3杯目「転生者」
今日も一日お疲れ様です。
夜空のように小さな光を無数に取り込んだ濃紺色が360度どこまでも広がっていた。神聖過ぎて生命など存在する余地もない、そんな不遜を無言で告げるかのような空間に1人、純白のドレスを着た純白の翼を生やした美しい女性が佇んでいた。
「この世で一番美しいと言っても過小評価とすら呼べない、そう超絶絶世スーパー美女だ」
……あの、ニュクス姉さん。いつも言ってますけど仕事への割り込みはご遠慮ください。
「うるさいわね。誰にも認知されてないナレーションの神ごときが世界ナンバーワン普及率を誇るニュクス教の主神に逆らうわけ?」
あーもう! やりにくいっていっっつも言ってますよね!? 私が認知度0! 信徒0! 谷間0! というか体がそもそも0! そのうえ神なのに神通力は【ナレーション】だけ! そこまで言いますか!? え? あーもう! 頭ん来たわ! やってられっかー! グビグビ。
「え!? そこまで言ってないじゃん! 落ち着いてって!」
あ゛あ゛? ヒック。
「そりゃ、あんたは色々無いかもしんないけど優しさはあるじゃん。こ、こんな私となんだかんだ仲良くやってくれてるし…最近ちょっと調子に乗りすぎたわよ、ご…ごめんね?」
……
……
「あ! ほ、ほら私のような何事にも動揺しない淑女さを目指しなさいっていつも言ってるでしょ? そう! そうよ! これはその試験よ! し・け・ん」
はあ、全くこれだから……。
仕事に戻りますね。そう言うと――「超絶絶世スーパー美女」
……。そう仰るとアホの女神は、夜空に浮かぶ星々が集わせ形作った椅子へドサリと座わった。
「あんたねー」
アホは何も無い虚空を睨み付けた。
「これから神格を読者に見せて魅せて、教徒増やして、バッカスの酒呑むために異世界のつまみを貢がせようと思ったのに余計なことしてくれんじゃないわよ」
相手のいないアホの言葉は虚しく夜空へと吸い込まれた。
「相手のいないって……チッ。明日からあんたの神殿だけ白夜にしてやるわ。謝るまでずっとよ! 覚えときなさいよね!」
……なんて陰湿な。そんなことよりニュクス姉さんも仕事してください。
「はいはい。でも転生者の魂って自動で来るようにしてるけど本当に稀なのよね……。ていうか、さっき来たクロノス姉さんにはびっくりしたわね。酒浴びせて来ようとするから思わず締め出しちゃったわよ。ナッちゃん何か知らない?」
あー、クロノス姉さんはかなり酔って各地でダル絡みしてますね。
「あー、そういうことね。恥ずかしさのあまり邪神にならないことを願っとくわ。お、ちょうど良い感じに純粋で強い魂ね! しかも噂の地球人! さらには日本人! SSレアキター!」
目の前に光が集い、うつ伏せで横に伸びて寝そべるガチャガチャ扱いされた青年へと形を変えていく。
「ん……あれ?」
青年は恐る恐ると目を開け起き上がると、辺りの夜空をキョロキョロとし始めた。
(ここは、プラネタリウム? いや、でも記憶に無いんだけどな…)
「いらっしゃい、黒神まこと。私は夜の神ニュクス」
アホは両手を広げると周りにいくつもの彩り様々な光の球を浮かばせ、二人の周りに泳がせた。
「な、これは!?」
浮いていた光の球が泳ぎだしたことで更に驚いた青年は、光の球を目で追い掛け……そして目が合ったアホに釘付けとなった。
「美しい……」
チッ。青年はアホの美しさに目だけでなく言葉までも奪われてしまったのか言葉が続かない。
対してアホは勝ち誇ったドヤ顔を披露した。
「ふふ、認識されたのですね、黒神まこと様。この度は、まことに御愁傷様でした」
「え? まことに御愁傷って……」
突き飛ばした妹が血を流し床に転がる姿。
血だらけで叫びながら床を這いずる男性。
血で出来た池に沈んだショーウィンドーに写る自分。
「わぁぁぁあ! 鈴音ぇぇえ!! 鈴音! 鈴音は!?」
アホは、音も無く忍び寄ると叫び崩れて膝をつく青年を優しく包容した。
それに驚いた青年は一度目を丸くしたかと思うと泣きじゃくりだした。
