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助けた亀がくれた妻  作者: ももんがー
10/18

第十話 亀がくれた妻がかわいすぎる

「調子に乗りすぎだ」

「スマン」


 目を回し熱が上がった姫君の看病をする。

 濡らした布を額に乗せ、手頃な木札で(あお)いでやる。


 目が覚めたら、夢だったとか言いそうだなこの姫君。

 起きたらまたキチンと言ってやらねば。


「――ありがとな」

 亀がめずらしくそんなことを口にするので、驚いて姫君を扇ぐ手が止まった。


「姫に『しあわせ』を教えてくれて。

 姫を『しあわせ』にしてくれて。

 ありがとう」


 言うだけ言ってそっぽを向く亀。

 人間だったらきっと顔が赤くなっていることだろう。

 亀の感謝が伝わって、俺も知らず笑顔になる。


「――アンタが殊勝だと気味が悪いな」

「人が素直に礼を述べているのだ。素直に受け取れ」


 わざとお互い軽口を言い合う。

 目があって、どちらともなく笑いあった。



「――なあ」


 姫君を見つめ(あお)ぎながら、亀に問いかける。

 ずっと聞きたかったこと。

 こわくて聞けなかったこと。


「姫君の生命が尽きたら、また生まれ変わるんだよな?」

「――いつかはな」


 いつか。

 いつかって、いつだよ。


 そんな心のつぶやきが聞こえたのか、亀が続ける。


「いつ生まれ変わるのか、誰にもわからない。

 亡くなって翌年に生まれ変わることもあれば、百年生まれ変わらなかった時もあった」

「百年……」


 それでは、もう会えない。

 でも、もしかしたらまた会えるかもしれない。


 俺のそんな思いなんて、亀にはお見通しだった。


「姫を待つなよ」


 先に釘をさされる。


「いつ生まれ変わるかわからない。

 そんな女性(ひと)を待つなんて、無駄だ」


「二度と会えないと思うよりはいいよ」

 本音で答えたのに、亀はフンと鼻を鳴らした。


「お前はお前の人生を歩けばいい。

 巻き込んだ私が言えることではないがな…」


 亀が悲しそうに言うので、つい気になっていたことを口にした。


「アンタはどうするんだよ?」


「どう、とは?」

 意味が伝わらなかったようだ。

 重ねて問いかける。


「姫君が生まれ変わるまでの間、アンタはどうしてるんだ?」


 亀は答えない。


「待つなら、一緒に待たないか?」

 俺の提案に、亀はゆるく首を振る。


「私は姫が生まれ変わるまで、休眠する。

 姫が生まれ変わったら目覚めるように術を組んで、眠るんだ」


 それなら、亀は苦しくないかもしれない。

 ずっと待ち続けるよりはましだと思え、少し安心した。


「起きていても、することもないしな」

 そんなことを言う亀に、甘え心がわいた。


「じゃあ、俺が死ぬまでつきあってくれよ」


 亀が一緒なら、姫君のいない苦しみを堪えられるのではないか。

 そんな俺の甘えに、亀は首を振る。


「――駄目だ」

「長くてもあと二十年てとこだろ。いいじゃないか」

「駄目だ」


 思いがけず強い言葉に、言葉を封じられた。


「私が辛い」


 そんなこと言われたら、もうそれ以上言えないじゃないか。

 そっぽを向いてうなだれる亀が、俺のことを結構気に入ってくれているとわかり、俺も泣きそうになった。



 姫君を扇ぐかすかな音だけの空間で、先に口を開いたのはやはり俺だった。


「姫君が亡くなったら、」


 亀が反応したのに気をよくして、続ける。


「亡骸はどうなるんだ?」


 俺の質問の意味がわからなかったのだろう。

 亀がやっと俺の方を向いた。


「以前に言ってたろ?

