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第6話 この異世界はいろいろポンコツのような気がしてきた

 異世界ファンタジー。エルフ。勇者。魔王。そして魔術師。

 

 羅列した単語だけでもわかるように、つまりこの世界には魔法がある。


 だが俺が必要としているのは炎を飛ばすような攻撃魔法でもなければ、仲間を癒やす回復魔法でもない。証拠を取り保存するために必要な言わば便利魔法の類いだ。


 地球人の俺をこの世界に呼び出す魔法があるくらいだ。遠隔地で会話する魔法や、姿を映し出す魔法があるのではないかと考えた。そして蛇の道は蛇に聞くをモットーにしている俺は、魔法のスペシャリストを訪ねたというわけだ。


「確かに遠くの景色を写す魔法はあるよぉ~。でもね~、王国法に違反するから、使ったら騎士団に捕まっちゃうよぉ~」


 カウンターで肩肘をついて間延びした喋り方をしてくるのが、この薬草瓶が所狭しと並べられた薬屋の店主である女魔術師だ。目尻の下がった大きな目が興味深げに俺を覗く。


 まだ二十代前半といったところか。なかなかの美人だ。柔らかな質感の黒いローブを中から押し上げる豊かな膨らみ。肩にはみ出るグレーのインナーの紐がなかなかエロい。


「騎士団に?」


「そぉ~、あいつら容赦ないからね~。あたしの友達もこの前道ばたで酔い潰れてたらしょっぴかれたよ~」


 なるほど。王立騎士団が警察のような役割を担っているわけか。


「しかしその魔法を使っただけで捕まるってのは穏やかじゃないな」


「あのね~、ちょっと前に問題になったの~。あたしと同じ人間の魔術師のおじさんが~、その魔法を使って獣人族の女の子の着替えを覗こうとしてさ~。その子に見つかって八つ裂きにされかけたところを騎士団が駆けつけたんだけど~、怒って暴れる女の子一人相手に負傷者を何人も出しちゃってさ~。それからプライドを傷つけられた騎士団がその魔法を使うことを禁止したんだよね~」


「逆恨みじゃねえか!」


 思わず叫ばずにはいられなかった。しっかりしろよ騎士団。


「おじさんも~、若い子を覗きたくなる気持ちはわかるけど~、騎士団に捕まりたくなかったらやめといたほうがいいよぉ~」


 にやにやと言ってくる魔術師。口ではそう言ってるが、本気で止めようとしていないのが丸わかりだ。


 しかしそう言われても、なんとか使い道を考えなければならない。日本でも結構グレーなことはやってきたからな。個人情報保護が取り沙汰されるようになって、探偵はその面でも頭を凝らして裏を取る術を考え出さなくてはならなくなったという背景もあったりする。例えばGPSなどの機械を依頼人本人に仕掛けさせたりとかな。


その魔法を実際使うかはともかくとして、性能面は把握しておきたいところだ。いつ役に立つかわからないのだから。


「その魔法は、例えば映した映像を後から見直すことができたりするんだろうか?」


「後からぁ~? できないよ~そんなこと~」


「じゃあ、その鏡に映ってる景色を写すだけ?」


「そうだよ~。逆にそれ以上の性能って必要ある~?」


 異世界では後から映像を検証して白黒つけるという文化がないらしい。レコーディングもできないとなると、監視カメラとしてもいまいち使い勝手が悪いな。


 それもまた仕方ないか。監視カメラとて日本で一般化したのは俺が生まれた数年後の80年代以降だ。異世界では事後検証の重要性がまだ知れ渡っていないのだろう。


 その魔法を使ってセーナに証拠を見せるとしたら、勇者の自宅に鏡を用意し、それをリアルタイムで観察するという手順を踏まないといけなくなるが、果たして勇者ともあろう人物が鏡に気づかないまま浮気を決行するだろうか。


「さっきの話だが、その魔法の鏡はどれくらいの大きさなんだ? その獣人族の女の子が気づくくらいだから、結構大きいのだろうか」


 聞くと魔術師は「これくらいかな~」と自分の顔より二回りほど大きな円を両手で描く。


「結構でかいな。そんだけあればその女の子もそりゃあすぐ気づいただろう」


 むしろよくそんなもので覗きをしようと思ったものだと呆れたが、魔術師はふるふると首を振った。


「鏡自体は物陰に上手く隠してあったらしいよ~。でも相手が獣人族だったからね~」


「どういうことだ?」


「獣人族の子は、魔力嗅覚っていうのかな~。魔力感知能力がすっごく高いんだよね~。それで鏡がある場所がすぐにわかったっていうよ~」


「なるほど。魔力感知なんて概念もあるのか……」


 機械なら視認されない限りバレることはないが、魔力感知なんていう俺の理解を超えた超感覚がこの世界の人に備わっているなら、安易に魔法に頼ることもできなくなってくる。


 さすがの俺も唸った。この異世界の特殊な力に頼れない中で、使い慣れた道具もなく自分の世界で培った技術と方法論が通用しないとなると、どう対処していいかわからず行き詰まる。


 最悪、詳述だけの報告をセーナに提出することになるかもしれない。この世界ではまさしく稀人である俺の、しかもこの世界の文字は書けず口だけの報告が、どれほどの信用を得られるかは未知数だ。というより、現代感覚で言えば信用度などないに等しい。だからこそ俺は多角的な証拠を取っておきたいのだが。


