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助けた亀がくれた妻  作者: ももんがー
1/18

第一話 亀を助けたら

新連載です。よろしくおねがいします。

 ああ、今日もつかれた。

 相変わらずひどい目にあった。


 くたくたになった身体をなんとか家まで運び、扉をくぐる。


「ただいま帰りました」

「おかえりなさい」


 俺の声にすぐに応えてくれるのは、愛しい妻。

 俺の姿にぱっと笑顔を浮かべ、駆け寄ってくれる。


 女性の中では少し高めの身長の彼女だが、男の中でも長身の俺にとっては頭ひとつ低い。かわいい。


 ぬけるように白い肌。

 膝より長い真っ直ぐな黒髪をひとつに束ねている。

 ただでさえ垂れた目がしあわせそうに細められる。

 愛らしい唇は俺を見て弧を描き、頬も紅に染まる。


 全身で俺の帰りを喜んでくれる。


 ああ、愛おしい。なんてかわいい。


 すぐにぎゅうっと抱きしめる。

 ああ、満たされる。癒やされる。

 俺の半身。俺の唯一。

 彼女もおずおずと俺の背に手をまわし、抱きしめてくれる。


「おつかれさまでした」

「はい」


 このごほうびがあるからがんばれる。

 かわいい妻を腕に閉じ込め、全身で彼女を感じる。


 ああ、かわいいなぁ。

 ずっとこうしていたいなぁ。


 俺がそうやって妻に甘えていると。


「――おい。そろそろ動け。報告書はどうした」

 肩の亀が邪魔をしてくる。


「………もーちょっと…」

「キリがないだろう! さっさと動け!」

「えー……」


 しぶしぶ妻を離す俺に、妻がくすくすと笑う。


「トロトロするな! 報告書書いたらメシ!」

「ハイハイ」

 亀に急かされ仕方なく動く。



 この亀は先日俺が助けた亀だ。

 そしてこのかわいい妻は、亀の(あるじ)たる姫君。

 助けた亀がくれた妻だ。




 それは大雨の翌日のことだった。






 奈良の都から次々に都がうつり、現在はここ、平安京と呼ばれる新しい街が都となっている。


 何とか王族の宮や貴族の皆様の館が完成し、王がこの新しい都にお入りになったのが一年前。

 今では行政も滞りなく動き、人も集まり、賑わいをみせる都になってきた。




 俺は、木工(もくの)(りょう)の人間だ。

 この新しい都の造営に携わってきた。

 都造りに右往左往しているうちに、あっという間に二十八歳。

 手伝いの小僧も今では現場を取りまとめ指示する立場になった。


 今は、西へ西へ街を広げようとしている。

 これがうまくいかない。

 基礎を作ろうと土を掘れば水が出る。

 地面がぬかるみ弱くなる。

 あまりにも水が出るので、最近ではこの辺りを『出水(でみず)』なんて呼ぶ者もいる。

 

 さて、ただでさえ水が出る場所は、昨日の雨でどうなったか…。



 冬が過ぎやっと働きやすい気候になった。

 だが春になると妖魔も(うごめ)き出すし、昨夜のような春の嵐もやって来る。


 昨夜の大雨は、朝になってようやく止んだ。

 貴族の皆様の堅牢な屋敷はビクともしないだろうが、俺達下々の住む掘っ立て小屋は一晩中ミシミシと鳴り続け、いつ吹っ飛んでいくかとビクビクしていた。


 幸い、家の形があるうちに雨が止んでくれて助かった。

 だが、あの雨と風では、資材置場は一体どうなっていることやら…。


 最悪を覚悟しながら、集合時間より早く資材置場へ向かう。

 すると。



 ――何だありゃ?


 自分の目が信じられなくてごしごしとこする。

 山? あんな山、いつ出来た?