『姫が亡くなっても結界が張ってある』って。

 それで、どう弔うんだ?」


 亀は質問の意味がわかったようで「ああ」と言ってから教えてくれた。


「火属性の、(たま)(おく)りの得意な知人がいる。

 そいつに燃やしてもらう。

 灰も残らない」


「最初会った時に言ってた『知人』か?」

「そうだ」

「そうか…」



 ぽつりぽつりと話していると、姫君が目を覚ました。

 目があったので「おはようございます」と笑いかける。

 しばらくぼーっと俺の顔を見ていた姫君だったが、突然ボン! と音がしそうなくらいに真っ赤になった。

 驚く俺の目の前で、掛けていた衣を頭までかぶり丸くなる姫君。なんだソレ。かわいいな。


「――お、おはよう、ございます…」


 消え入るような声が目の前の団子から聞こえる。

 どうやら倒れる前のことはちゃんと覚えているようだ。


「具合はどうですか? 竹」


 わざと名を呼ぶと「ひゃい!?」とおかしな返事が返ってきた。


「ぐ、ぐぐぐ、具合、具合は、その」

「良くないようですね。ちょっと診ますよ?」

「やあああ!! だ、駄目! 待って!」


 団子を分解しようとしたら、内側から激しい抵抗にあう。


「コラ。姫が嫌がったらやめる約束だろう」

「だが、熱の具合を診ないと。それに水分もとらさないと」

 俺の意見に、亀もムムムッと納得したらしい。


 目線で「手加減しろ」と命じてきたので「ハイハイ」と苦笑を返す。


「姫君。水を持ってきますから。

 顔だけでも出していてくださいね」


 俺の態度が戻ったのがわかったのだろう。

 団子の動きが止まった。


 ああもう、かわいいなぁ。

 今日も助けた亀がくれた妻はかわいい。



 汲み置いていた霊水に亀が氷を作って入れてくれる。

 恥ずかしそうに座って待つ姫君に器を持たせる。

 よく冷えた水は火照った身体に合ったようで、ごくりごくりと飲んでくれる。


「――まだ熱がありますね。

 もう少しおとなしく横になっていてくださいね」


 額に手を当て熱を計る俺を、姫君は無防備に目を閉じて受け入れてくれている。

 絶対の信頼を感じてうれしい反面、もう少し警戒してほしいような。贅沢な悩みだな。


「――トモ、さん」


 不意に名を呼ばれ、驚愕に動きが止まる。

 目を開けた姫君は俺を見上げ、返事を待っているようだった。


「トモさん」

「――はい」


 今度は返事ができた。

 正直、胸の中は大変な騒ぎになっている。

 喜びの花吹雪が舞い上がっている。

 意味もなく爆走して「このかわいい人が俺の妻だー!」と世界中に叫びまくりたい。


 だが、そんなものは顔に出さず、穏やかに見えるように姫君に微笑む。


「どうしました?」


「私は、貴方の、妻、ですか…?」

「そうですよ?」

「貴方は、私の、」

「夫です」


 真っ赤になって確認してくる姫君が可愛くてたまらない。

 それでもこれだけはしっかりと理解しておいてもらわないといけない。

 目を見て、宣言する。


「俺達は、夫婦ですよ」


 姫君は俺の言葉に口を開けて何か言おうとしたが、結局両手で顔を隠して自分の膝に額を埋めてしまった。

 

 丸くなってしまった姫君が可愛くて可愛くてたまらない。

 欲望のままに抱きしめたくなるが、ぐっと我慢して背中をよしよしとなでるにとどめる。


「夫婦は、助け合うものです。

 遠慮なく、俺に甘えて、助けられていてください」


 俺の言葉に、姫君がちらりと顔を向けてきた。

 目がうるんているのは熱のためか羞恥のためか。


「――甘えて、いいの?」

 おずおずと、そんなことを言ってくる。


「いいですよ」

 むしろ。

「むしろ、甘えてください」


 にっこりと笑う俺に、丸くなっていた姫君はやっと身体をおこした。


「甘えたら、ご迷惑になりませんか?」

「うれしいだけですが?」


 俺の答えが姫君には信じられなかったようだ。

 驚きに目を丸くしている。


「俺も姫君に甘えます。

 だから姫君も、俺に甘えてください」


「貴方が、私に甘えるのですか?」

「そうですよ?」


 またも驚いている。

 そんなにおかしなことを言っただろうか?


「仕事で疲れたら、抱きしめさせてもらってるでしょう?

 貴女をぎゅーって抱きしめて甘えて、元気をもらっているんです」


「あんなことで、いいんですか?」

「いいですが?」


 本音を言えばもっとしたいことはイロイロあるが、それを口にすると亀に殺されてしまう。

 それに。


「貴女が好きで好きでたまらないから、側にいるだけでうれしいんです」


 これも心からの本音。

 

 さっき胸の内を暴露したからだろう。

 今までは恥ずかしくてなかなか口にできなかった「好き」という言葉がするりと出てくる。


 微笑む俺に姫君もやっと理解したのだろう。

 うつむいたまま真っ赤な顔で「ありがとうございます……」とちいさく答えてくれた。


 そんな彼女に、ちょっとイタズラ心がわいた。


「貴女は?」

「え?」


「少しは俺を好きでいてくれますか?」


 問いかけると、姫君はわかりやすく動揺した。

 目も口も大きく丸くなったかと思うときょろきょろと視線をさまよわせ、あわてて目と口をぎゅっと閉じ、両手で顔を隠してしまった。


 まずい。いじめすぎたかな?

 答えなんて期待していなかったのだが、困り果てた姫君の様子にこちらも困ってしまった。


 嫌われてはいないと思うのだが。

 うぬぼれだったか?


 ふるふると震えて答えられない姫君を、どうしたものかと思っていると、ちいさな声が聞こえた。


「………す………」


『す』?