 ここまで考えているのは、仮に本当に勇者が不貞行為していた場合、俺の調査がセーナの大きな味方になってほしいからだ。


 せっかく浮気を突き止めたのに、証拠能力が弱くて逆にそこをつつかれて言いくるめられてしまう、なんてことが起きて欲しくない。


「おじさん、なんだか悪人顔~。なに企んでるのぉ~?」


 悩んでいると俺の顔は結構歪む。顔に力が入ると眉毛は左右非対称になり顎が左にずれて歌舞伎の化粧のように口が波立つのだ。


 そんな俺の顔を見ておどけたように言ってくる魔術師だが、その顔には好奇心がうずうずちらちらしている。


「別に、何も悪いことなんて考えてないさ」


「ほんとかな~。なんにしろ騎士団には気をつけてね~。最近取り締まりもきつくなってきたって話も聞くから~」


「ふむ……」 


 民を取り締まる騎士団か。ふと気になって俺は聞いてみた。


「例えばの話なんだが、結婚や婚約している者同士のうちの一人が浮気をしたとしたら、王都ではどんな処罰があるんだ?」


「うわき~ぃ?」


 魔術師は眉をひそめて口角を落とす。


「最悪だよぉ~。見つかったら王国裁判にかけられちゃうからね~。負けたら酷いよ~。相手に財産ほとんど没収されちゃうし~ぃ」


 どうやら浮気は結構処罰が重いらしい。まあ元の世界の感覚で言えば国によっては死刑になることもあるのだから、さほど驚きはない。しかも同じように裁判があるようだ。だがニュアンスとしては刑事の方が近そうだ。


 だがそうなると、公になった勇者のスキャンダルは相当な騒ぎになる可能性があるな。


 しかし逆に、そこまでリスクの高いことを勇者ともあろう人物がやるだろうかという視点も見えてくる。勇者は本当に浮気をしているのだろうか。


 また考え込んでいると、魔術師がなぜか頬を赤らめて目を細めてきた。


「おじさん浮気に興味があるんだ~ぁ……」


 ローブに包まれた豊満な肢体をくねらせて、ごそごそ脇の棚を探っている。やがて液体の入った小さなガラス瓶を両手に挟むようにしてちらちらと俺に見せてくる。


「ならさ~、これいる~?」


「うん?」


「精力剤。どお? おじさんも買ってくぅ~?」


「………………」


 ………………


「冗談だよぉ~。しまっちゃうね~」


「いや、まて、その、なんだ。せっかくだし、いや、うん、やめておこう」


 あぶねえ。思考力を全部持っていかれるところだった。


 いやだって異世界の精力剤だぞ? しかも魔術師が調合したやつ。気になるだろ。


 魔術師が脇にしまうその茶色い小瓶を名残惜しく見送りながら俺は本題に戻った。


「俺が探しているのは人の姿を映し出して保存したり、声を切り取って後で聞いたりする魔法なんだが、他にそういう魔法に心辺りはないか?」


 写真。動画。ボイスレコーダー。GPS。なんでもいい。そういう類いの機器に近い効果を発揮できる魔法があれば、物的証拠を取ることができる。


 縋る思いで聞いてみたことだったが、しかし魔術師の答えは渋い。


「なにそれ~。そんな変な魔法があったらあたしも使ってるよ~」


「魔術師ならそういう魔法を作り出したりはできないか?」


「簡単に言ってくれるけど~、新しい魔法を作り出すなんて王宮魔術師のエリート連中か、自室に引きこもってご飯もお母さんに運んでもらいながら夜な夜な人形に話しかけてニタニタ笑って研究に没頭してる変態魔術師にしかできないって~」


「後半やたらと具体的じゃないか? きみそいつのことよく知ってるだろ」


 そしてそれで新しい魔法が生まれるなら別にいいような気がしないでもない。


「なんならそいつでもいいんだが、紹介してもらえたりしないか?」


「え~、やだ~……」


「なんでだ?」


「あいつ気持ち悪いんだもん。あんま話したくな~い」


「直球だな!」


「だって~、新しい魔法っていっても、水に粘性を出してにゅるにゅるさせるとかそんな変な魔法ばっかりだよ~。役に立たないって~」


「確かに、気持ち悪いな……」


 せっかくの魔法でローションを作るなと地球人の俺は説教したい。


「しかし魔法関係は希望薄か……。悪いな。変な質問ばかりしてしまって」


 肩を落とした俺を見かねたか、魔術師は「う~ん」と色っぽく人差し指の先を唇に当てて悩んでいたが、やがて一つの提案をしてくれた。


「おじさんが何を企んでるのかはわかんないけど~。それなら~、エルフの魔法使いにも相談してみるといいよ~。あの子たち、たまにあたしたちでも理解できないような魔法編み出したりするから~」


「エルフの?」


 魔術師の提案に、すぐさまセーナが思い当たった。そうだ。セーナは感情が揺れただけで禁術が発動してしまうほど魔法適性が高いじゃないか。 


 丁度いい。時間もそろそろ頃合いだ。俺はあの部屋に戻ることにした。話を切り上げて、近くにあった飴玉のような塊をいくつか掴んで多めに硬貨を差し出した。金はセーナから前金で貰っていた調査用資金だ。


「わかった。きみの助言通りにしよう。これは謝礼代わりだ。次はちゃんと客として来させてもらうよ」


「あたしクラリスっていうんだ~。おじさん面白そうだから、またきてね~」


 甘い声でひらひらと手を振る魔術師クラリスに別れを告げ、次はあの薬を買おうと心のに決めて店を後にした。





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