2 10年前
「フィオナ、第一王子のコンラッド殿下の婚約者候補になったそうだ。」
アレキサンドロスはどかりと椅子に座りながら呟いた。
「え?!どなたがですか?」
きょとんとしながらフィオナが目をパチクリさせて聞いた。
そばにいたメアリーはあまりの驚きに口をあんぐりと開けたまま紅茶を注いでいた。
「フィオナに決まっているだろう。なんでこんなことになったんだか。」
アレキサンドロスははぁーっとため息をついた。
「えっとー。何故国王陛下はわたくしのことをご存知なのでしょうか?」
もう何から突っ込んで良いのか分からず、最初に浮かんだ疑問を口にした。
ー今から10年前ー
「エイミー、大丈夫かい?」
額に玉のように汗をかき、苦しんでいる妻を気づかいながらアレキサンドロスは妻の手を強く握っていた。
「アレキ、この子はとても魔力が強いみたい。」
陣痛のわずかな合間にエイミーが告げた。
周りの者たちはその言葉を聞き息を呑んだ。
魔力が強い子供を産むことはとても大変であり、魔力が少ない者が産む場合、必ず命を落とすことになる。
エイミーはとても魔力が少なく、簡単な生活魔法でさえ使えない。
「あぁ。エイミー。」
アレキサンドロスは泣きながら妻の手を両手で握り、神にエイミーと子の無事を祈った。
その10分後、女の子と男の子の双子を出産し、エイミーは力尽きてしまった。
最初に生まれた女の子を見たアレキサンドロスは明らかに色の違う瞳に驚き、次に生まれた男の子の普通の容姿に安堵した。
「この子の目は女神様と同じだ。このことが公になれば教会も黙っていないだろう。命の危険だって考えられる。」
「旦那様、その子をどうなさるのですか?」
侍女見習いのメアリーが問いかけた。
「別邸に隔離する。今日生まれたのは、このダリルだけにする。このことを口外することは許さない。」
その頃、王城ではジェフリー・マーフィス国王がそわそわと寝室を行き来していた。
急に青ざめたかと思えば、ニヤニヤ笑ってみたりと。
それを半眼してじとりと王妃のメリッサは第一王子のコンラッドを抱っこしながら見つめていた。
「ジェフ、また盗み聞きですか?」
「なっ。いや、今日アレキが子供が生まれるかもしれないと言っていたのでちょっとな。」
ジェフリーは罰が悪そうにパリパリと頭をかいてメリッサの隣に腰掛けた。
王族には特殊な能力があり、ジェフリーはどんなに遠くでも、結界魔法がかかっていても音を聞き取れるスキルが備わっている。
「あら、そうなんですか?エイミーの子供ならきっと素敵な子でしょうね。
でも盗み聞きする必要があるのかしらね?」
ジェフリーをひと睨みし、腕の中で眠っている幼いコンラッドをベッドにおろした。
「ま、まぁ、心配だったのだから仕方ないではないか。エイミーは魔力が少なすぎる。それなのに双子を孕んでいたんだぞ?アレキも心配しておった。」
「それはそうですけど。エイミーは無事ですか?」
「残念ながら…」
その先の言葉は発することが出来なかった。
メリッサは涙で濡れた顔を隠すように両手で顔を覆った。
咽び泣く妻をジェフリーはそっと抱きしめた。
この時ジェフリーはあることを決意した。
『エイミーの命をかけて産んだ娘は創世の女神の生まれ変わりだ。あの子を必ずコンラッドの妃にする。』
と。