 ――いや。

 一歩ずつ近づいていくと、詳細が見えてきた。


 亀だ。

 資材置場に大きな亀が鎮座している。


 黒々とした甲羅。まるで黒曜石のようだ。

 何故かドロドロの地面に半ば埋まっていて、せっかくの美しい甲羅もドロドロだ。

 手足と思われる部分でも俺の背よりも高い。


 何でこんなところにこんな大きな亀が? と疑問は浮かぶが、じっとしていて危害を向けてくる気配はない。とりあえず放置だ。


 資材は案の定びしょぬれでバラバラになっている。

 雨避けの倉庫は形もない。


 がっかりする気持ちを切り替える。

 まずは資材を集めて、使えるものと使えないものを分けて…。と、仕事の段取りを考えながらさらに近づく。


 やはり同じように資材を心配したらしい工人が何人も来ている。

 彼らに声をかけ、挨拶を交わす。


「何してるんだ? さっさと仕事にかかろう」

「いや、それが、近づけないんですよ」

「近づけない?」


 彼らが言うには、何か見えない壁のようなものがあり、そこから先に進めないのだという。


「あと、あのデカい亀」

 一番頼りになる部下がそっと寄ってくる。

「見えます?」と問うてくるので「見える」と答える。


「見えるヤツと見えないヤツがいます。

 あれ、玄武ってのじゃないですか?」


 玄武。霊獣・玄武か。

 確かに話に聞く姿に似ている。

 あれ? 尻尾は蛇じゃなかったか? 見えないだけか?


 どちらにしても、普通の亀ではないだろう。

 あの亀が結界でも張っているのか?


 ちょっと話しかけてみようか?


「――もし!」 


 声をかけるが、聞こえていないようだ。

 突然の俺の大声に、見える者も見えない者も驚いている。


「ここからじゃ聞こえないか」

「びっくりさせないでくださいよ!

 亀が暴れたらどうするんですか!」


 それは困るが、かといってずっとここにいられても困る。

 とりあえずもう少し近くに、と()を進めると、するりと何かをすり抜けた感覚があった。



 あ。マズい。


 一歩足を入れた形で固まる。

 何かの『境界』に、入った。



 俺には特殊な能力がある。

 結界や異界というものの隙間をするりと抜ける『境界無効』の能力。

 これのおかげでこれまでどれだけの問題事に出会ったか。


 だが、と気付く。

 きっとこれはこの亀の結界だろう。

 それならば、と、覚悟を決めて歩き出す。


 後ろで部下達が何かさわいでいたが、すぐに聞こえなくなった。




 亀の顔をみつけた。

 額の白い日輪のような模様が特徴的だ。

 両腕を前に組み、その上に頭を乗せている。

 ずっと高い位置にある(まぶた)は閉じられている。眠っているのだろうか?


「――尊きお方とお見受けいたします」


 意を決して声をかけると、瞼がピクリと動いた。

 どうやら聞こえているらしいと判断して、更に声をかける。


「何故この地におわしますのか。

 理由をお聞かせ願い(たてまつり)ります」


 俺の声に、亀はゆっくりと瞼を開いた。

 その目にとらわれた途端、強い威圧に倒れそうになるが何とかこらえる。


「――能力者か」


 重々しい声が響いた。

 壮年の男性のような声だ。

 

 ハッと気付き、膝をつく。

 おそらくは高位の霊獣だ。立ったままでは失礼にあたる。

 手を付き頭を下げると、亀はフンと鼻を鳴らした。


「邪魔をしてすまんな。

 霊力が切れてしまった」


 端的にそう言い、亀は再び目を閉じる。


「もう少し霊力が戻ったら、知人を呼べる。

 それまで、今しばらくここで休ませてもらうぞ」


 それは困る。

 ただでさえこの惨状で仕事が遅れるのは確実なのだ。

 その上資材置場(ここ)に出入りできないとなると、どれだけの遅れになるか。



 ――仕方ない。もう少し話を聞こう。


「霊力切れなどと、何か難儀がございましたか?

