お姉さんと夜空と言葉
僕には持病があった。なんでも医者の話では悪化しなければ命に別状はない病らしい。
入院生活というのは退屈なもので...悪化しなければ命に別状がなくても窮屈な生活を強いられている。
「またため息?好きだね君も」
そんな風に声をかけてくるのは向かいのベッドに寝ているお姉さんだった。
お姉さんと僕は同じ病気ということもあってよく話していた。
「だって、確かに病気は持ってるけど普段は何も変わらない、健康みたいなもんなんだよ」
「でもいつ悪化するかわからないからね 治るまでの辛抱だよ」
お姉さんはいつもそういうが、治る気配などないと僕は感じていた。
僕の秘密。
それは病気を治すための薬をこっそり引き出しの中に貯めていること。
今はほぼ健康だから必要ないし、どうせ治らない病気なら必要ない。
まだ数が少ないので実行に移していないが、充分な数がたまったらまとめて服用してこんな生活、こんな世界とはおさらばしてやろうと思っていた。
「どうした?急に黙って」
そんなことを考えていた僕に、不審に思ったお姉さんが声をかけてくる。
もちろん、この計画はお姉さんにも話してはいない。
「なんでもないよ」
そんな風にごまかしていると,,,
「そうだ、今から私に付き合ってくれないか?」
「いいけど...急にどうしたの」
「いや、見せたいものがあってな 君には必要なものだろう」
こんな強引に誘ってくるお姉さんは初めてだったが...どうせ暇なのだ、付き合ってみるか。
お姉さんに連れてこられたのは屋上だった。
年明けも近い冬の屋上はとても寒かったが,,,よく澄んだ空気の中見上げた夜空は
星 星 星
真っ暗な夜空、満天の星空は荒んでいた僕ですら素直になれるほど綺麗だった。
「一度、君と見ておきたくてな」
お姉さんがそんなことを言う。
なんだろう、この違和感は。
確かにきれいな夜空だがなんだかこれではまるで...
「単刀直入に言おう 馬鹿なことは考えるな」
お姉さんはすべてお見通しだった。
それから延々とお姉さんの説教が続く...ことはなく、お姉さんはそれ以上何も言わなかった。
無言
そんな二人の時間が永遠に感じられる中、先に口を開いたのはお姉さんだった。
「私はな、夜空が好きなんだ 今見ている星はもうとっくにないかもしれないんだが、それでも輝いて私達を照らしてくれる それって素晴らしいことじゃないか? だから...」
僕は星空を見上げる。
お姉さんはあの言葉を言い終わることなく、体調が急変した。
そして、二度と口を開くことがないまま逝ってしまった。
「今日の夜空も違うな」
そう、違うのだ。
あれから僕は貯めていた薬を捨て、病気の回復に努める傍ら毎日夜空を眺めていた。
しかしあの日、あの夜空に勝る綺麗な夜空を見ることは一度もなかった。
結局あの後お姉さんは何が言いたかったのか。
それを知るために見続けた夜空は何も答えてくれない。
病室から見る夜空。
僕は再び入院していた。病気は完全に治っておらず再発したのだ。
懐かしい病室。違うのは向かいのベッドに寝ているのがお姉さんではないこと...だけではなかった。
「お兄ちゃん、今日も空を見ているの?」
向かいのベッドの主、お姉さんがいたころの僕と同じくらいの少女からの問いかけだった。
「ああ、今日もハズレだな」
そうなんだ、と興味なさそうに返す彼女は当時の僕と同じだった。
彼女は死ぬことを考えている。
それを知った時の僕は止めようとも思わなかったが...
「なあ、今から少し付き合ってくれないか?」
なんだろう、なんだか僕はこうしなければいけない...ような気がした。
屋上へ出る僕と彼女。
「綺麗」
さっきまで見ていたはずの夜空はあの時と同じ、綺麗としか言葉が出なくなるような夜空だった。
そして思い出す。あの時自殺を止めらたっけな。
「だろ?」
「でもさっきハズレだって...」
「あの時と同じだ、だから僕も同じようにする」
「?」
「自殺なんてやめとけ 馬鹿馬鹿しいって昔おせっかいなお姉さんに言われてね」
「...」
彼女も自殺を企てていることがばれていたことに気づいたのだろう、僕はそれ以上何も言う気はなかった。
しばらくの、無言。
僕は言わなきゃいけないことに気づいた。
「この星空、見ているうちのいくつかはもう星がないんだってさ」
「それもおせっかいなお姉さんの言葉?」
「君のおかげでね、やっと気づいたんだ お姉さんはわかってたんだな」
「?」
「ありがとう...」
私に綺麗な夜空を見せてくれた次の日、お兄さんは亡くなりました。
あれから私は自殺などという馬鹿な考えは捨てました。
いつ死ぬかわからない身だとしても、私に希望をくれたお兄さんの分まで精一杯生きると決めたから。