(しゅ)き、で、ふ」



 かんだ。

 いや、それよりも。



 …………今、なんて言った?



 好きだと言ったか?

 姫君が、俺を、好き、だと?



「――好き?」


 信じられなくて問いかける俺に、顔を覆った姫君がこくりとうなずく。


「本当に?」

 こくこくとうなずく姫君。



 ――――!!


 がばりと姫君を抱きしめる。

 うれしい。うれしい! うれしい!!


「うれしい。うれしい」


 心の声がもれ出てしまった。


「ありがとう。うれしい」


 抱きしめ耳元でささやく。

 姫君は顔を隠したまま「ハイ」とちいさくうなずいた。


 俺の心の中では一大祝賀会が開催されているのだが、姫君はボソリと嘆きの声をおとした。


「ううう…。私、四千年近く生きてるのに、こんな…。だめだめで、情けないです…」

「………四千年?」


 思っていた以上の長い人生に、姫君と亀の苦しみを想う。

 どれほど辛かっただろうと思うが、たかが二十八年しか生きていない俺には想像もつかない。


「それでもこんなの初めてで……。

 どうしていいのか、私、こんな、情けなくて」

「かわいいだけですか?」

「あうううう」


 また顔を覆って丸くなろうとする姫君を抱きしめる。

 助けた亀がくれた妻がかわいすぎる。

 きっと一生分のしあわせが今この瞬間に訪れている。

 



 俺のせいでまた熱が上がった姫君を横にさせる。

 額に冷やした布をおいて、器を片付けに行こうとしたが、姫君の声に止められた。


「手を……。つないでいても、いいですか……?」

「もちろん」


 早速甘えてくれるようだ。

 うれしくてすぐに応える。



 眠るまで話をしようと、四千年どう過ごしてきたのか聞いてみた。


 十を迎えられず死ぬ時もあれば十九まで生きられた時もあったが、いずれも二十歳まで生きられなかったこと。

 どの生でも家族に恵まれ、幸せな子供時代だったこと。

 黒陽はいつも側にいたこと。


 この世界に落ちて何度目かの生で、大きな争いがおきた。

 その中心にあの『災禍(さいか)』の存在を感じた。

 何故かはわからないが、自分が封印を解いてしまったあの『災禍(さいか)』がこの世界にいると理解した。


 そして、その国は滅びた。


 その後も同じように一つの国の滅亡に立ち会い、これまでに二つの国が滅びるのを目の当たりにした。

 最初に生まれた世界も含めると、三つの国の滅亡に関わった。



「私のせいで、私が封印を解いたせいで、たくさんの人の生命が失われてしまった」


 ずっと「ごめんなさい」と泣いていたのは、これが原因だった。



 一度目の国の滅亡に立ち会った姫君は、一緒に落ちてきた他の三人の姫とその()(やく)と話し合う。

 そして、『災禍(さいか)』を滅することを自分達の責務と考え、今日(こんにち)に至る。


災禍(さいか)』が動くと大きな霊力のゆらぎがおこる。

 それを目印に探しているそうなのだが、未だにみつけられていない。

 この度も霊力のゆらぎを感じ駆け付けて、俺達が退治した『(まが)』と出会ったのだと話してくれる。



「――大変なんですね」

 かろうじてそれだけ言えた。


 姫君は困り顔で、それでも笑顔をむけてくれる。

「元はといえば、私のせいですから」


 そうやって、自分のしあわせも感情も後回しにしてできた結果が今の姫君か。

 恋も愛も一般常識も知らず、術だけを磨いてきたのだろう。

 過保護な守り役も一因にある気はするが、根が真面目な彼女だ。

 目的以外によそ見することを、己に禁じていたに違いない。


 そう考えると、確かにこの時間は『おまけ』だ。

 姫君は霊力を失ったために『災禍(さいか)』を追うことができない。

 余命尽きるのを待つだけだから、何をしてもいい。

 そして、亀による『夫婦ごっこ』の提案。

 真面目な彼女は真面目に『夫婦ごっこ』に取り組み、俺の妻になってくれた。


 俺にとっては、幸運の一言に尽きる。




 姫君は目を閉じ、はぁと息をついた。


「――こんなこと黒陽達以外に話したの、初めてです」


 俺の手をきゅっと握る姫君が愛おしい。


「俺でよかったら、何でも話して。何でも聞きたい」

「――ありがとうございます」


 本当に全部話してくれたのだろう。

 どこかすっきりとした顔の姫君と、しばし見つめ合う。

 ああ、愛おしいなぁ。

 握った手を、反対の手で上から包み込み、そのまま軽くなでてやる。


「――たくさん話して疲れたでしょう?

 少し眠るといいですよ。

 俺はずっと側にいるから…」


 俺の言葉に彼女の力がふっと抜けたのがわかった。

 全面的に甘えてくれている様子に愛しさが増す。


 やがて彼女は静かな寝息を立て始めた。

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