チャラいカップル
【始まりの街】に戻ってきた勇はターゲットを探す前に、集まった金で買い物をすることにした。
現在の持ち金は1150ガルド。
ガルドとはこのゲームにおける通貨単位である。
内1000ガルドはゲームスタート時から保有しているため、差額の150ガルドがモンスターを討伐して稼いだ額だ。
勇は自分と同じように、良いスタートダッシュを切ったプレイヤーからPKされないようにという理由から、防具屋に赴いた。
『らっしゃい。ここは防具の店だよ』
中に入ると、商人風の男が棒読みで声を掛けてくる。
彼はNPCだ。何を話しかけても同じことしか口にしない。
そんなNPCには目もくれず、勇は迷うことなく鉄でできた鎧に触れた。
『鉄の鎧だね。そいつは1100ガルドだ。買うかい?』
<【鉄の鎧】を購入しますか?>
勇は現れたパネルにて即座に『はい』と選択すると、チャリンという音が頭に響いた。
その後、メニューウインドウから【アイテム一覧】のページを開き、購入した鉄の鎧を装備。
瞬時に身体が鉄のプレートに包まれた。
鎧を着込み、右手には剣。
普段は冴えないおじさんだが、今はいっぱしの剣士だ。
あいにく、ベータ版でPvPは経験していないため、どの程度ダメージが軽減されるのかはわからないが、まあ即死は免れるだろう。
というか、大金を支払ったのだから免れてくれないと困る。
『どうもありがとう。また来てくれよな』
NPCの言葉を背に勇は店を出て、今度は道具屋へと足を運んだ。
そこでHPを回復する【ライフポーション】をいくつか購入。
(これで万が一いきなり襲われたとしても、今の状態なら何とかなるだろ)
「――よっこいしょっと」
勇は【始まりの街】の中央に移動し、噴水周りに設置されたベンチに腰を掛けた。
目を配らせて手頃な獲物を物色していると、早速丁度よさそうなターゲットを見つける。
視線の先に居たのは、20代前半くらいのおしとやかな女性。
さっきから同じところで留まっており、誰かが来るのを待っているように見える。
どうせ待っているのは彼氏かそこらで、それはさぞかしイチャイチャしながらプレイするのだろう。
そう勝手に思い込み、実にけしからんと感じた勇は彼女をターゲットに定めた。
現実世界では到底若い女性に声は掛けられないが、ここはゲームの中。
その上、今の装備なら警戒されることもないだろう。
ベンチから立ち上がった勇は大きく深呼吸をして、ゆっくりとその女性のほうへ歩き出した。
「――さん! なあ、おっさん!」
直後、後ろから男の声が聞こえてくる。
「ん?」
もしや自分に話し掛けているのか。そう感じた勇は何気なく振り返る。
(げっ!)
そこには勇が最も苦手としているタイプの男女が立っていた。
男のほうは金色の髪を長く伸ばした、繁華街でよく見かけるホストのような風貌。
一方、女のほうも同じく金髪。毛先が巻かれており、こちらはキャバ嬢のような外見だった。
「あのさ、その見た目からして、おっさん絶対ゲーム上手いっしょ? よかったら俺達に色々教えてくんね?」
「あたし達VRMMOって初めてでぇ。だから何もわかんなくって。おねがぁい!」
驚くことに、そのチャラいカップルは教えを乞うてきた。
(な、なんで俺が……)
しかし、当然勇は乗り気ではない。
こういったリア充達を狩るためにプレイしていると言うのに、なぜその相手にわざわざゲームのことを教えてやらねばならないのか。
そんな考えから刺激しないよう、できるだけ丁重に断ろうとした瞬間――
(いや、待てよ。これはチャンスじゃないか?)
勇は閃いた。
聞く限り、この二人はVRMMO初心者。それに丁度、防具も新調したところだ。
今ならこのカップルを一方的に狩れる。
勇は彼らの頼みを聞いた振りをし、【駆け出しの森】へ連れ出すことでキルしてやろうと考えた。
「し、仕方ないなあ。いいよ」
「マジ!? おっさん話わかるじゃん!」
「ちょー助かるんだけど! おっさんマジ優男!」
「あはは……。じゃあ色々教えるから、その、ついてきてもらえるかな?」
勇は顔を引き攣らせつつ、二人を連れて転移の魔法陣へと向かった。