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助けた亀がくれた妻  作者: ももんがー
12/18

十ニ話 亀と妻の手料理

 神域を訪れたのがよかったのか。聖水の効果か。

 姫君の体調はここ数日安定している。


 あちこち出掛けるのも、色々なモノに会うのも刺激になっていいのかもしれない。

 俺に後ろ向きな気持ちを全部吐き出し、それを俺が端から潰していくのもいいのかもしれない。


 姫君は、よく笑うようになった。


 出会ったときから優しく微笑む女性ではあったが、今は心の底からうれしそうに笑ってくれている。

 それが、俺も亀もうれしくてたまらない。


「ありがとな」

 亀がよく俺に言う。


 だから俺も「最高の恩返しをありがとな」と返す。


 助けた亀がくれた妻は、今日もかわいい。




 ある日、貴族様に呼び出された。

 いつもは差し入れしてくれて少し話をして帰る一の側近に、この日は「一緒に来てくれ」と連れて行かれた。

 亀も姫君も「仕方ないな」「いってらっしゃい」と送り出してくれたので、しぶしぶ同行する。


 連れて行かれた貴族様の屋敷で部屋に通される。

 いつもは俺は外で、あちらは廊下で話をするのに、常にない状況に背筋を汗がつたう。


 やがてやってきた貴族様を、頭を下げて迎える。


「ああ、楽に」

 上座に座り、そう告げる貴族様。

 俺を連行した一の側近がすぐ横に従う。

 他にも数人の護衛と世話役が周囲を固める。


 挨拶のあと、姫君への差し入れの礼を述べる。

 女物の衣装や身の回りの品、果ては手なぐさみの裁縫道具や本など、俺には考えつかない数々を差し入れてもらっている。


 元々は、貴族様の指示で(おもむ)いた退魔の後始末の尻ぬぐいを結果的に姫君と亀にさせた形になったわけで、貴族様としては「賠償金のつもり」だとは最初に側近から聞いた。


 だからといって礼を言わないのは違うと思うので、そこは毎回きちんと礼を述べておく。


 貴族様はうなずくことで俺の礼を受け入れた。



「さて、今回お前を呼び出したのは、話を聞くためだ」


 ようやく本題に入るらしい。

 嫌な予感に知らず拳を握る。


「ある家が、お前の妻は自分の娘だと騒ぎ立てている」


 それか。


「心当たりは?」


 ある。

 あの乳母が騒ぎ立てているのだろう。

 思えばあの従者も、何か意思を持って俺に声をかけていた。

 