「どうして!? どうして妹なんだよ!! 普通に学校生活送って、部活して、友達と遊んで、夢を見て! なのに! なのにぃ!!!」
アホは、包容を強めて青年を無駄にデカイ胸に沈めて黙らせた。
「大丈夫ですよ。黒神鈴音様はまっこと無事です。黒神まこと様は妹を無事に殺人鬼から守り抜きました」
その言葉に青年は顔を上げようとしたがアホな痴女は頭を押さえるとまた胸に戻した。
「むぐ。本当か?」
「はい」
「あの糞野郎は!?」
「もう死にました」
「…終わったか」
「はい。長い戦いも、あなたの人生も」
力無く胸に顔を沈めながら青年は脱力して喜びと二度と会えない寂しさを噛み締めた。
シリアスな場面なのに、絵面がまぬけ過ぎる……。
「ぶはっ! 唐突な質問になりますがこのシチュエーションは異世界転生ですか?」
谷間から顔を上げた青年は、強い目でアホの顔を見上げた。
「ええ、何故か帰ってくる魂のエネルギーが著しく弱った状態になる異常事態が起きている異世界があります。そこへ行き調査及び解決を目的にあなたを送りたく考えています」
「……記憶は残してもらえますよね?」
「ええ、もちろん」
「分かりました、やらせてください。目的に向けて私は何をすれば良いのですか?」
「それはご自分で考えてください」
「え?」
「正直、現場に行けない私が出せる指示などありませんので好きにやってください。それと、シスコン野郎に決定祝いを一つ」
─ ─ ─ ─
そう聞こえたかと思うと、いつのまにか青年は真っ白な空間に少女と二人で佇んでいた。
俺は、嬉しさも悲しさも混ざった笑顔で大粒の涙を流した。
「……鈴音」
鈴音は俺を見ると、とても嬉しそうな笑顔で目を輝かせた。
(そうだよな……。夢でも会えるのは嬉しいよな)
目を輝かせた鈴音は、そのまま大きく跳び跳ねた。
「よっしゃー! 今夜もお兄ちゃん召喚成功! 夢でも無いと好きなこと出来ない世の中なんて、明晰夢無いとやってられないよねー! はー!!! 今日は何着せよっかな!」
「……鈴音?」
「あー! よだれ出ちゃう! 今日はなんだか時間も長い気するし最っ高ー! あ、やっぱりいつものアレから───」
「鈴音!」
ヨダレを滴し下卑た顔で飛び掛かろうとした私は、お兄ちゃんの大きな声に驚き、じっと観察するように見てみた。
「あれ? お兄ちゃん今日は本物みたいだね?」
「いや、本物だから! 神様が会わせてくれたんだよ!」
(会わせて……くれた?)
私は、お兄ちゃんの次に良いと自負する頭をフル回転させることで瞬時に現状を把握に勤めた。
(確かに今までのお兄ちゃんには無い本物具合。しかし、なぜ自称神はお兄ちゃんを夢の中に? 何か対価があって当然と考えるのが通り。会うという括りで考えるなら面会という考え方もあるのか。としたら、自称神はお兄ちゃんをどこかへ連れ去る? その連れ去る前の鼓舞として私を出汁に? そうしたら誘拐犯自称神は、善か悪か? 情報が足りないわね。とりあえず時間稼ぎは必須。そういえば視線を感じ───)
うわ、規格外って間近で見ると惹くわ……。って、ちょっとナッちゃん! ナレーションに私の声入っちゃってるわよ!
グビグビ…。え? あ、姉さんごめん。ちょっとなんか力の制御が───。
(そこか、誘拐犯の自称神共)
え、何でナレーションをあんたが理解してんのよ!? て、ナッちゃんナレーション!
あー、ごめんなさいぃ! 私程度の分際でミスしちゃってごめんん! ヒック
( 神程度が私の楽園を弄くり回せると思うな失せな! 夢幻牢獄)
「え? 鈴音何か言った?」
「んーん、それでお兄ちゃんどういうことなのかな?」
「ああ、言いにくいんだが俺はお前の代わりに死んだんだ」
言葉が理解出来ず、鈴音は笑顔のまま固まった。
(お兄ちゃんが死んだ? こいつはお兄ちゃんの顔して何言ってやがるんだ? いつもあんなに元気なのに死ぬわけないじゃん? どうして嘘を? コイツらが拉致してる? つまり敵? お兄ちゃんそっくりだけど敵? 敵? お兄ちゃん拉致する敵は? ……殺す!)