 何か、私がお助けできる事柄がごさいませんか?」


『助け』の言葉に気を引かれたのか、亀はうっすらあけた目をこちらに向けた。


「……回復術が使える者がいれば助かるが……。

 私に回復をかけられる者など、そうはいまいよ」


 そうでしょうね。凄まじい『(うつわ)』の差を感じます。


「亀のお姿ならば、水属性ですか? 土属性ですか?」

「水属性だ」

「貴船の霊水を持って参りましょうか?」

「些少では足りぬ」


「お見受けしたところ、非常に大きな『器』をお持ちのようですものね…」



 この世には『霊力』がある。

 霊力は万物に含まれており、人間も獣も霊力を持つ。

 その霊力をためる『器』の大きさによって霊力の量が変わる。

 大きな『器』を持ち、多くの霊力を持つモノは、人間は『能力者』と呼ばれ、獣は『霊獣』と呼ばれる。



『能力者』である俺は、自然と相手の『器』がわかる。

 目の前の亀は、とんでもない大きさの『器』を持っている。

 おそらく『(ヌシ)』とか神使とか呼ばれる存在、もしかしたら『神』とあがめられている存在かもしれない。

 これだけの『器』の霊力が空っぽになるなど、尋常ではない。


 そこでふと疑問がわいた。


「なんでまた霊力が空っぽになったのですか?」


 病か怪我ならば薬草を持ってこよう。

 そう考え問うてみた。

 答えてくれないかと思ったが、亀はしばらくの無言のあと教えてくれた。



「――悪しき『()』になりかけていた『(まが)』がいた。

 さっさと滅するように言ったのに、お人好しに乗せられた我が姫が封印した。

 その補助で、ごっそり霊力をとられた」



 ――『姫』?

 ――『(まが)』?

 ――『封印』?



 ――『(まが)』?


 ……ん? ちょっと前に俺達が倒した妖魔……。 



 俺は俺の特殊能力を知ったとある貴族様に、時々退魔に駆り出されている。

 つい十日ほど前、王を狙う妖魔の群れが現れ、他の精鋭と共に退治した。

 その時に妖魔の首領を見た誰かが言っていた。


「『(まが)』だ」と。


 ん? 清めの儀式したから、あとは鳥葬(ちょうそう)で大丈夫とか言ってたから、別口か?



「半端な儀式で『清めた』などと言っていたらしく、恨みで大変なことになっていてな。

 封じるのにかなり複雑な術式になり、霊力をごっそり持っていかれた」



 表情筋を総動員して、何とか動揺を隠す。

 間違いない。俺達のせいだ。

 俺達の不始末の尻ぬぐいで、この亀は動けなくなっているようだ。



「弱ったところを『悪しきモノ』どもに狙われた。

 普段ならば歯牙にもかけない連中だが、霊力の少ないところに集団で来られては、どうにもできなかった。

 土属性のモノの術に呑まれ、このザマだ」


 ふう、と自嘲の息をもらす亀。


「かろうじて姫の身体を渡す前に滅したが………」


 そのまま、目も口も閉じてしまう。

 泣くのをこらえている様子に、察した。


「その、姫君のお身体は」


 亀は「ここに」と小さく腕を動かした。

 抱きかかえているのかもしれない。


 よほど大切な姫なのだろう。

 亡骸があると思われる場所を見つめる眼差しは、ひどく優しい。


「姫の身体を守るためにも、今は動けぬ。

 迷惑をかけるが、許せ」


 そう言われてもこちらも困る。

 さてどうしたものか…。



「――では、貴方様の霊力が戻るまで、その姫君はそのままですか?」


 俺の言葉に亀がピクリと顔をしかめた。

 

 ここが突破口のようだ。


「このような泥だらけの、じめじめしたところに姫君をずっと留まらせておくのは、お可哀想かと…」


 さも「可哀想に」という感じに視線を落として言うと、亀は「ムムムムム…っ」と悩んでいるようだった。


 もうひと押しか。


僭越(せんえつ)ながら、私が姫君をお清めします。

 この近くに川があります。

 そちらで姫様の御身をお清めし、清浄な場所でお休みいただいてはいかがでしょうか」


 俺の提案を、亀は怒るべきか頼るべきかすぐには判断できないようだ。


 しばらくの逡巡のあと、亀はようやく意を決した。


「よかろう。貴様の案、受け入れよう」


 やれやれ。

 これで仕事ができる。


 ほっとしているのを何とか隠し、亀に一礼する。


 亀が頭を少し持ち上げ、両腕をそっと開いた。


 そこには、泥の塊があった。

 亀の姫君なので亀かと思っていたが違うらしい。

 わずかに人間の口らしきものが見える。

 ほかは顔も、体も、どこにあるのかわからない。


 ――これ、は。


 考えていたよりもずっと酷い姿に、思わず顔がゆがむ。

 亀も鎮痛の面持ちでうつむいている。


「……お可哀想に……」

 かろうじてそれだけが出た。

 手を合わせ、祈る。


 亀は何も言わない。

 それでもその痛みが伝わってきて、俺も哀しくなった。



 守りたい人を守れなかった痛みは、俺も十分理解できる。

 俺もその痛みを知っている。



 五歳の頃、村が野盗に襲われた。

 母が咄嗟に隠してくれた俺を除き、村は全滅した。

 俺は母を、家族を、友を守れなかった。


 その痛みがじくりとうずく。

 