 後で一の側近が教えてくれた。


 都の水脈の乱れを報告するときに「助けた亀に教えてもらった」とした。

 水脈の事実も、水脈整備の成果も、殿上人の間でかなり話題になったという。

 それを成した俺が、亀と一緒に助けた娘を妻としたことも。


『亀と娘』の響きに、姫君の今生(こんじょう)の家族が反応した。


 側近は黙っていたが、貴族様が貴船や市に出掛けるようすすめてくれたのは、姫君の家族に依頼されたのだろう。

 出掛ければ、姿を見ることができる。

 そして、姫君に会わせるために、あの乳母を市に連れて行ったのだろう。


 亀が姿を変えてくれていてよかった。

 姫君に(うちぎ)をかけておいてよかった。


 確証があれば、きっと問答無用で連れ去られていた。



 俺の内心に気付いているのかいないのか、貴族様は変わらぬ様子で話を続ける。


「彼女の経歴。親の名。

 妻として何か月も経っているのだから、何か聞いているだろう?」

 話せと、言外に命令してくる。


「……人払いを、お願いします」

頼任(よりとう)は許しておくれ。この乳兄弟に隠し事はできない」

 一の側近まで廃せるとは思っていない。黙ってうなずく。



 さわさわと衣擦れの音が遠のき、部屋には三人だけになった。


「さて、話を聞かせてもらおうか」

 貴族様は引く気はないらしい。


 しぶしぶ口を開く。


「――妻と亀は『落人(おちびと)』です」


 貴族様と側近が驚きに眼を見張る。


 こことは異なる世界から落ちてきた人。『落人』。

 その存在は、広く知られていた。


「たまたま落ちてきた。

(まが)』に会ったので封じた。

 弱ったところを『悪しきモノ』に襲われ、死にかけたのを俺が助け、あとは報告のとおりです」


 貴族様がじっと俺の目を見つめる。


 彼には特殊能力がある。

『真実の眼』。対象が話す言葉が嘘か真実かわかるというものだ。


 嘘は言っていない。

 話していないことがあるだけだ。


 俺の言葉に嘘がないと理解したのだろう。

 目を閉じ、ふぅとひとつ息を落とした。


「――親の名は?」


「名までは聞いていません。

紫黒(しこく)』という国の『黒の一族』と呼ばれる王族の、王だそうです」


 尚も俺を試す貴族様。


「あの亀は?」

「妻の()(やく)で、筆頭護衛だそうです。

 落ちる時に獣の姿になる呪いをかけられたそうで、元は人間(ひと)だそうです」


「何故差し入れしたものが使えるのかな?」

「さあ? ただ、ずっと病がちだったそうで、寝台でできること――本を読んだり、手仕事をしたりは得意だと話していました」


 解除したとみせかけて、まだ『真実の眼』は発動しているのだろう。


「――妻の名は?」


「『竹』です」


 正直に告げる。

 俺の大切な『名』。

 助けた亀がくれた、愛しい妻の『名』。


 よくある名だ。

 これだけでは確証にならないはずだ。


「亀の名は?」

「『亀』です」

「……………」


 何故亀を『亀』と呼ぶというと誰もが黙るのだろう。

 亀は『亀』じゃないか。


 俺のそんな考えも伝わったのだろう。

 貴族様はひとつ咳払いをした。


「お前の妻は、この世の貴族とは関わりがない、と?」

「はい」


 死んだことにして家を出たと言っていた。

 ならばもう関係ないだろう。


 俺の態度に、貴族様はこれ以上は無駄だと理解したらしい。


「退魔の仕事はいつから復帰できる?」


 違う話を振ってきた。


「妻の容態が良くなるまでは、側にいてやりたいと思います。

 今しばらくは無理かと」


「姫君には会わせてはくれないのかい?」

「亀が駄目だと言っておりまして」


 いつものやりとりのあと、やっと開放された。




「おかえりなさい!」

 扉をくぐると、姫君の声が出迎えてくれた。


 ああ、癒やされる。

 貴族様にガリガリ削られた精神力が回復する。


「ただいま帰り――」

「見て! 見てください!」


 抱きしめようと伸ばした俺の腕を取り、こっちこっちと姫君が引っ張る。かわいい。


 何事かとされるがままに引っ張られると、鍋の前に連れて行かれた。


 鍋? あれ?


 鍋の中には、俺が料理しようと思っていた野菜が煮えていた。


「え? これ、どうしたんです?」

「作りました!」


 満面の笑みで答える姫君。

 戸惑う俺に、うれしそうに説明してくれる。

 

「貴方、おっしゃっていたでしょう? 

『今夜はこれを料理しよう』って。

『どうやるの?』て聞いたら、『よく洗って、切って、水に入れて火にかけるだけだ』っておっしゃっていたから、それなら私にもできるかなって、黒陽に手伝ってもらってやってみたの」


「すごいな!」

 料理の概念も知らなかったのに!


 思わず声を上げると、うふふ〜とうれしそうに姫君が笑う。

 ほめてほめてと顔に書いてある。かわいい。


「ありがとう。うれしいよ」

 よしよしと頭をなでると、くすぐったそうにまた笑った。


「亀も。ありがとな」

「それほどでもある」


 偉そうな亀に笑みがこぼれる。


 火をつけるのと水の用意は亀がしてくれたらしい。

 姫君と亀が一生懸命に料理する様子を思い浮かべると、微笑ましくてうれしくてニマニマしてしまう。


 どれどれ? と鍋をのぞきこむ。

 

 ……芋、皮がついたままだな…。

 他の具もデカいな……。

 ま、まあ、あとでこっそり調整しよう。


 ふと気になったことを聞いてみた。


「調味料、わかりました?」

「「え?」」


 なんのこと? と、姫君と亀がきょとんとする。

 これは。


「――ぷっ」


 無性におかしくなって吹き出してしまった。

 そんな俺に、姫君も亀も何かやらかしたと気付いたらしい。


「え? な、何? 何? ご、ごめんなさい」

「何だ!? 何かあるならさっさと言え!」


「いや、ゴメン。ちょっと、おかしくなって…。プハッ。ハハハ!」


「あ、あうううう。ごめんなさい」

「ちが、違う。ちょっと、ハハ。アハハハハ」


 泣きそうな姫君を抱きしめて笑う俺に、亀が椀を投げつけた。



 予想通り、姫君も亀も調味料の存在を知らなかった。

 野菜は皮を剥くことも知らなかった。

 ひとつずつ教えながら味の調整をする。

 一緒に料理をするのは思っていた以上に楽しかった。


 家を出てからの食事はどうしていたのか聞いてみると。


「食べてない」

 とんでもない答えが返ってきた。


 姫君も亀も霊力が高い。

 普通の人間には考えられないくらいに高い。

 なので、霊力を取り込むだけで生命活動は維持できるという。


「だからって、食事をとらないなんて!」

「霊水飲んだりするだけで十分ですよ?」

「そ―――」


「そんなだから回復しないんだ!」と言いそうになったのをかろうじて飲み込む。

 あとで亀に説教しておこう。

 

「じゃあせめて、俺のところにいる間はちゃんとメシを食べて?」


 ついねだるような口調になった。

 気まずそうに、それでも「はい」と姫君が返事をしてくれたことにホッとする。

 

「それと」


 これはちゃんと言っておかないとな。


「料理してくれてありがとう。

 すごくうれしかった。

 また一緒にしてください」


 そう伝えると、姫君はやっと心からの笑顔を向けてくれた。

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