせたくなかったのに。

 駄目な男だ。俺は。

 

 歯を食いしばり、こらえようとするのに、涙があとからあとからこぼれてくる。


「私も、忘れない」


 彼女の声に、また涙がでた。

 ただうなずき、ぎゅっと抱きしめることしかできない。


 そんな情けない男に、彼女は涙まじりの笑顔を向けてくれた。



「お願い。連れて行って。鳥辺野へ」

智明は姫君しか見えていないので、お話にわかりにくいところがあります。

後日黒陽視点で、智明がどうしたのか、何があったのか説明します。

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