 それに気づかないフリをして、姫君と思われる塊に手をのばす。

 と、バチリと何かに弾かれた。


「――あぁ、すまん。姫の結界だ」


 姫君はその身を守るために、常に結界を身にまとっていると亀が話す。

 霊力の高い身体であれば、亡骸となり霊力の無い状態であってもその身は美味いという。

 この亀の姫も(しか)り。

 そのため妖魔に狙われる。

 喰われないように、生命を失っても結界は作動するようにしていると亀が説明する。


「ちょっと待て」

 亀が大きな手で俺の額をツンと押す。


「『承認』した。もう姫に触れられる」


 本当か? と思ったが、亀の言うとおり、今度は弾かれることなく塊に触れられた。

 かろうじて見えている口元をたよりに、ここが頭、ここが肩とたどっていく。

 亀の様子から勝手に幼い姫を想定していたが、普通の成人の大きさのようだ。


 何とか足も見つけ、抱きかかえ立ち上がる。

 俺も泥だらけのびしょ濡れになったが気にしない。

 どうせいつもすぐ泥だらけになっている。


「貴方様はいかがいたしましょう?」


 歩いてついてくるか、別の方法があるか。

 まさか「ここで待つ」とか言わないよな?

 

 すると亀は見る間に小さくなっていった。

 俺が驚きに固まっている間に、俺のてのひらの大きさにまで小さくなった。

 

「すまんが、運んでくれ」

「助かります」


 亀を拾い、姫君の胸元と思われる場所に乗せる。

 姫君を抱えなおし歩き出すと、部下や工人達がやってきた。

 どうやら亀が結界を解いたらしい。


 事情を説明し、指示を出していく。

 上司への説明と、俺の休暇も要請する。

「休暇というか、特殊任務扱いにしてくれないかな」とぼやくと「交渉してみます」と部下が笑う。

 ついでに退魔の仕事を押し付けてくる貴族様への報告も頼む。


 俺が他の人間と話している間、亀は一言も喋らなかった。




 昨日の雨で川も水量を増し、濁流が渦巻いている。

 川岸の、流れの比較的穏やかな場所を選び、服のまま入る。

 浅い場所なのでそのまま座り、姫君をそっと川につける。

 流れる水に、姫君の泥が溶けて流れていく。


 亀は姫君の胸元で一緒に流れを受けている。



 まずは亀に言ったとおり、姫君を清めなくては。

 左腕で膝に乗せた姫君を支え、右手で少しずつ泥を落としていく。

 泥はなかなか落ちない。

 あまりにも可哀想で、つい、経が口をつく。



 村の全滅の報を受け、埋葬のためにやってきた僧達に保護された俺は、しばらく寺で世話になった。

 そのときに経や霊力の使い方を教わった。


「――お前、霊力を集めるのが上手いな……」

 ボソリと亀が言う。


「そうですか?」

 経を唱えながら無意識に集めていたようだ。

 亀の霊力回復の役に立ったようでよかった。


 俺の唱える経に、少しずつあらわになる姫君の姿に、亀の目が濡れて見えた。


 絶えることなく経を唱えながら、手を動かす。



 川の流れが早いことも助けになり、姫君の泥は思ったよりは早く落ちた。

 身体の泥は落ちたが、服に染み付いた色は落ちそうにない。

 新しい衣を用意するので許してもらおう。


 姫の身体を清めるついでに亀の身体も手でぬぐう。

 こちらは簡単に綺麗になった。

 汚れが落ちてこの大きさだと、ますます黒曜石のようだ。



 姫君は特に外傷はないようだ。

 手も足も指もちゃんとある。

 そのことにほっとする。

 亀と同じで霊力を失いすぎて、生命力まで尽きたのだろう。

 

 髪が長い。おそらく膝よりも長い。

 つまりは高貴な生まれ育ちということ。

 たとえ高貴な姫でも泥に埋まって死ぬのかと思い、より哀れになった。


 泥がからまって、頭と髪の汚れを落とすのは結構時間がかかった。

 それでも何とか黒々と艷やかな髪を取り戻した。

 顔はさすがに手で拭うのはためらわれて、懐に入れていた布を水に浸し、少しずつぬぐっていった。



 泥の中から現れたのは、若い娘だった。

 年齢は十七、八だろうか。

 抱きかかえた様子から、もしやとは思っていたが、本当に成人女性が出てきて驚いた。

 亀の口ぶりでは、五、六歳の幼い姫のように聞こえたのだが。

 いや、幼い頃から世話をしていたら、そういうものか?