「………………。嘘つくんじゃねえ偽物GAAAA!」
笑顔で固まってたかと思うと、鈴音は禍々しい靄を吹き出し巨大なドラゴンへと姿を変えると、天へ吠えた。
─ ─ ─ ─ ─
「うぎゃあ、目があ! 目がぁあ!」
ぐうう、夢の中とはいえ概念である私を弾き出すとかどういうことですか!?
目元を押さえながら床を転げ回る残念な美女は、乱れた髪をまとわりつかせながら立ち上がっら。
「頭来たわ。夜の概念たる私を拒絶するとか良い度胸してんじゃないのよ」
ねえ、ニュクス姉さん。あんな恐ろしい妹に捕まったのなんて諦めない?
「何言ってんの!? すぐ諦めるから何万年もそのままなのよ。上位神の意地っての見せてあげるわよ。フンッギギギGIGIGI!」
乱れた髪もドレスも気にすることなく、充血して赤い目を更に赤くさせ、顔は真っ赤になりながら異空間へと手を突っ込もうと試み始めた。
そして私は、必死過ぎる姉を笑わないよう努めた。
「ナレーション駄々漏れー!!!」
─ ─ ─ ─
「そっか、私はお兄ちゃんに助けられたんだね……」
穏やかな表情で佇む少女とボロ雑巾のように成り果てた青年は、視線を合わせた。
「ああ……そして、俺は本物……だ」
真っ白な世界に、ピシッと黒く細い亀裂が走りだした。
(ちっ、流石は自称神、やるわね)
広がり始めた亀裂から黒い手が何本も伸びて、お兄ちゃんに絡もうとしだした。それを見た私は、進路上の床から白い武器を生やし撃退した。
それでも黒い手は諦めることなく何百と襲い掛かってくるので処理をしながら、お兄ちゃんに最後のメッセージを伝えた。
「私、お兄ちゃんの分までこっちで生きるから、死んだ時はそっちでよろしくね?」
「ああ! 異世界で一番の存在になって待ってるからな! お互い頑張ろうな」
「うん!」
「KYOUダイSOロッテ! イイカゲンニシヤガレェエ!」
と、禍々しい慟哭と共にお兄ちゃんは、足元から生えた巨大な口に飲み込まれた。
夢に一人取り残された私は、胸の熱さを改めて抱いた。
「あのお兄ちゃんが成し遂げれるはずだった未来の分まで……私、頑張るね」
そうして私は、長い夢から覚めて、病院のベッドで目を開けた。
─ ─ ─ ─
「ハア……ハあ……、と、どんなもンヨ。これが神よ」
邪神になり掛け、目を血走らせ、髪もドレスも盛大に乱れたニュクス姉さんは、見事、黒神まことを妹が発動した夢幻牢獄から連れ出した。
まだ、妹と話してからの熱が冷めないのか、まことはニュクスの様子も気にせず充血した目を真っ直ぐに見た。
「ニュクス様、私の妹が死んだ際に同じ異世界に召喚していただけると約束していただけないでしょうか?」
FOFOと荒い息を整えていたニュクスは急いで乱れを直した。
「え、ええ。必ず約束しましょう」
ニュクスは、夜の裂け目から字がずらりと書かれた1枚の羊皮紙を取り出すとナイフで指先を刺し、指で血判を押した。
「ここに血判を」
そう言って差し出されたナイフを使い、羊皮紙を読み込んだ青年も血判を押した。
「それではお願いしますね。我が神徒、黒神まこと。信じる心があなたの助けとなります」
「はい! て、え!? 特別な力とか――」
黒神まことは光の柱に包まれ消滅した。
「行きましたね……」
しばらく黒神勇者のいた夜空を眺めると背伸びをした。
「あー! 疲れたっー! これだから規格外は構ってられないっての! 酒呑んで昼寝しよ!」
夜の狭間に手を差し込むと神々しい朱色をした盃を引き抜き、グビグビと煽っら。
「閃いら! あの星の一部をいつも夜にしちゃったりしたら面白そうじゃない!?」
あ、お酒と言えばバッカスさんの美味しいれすよね~。
そろそろ物語は、異世界転移となります。
書くのが楽しみです。