5 婚約者候補
翌朝、朝食後侍女たちの手によってフィオナは麗しい令嬢に仕上げられた。
髪はハーフアップにされ、アレキサンドロスから貰った誕生日プレゼントの紫の蝶をあしらったバレッタがキラキラ輝いていた。ドレスは淡いピンクのプリンセスドレスで、鎖骨からウエストにかけて色とりどりの花が刺繍され、ウエスト部分で絞られたリボンは後ろで可愛らしく蝶々結びになっている。
「まぁ、素敵です。」
「本物の女神様みたいです。」
「あぁー神々しい。」
「尊い。」
と侍女たちが口々に絶賛した。
「あ、ありがとう。」
フィオナは引きつった笑顔を向けた。
(んーこの褒めちぎりはいつになっても慣れないー。むず痒いーー。)
ベールを被り、エントランスに着くとアレキサンドロスとキースが揉めていた。
「キース、もう決まってしまったものは変えられん。」
「しかし、ちょっと微笑んだだけでダリルが骨抜きなんですよ。社交界に出たら大変なことになります。ダンスなんて踊ったらそれこそ昇天してしまうんじゃないですか?なんたってあの顔ですからね。それにいくらコンラッド殿下の婚約者候補といってもあくまで候補なんですから求婚してくる輩も絶対います。強行手段で拐われることも考えられます。」
「ダリルは免疫がないだけだ。使用人たちもそのうち慣れる。護衛については陛下にも話してある。正式に婚約者になったら暫くは王宮でくらすことになっている。」
「旦那様、フィオナ様の支度が整いました。」
フィオナが声をかける前にメアリーが二人の会話に割り込んだ。
二人ははっと振り返った。
キースは気まずそうにフィオナから視線を逸らした。
「お父様、カーティスが馬車でまっておりますのでそろそろ出かけましょう。」
「あぁ、そうだな。」
(確かに綺麗な顔立ちだなぁと自分でも思うけど、人を顔面凶器みたいに言わないで欲しい。キース苦手。やっぱり別邸でのんびりしてたかった。)
泣きそうになるのを堪え、アレキサンドロスの腕を引いて馬車へ向かった。
フィオナは馬車の中でキースへの不満を爆発させ、王城から帰ってからも別邸で暮らすことを約束させた。
王城に着くとアレキサンドロスにエスコートをされ、着いた謁見の間には国王のジェフリー、王妃のメリッサ、第一王子のコンラッドの三人しかいなかった。
「今回は非公式の場である。盗聴防止の魔法もかけてあるので父の友人として接してくれ。」
「国王陛下、ありがとうございます。
お初にお目にかかります。フィオナ・マキナムと申します。」
すっとベールを取り、カーテシーをした。
顔をあげると右端にプラチナブランドに青い瞳の少年が立っていた。ぱっちりした目に鼻が高く整った顔立ちで、絵本から飛び出してきたような王子様だった。
フィオナは見惚れてしまった。
その後どんな会話をしたのか記憶が定かではないが、気がついたらコンラッドと庭園でお茶を飲んでいた。
「フィオナ殿?大丈夫かい?」
「はい。初めて国王陛下、王妃様、コンラッド殿下とお会いできて舞い上がってしまいまして。申し訳ありません。」
ペコリと頭を下げた。
「あの、殿下、私のことはフィオナとお呼びください。殿は不要です。」
「分かったよ。では私のことはコンラッドと呼んでくれ。」
「はい。コンラッド様。」
「様も不要だよ。」
にこっと微笑んだ。
「いえ、初対面でしかも殿下にそんなことはできません。」
「では今は我慢しよう。
あ、フィオナ、左手を出して。」
すっと左手を出すとコンラッドはポケットから小さな箱を出し、中から小さな輝く何かをだし、フィオナの左手をとった。
気づくと左手の小指に青い石が付いた指輪が輝いていた。
「それは魔道具なんだ。目の色を変える。」
フィオナは王宮の侍女が持ってきた鏡をとって覗き込んだ。そこにはブラウンの瞳の女の子がいた。
「その目の色も綺麗だね。」
「ありがとうございます。」
フィオナは嬉しくて破顔した。
それを見たコンラッドは赤面し固まってしまい、侍女たちはニコニコと二人の様子を見ていた。
フィオナはニコニコと自分の手に馴染んだ指輪を見つめていると、正気を取り戻したコンラッドがそばにいた侍女たちを下がらせた。
「フィ、フィオナ、君は婚約者についてどう思っている?」
「あっ、光栄に思っております。」
「正直に言って欲しい。」
いきなりフィオナの両手を取り、コンラッドは自分の正面にフィオナを引き寄せた。
「えっ、あのーとてもびっくりしました。」
(ちっ近いー。いつの間にか侍女たちがいないー。)
「嫌ではないか?他に思っている者がいたりしないのか?」
「いっ嫌ではありません。外出したのが本日が初めてですし、お慕いしている方もいません。」
「では、正式な婚約者になってくれるね?」
ノーとは言わせない威圧を含んだ問いかけに思わずフィオナは頷いてしまった。
「では、今日からフィオナが正式な婚約者だ。」
コンラッドはニコリと微笑み、フィオナの左手に口付けた。