 閉じられた目を縁取るまつげが長い。

 唇はぽってりとふくらみ、生きていれば赤く色付き愛らしかったであろうと思われた。

 紙のように白い肌はどこまでも冷たい。


 こんなに若い娘が、可哀想に。


 そう思い、つい頬に手を当て、じっと見つめる。

 経を口ずさんだまま、祈りを深める。


 綺麗になりましたよ。

 どうぞ、安らかに――。



 そうしていたのは、わずか。

 触れた頬が、ピクリと動いた気がした。


「――姫?」


 胸元で目を閉じていた亀も首を持ち上げる。


「今、鼓動が――」


 亀が全て言い終わる前に。


「――――」


 姫君の口が、わずかに動いた!?

 生きてる!


 あわてて口に指を突っ込み、気道確保を図る。

 亀の怒気に身がすくんだが、すぐに姫が「ゲホッ」と泥水を吐き出した。


「姫!!」


 姫君が吐きやすいように体勢を変えてやる。

 二度、三度と水を吐き、姫君は再び動かなくなった。


 首元に手を当てる。

 弱々しいが、かすかな脈動がある。

 口元にも手を当てる。

 意識。なし。呼吸――あり!


「俺の家につれて行きます! いいですね!?」


 有無を言わさず姫を抱きかかえたまま走り出す。

 亀は姫の胸の上で「姫」「姫」と呼びかけ続けている。




 自己最速で家に戻り、雑然とした床のものを足でどける。

 空いた場所に姫君を横たえ、姫君の胸の上にいた亀を脇にどける。

 服を脱がす作業をしていたら「何をする!?」と亀が怒りのこもった覇気を向けてきた。

 普通の人間が覇気を当てられたら、最悪死ぬんだぞ?!


「温めるんです! 濡れた服を脱がして、乾かさないと!」


 俺の叫びに亀の怒気が引っ込む。

 次の瞬間には、俺も姫君もきれいさっぱり乾いていた。


「これでいいか?」

「ありがとうございます!」


 姫君の服を完全に脱がす。

 服は床に敷いておく。

 手早く自分の服も脱ぎ、背に羽織りかけて姫君の裸の身体を抱きしめる。


 うわぁ! やわらかい!

 しかも、なんだこの感覚は!

 まるで割れていたたものがひとつに戻ったかのような、ぴったりと重なるような感覚。

 抱きしめる姫君の身体に酔いそうだ。


 はっ! いかん!

 今は、人命救助!


 邪念を押し込めて抱きしめた身体をごしごしとこする。


 ぽかんと口を開けて固まっていた亀がまたも怒りの覇気を当ててきた。

 だからやめてくれ! 死ぬ!


「何をする!!」

「だから、温めるんです!!」


 亀に殺される前に説明をする。

「溺れた人間を温める、一般的な方法です!

 ジジイでもババアでもオッサンでも、俺はやります!」


 話しながら姫君の背を、腕をこする。

「頑張れ、頑張れ!」と声をかける俺に、亀も怒気を引っ込めた。

 もしかしたらそういう方法を知っていて納得したのかもしれない。


 突然、ぽわんと空気があたたまった。

 驚いて亀を見ると、亀は口を山型にひん曲げていた。


「結界を張った。

 結界の中だけ気温を上げた。

 少しはあたたまるか?」


「ありがとうございます!」


 さっきから術を行使しているが、亀は大丈夫なのだろうか?

 心配して声をかけたら「さっきお前が集めた霊力で少し回復した」「この程度の術なら問題ない」と返ってきた。

 その言葉に安堵し、再び姫君に集中する。


 氷のように冷たい姫君の身体を抱きしめ、背を、腕をこする。


「頑張れ、頑張れ」

「大丈夫だ、頑張れ」


 声が届くかはわからない。

 それでも俺は姫君の身体をこすりながら、必死に声をかけ続けた。

拙作『霊玉守護者顛末奇譚』の『禍』を封じたお姫様のお話です。

どんなものを封じたためにこうなったのか、気になる方は是非こちらもお読みくださいませ。

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