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予備隊入営!

 卒業式も終わり、いよいよ入営の日がやってきた。家族や町内の人たちに万歳三唱で送り出され、着替えの入ったカバン一つ持って予備隊の訓練を行う駐屯地へ向かう。

 あとから知ったが、受霊の儀を行った吉備津の駐屯地の一角が訓練所になっているらしい。

 委員長と示し合わせて一緒に行くなんて器用な真似はできないし、丙種の連中は甲種とはまた別の配属地なので、吉備津へは一人で歩いていくハメになった。


「桜の季節だなぁ」


 川の土手沿いに桜が満開になっている。古来、日本では桜の咲くころが若者の門出の時期らしい。


「しっかし、すぐ散る桜の時期の門出って、俺の将来暗示してるみたいでいやだな」


 別に桜に罪や恨みがあるわけではない。

 儀式のあと俺の世界はがらりと変わった。

 まず、ちやほやされた。例年、甲種合格者が1割程度はいるとはいえ、貴重であることに変わりはないのだ。両親や兄弟は大喜び、普段は付き合いの薄い親戚までもがすり寄ってくるようになった。自分の子のほうが成績がいいと、俺をバカにしていた叔父までもだ。あまりものリアル手のひら返しに感心してしまった。ちなみにその従兄は丙種で兵役についている。

 次にクラスの女子が俺の様子をうかがうようになった。以前に比べてと話しかけてくることも増えた。これが甲種のステータスというやつなのだろう。ただ、あからさまに媚びるのもプライドが許さないのか、露骨すぎるというほどでもない。

 もっとも俺のほうでも急に態度を変えられて戸惑ってしまい。よそよそしい扱いをしている自覚はある。元々それほど人付き合いの上手な人種ではない。目だって注目を集めたいわけでもない。どちらかというと仲のいい友達が数人いれば満足なのだ。

 それよりも大人のほうが厚顔無恥なのだとよくわかる。なぜなら、いきなり俺に見合い話を持ってくる近所のおばちゃんまで現れたのだ。さすがにそれは丁寧にお断りさせていただいた。いくら甲種合格--ギリギリだけど、したからと言って、この先どうなるかもわからない子供にそこまで入れ込んでどうするのだろうか。自分が合格に有頂天になる前に、周りの浮かれっぷりにドン引きして冷めてしまったというのが、実情だ。


「や、キミも甲種合格組かい?」


 驚いて振り返ると、同年代の少年が手を上げていた。


「あ、ああ。内藤ミズホだ」


 俺のいでたち--大きなカバンを方から担いだお上りさん。を見て推測したのだろう。この時期に訓練所のある駐屯地の近くで荷物を抱えた十代半ば。そう思うのも当然か。


「俺は岸本カズハル。よろしくね。一応騎士候補生」


 女の子にもモテそうな爽やか系の雰囲気を醸し出している。


「俺は精霊使い見習い。ギリギリだけどな」


 儀式後しばらく悩んで神林にも愚痴ったのだが、ギリギリ合格は隠さずに言うことにした。

 黙っていると周りが勝手におだて挙げて、俺の知らない内藤ミズホ像が広まりそうだった。

 そもそも甲種合格なんて考えたこともなかったのだ。うっかりすると登れない木に登らされて降りられなくなる可能性が高い。神林に言わせると「どうせ俺らは雑魚なんだから、虚勢を張るな」だそうだ。


「へぇ、そうなんだ」


「そ、検査官が5分以上悩むほどのギリギリレベルだ」


「それって、胸を張って言うこと?」


「事実だしな。出来もしないことを口にして、死にたくはないよ」


 家を出る前に仏壇に手を合わせて祈ったのだ。生きて実家の玄関が潜れますようにと。


「そりゃそうだ」


「岸本は強そうだな」


 笑いながら歩く岸本からはなんとなく委員長と同種のオーラを感じる。


「どうなんだろ?でもどうせなら強くはなりたいな。僕だって死にたくはないから」


「そうだな」


 甲種合格者の死亡率は実は高い。

 大異変以降、科学を失った人類の生息圏は大幅に縮小した、らしい。暴走した精霊力により魔獣化した野生動物や、さらにそこから派生した強力な魔獣が跋扈するようになった。

 俺たちが明日から所属する岡山県軍だって、県南の岡山、倉敷、総社エリアをどうにか守っているだけだ。県北エリアは人口に対して範囲が広すぎるのと、強力な魔獣が出没して安全確保の効率が悪すぎるので、放棄地になっている。

 軍の役割は出没する魔獣から県民を守ること。さらに騎士団はその力で魔獣駆逐の最前線で活躍することを要求される。県民のために犠牲になることもいとわない戦いぶりから軍の中でも戦死者も多い。だからこそ騎士団は花形であり、県民の支持も受け、厚遇もされている。ということを俺は儀式のあとに親父から初めて教わった。

 「力あるものの栄えある義務なのだ」と。そして複雑そうな表情で「がんばってこい。死ぬな」と続けた。両親にしてみればまさか息子が甲種合格するなんて夢にも思っていなかっただろう。

 合格して、これで俺は勝ち組だなんて気持ちはその話を聞いて一瞬で吹きとんだ。


「まずは予備隊の訓練。厳しいらしいな」


「ああ。訓練で死ぬやつ出るってな」


 貴重な能力を持つ甲種合格者を簡単に脱落させてくれるわけもなく、泣き言を言っても生きている限り訓練が続くらしい。


「マジかよ」


「俺のほうがギリギリなんだからやばいよ。とにかく一年間生き残らないとな」


 俺は憂鬱になりながら、予備隊の訓練が行われる吉備津駐屯地の門を潜った。




「ようこそ予備隊へ。訓練生諸君。ここに集まった四十四名はわが県を支える未来の精鋭でもある。現在わが県の置かれた状況は苦しいものではないが、かといって決して明るいものではない。騎士、精霊使いの先達の活躍により生活圏は昔と比べれば飛躍的に広くなってきている。しかし、大異変以前と比べるべくもなく、未だに隣県との安全な交易はおろか、県北域とのやりとりも安全が確保されているとはいいがたく、軍の掌握地の外縁部では魔獣化した野生動物が跋扈、県民生活に影を落としているのが現状である。平穏な日々を守るため、また魔獣を駆逐、生活圏を広げることによって県民生活を豊かにすることも我々軍に課せられた使命である」


 屋外訓練場の正面に設置された檀上で、訓練所の所長が俺たち訓練生に向けて延々と訓示を述べている。

 昨日は寮に案内--なんと全員個室だった、の後は簡単なレクチャーを受けただけで終わった。

 先輩が教えてくれた、予備隊訓練所の寮にベッドはなく、ハンモックで寝るとか、ベッドがあってもシーツが一ミリでもシワになっているとぶん殴られる。一般兵役のほうが緩くて天国だという話はいったい何だったんだ?

 ようするに担がれていたんだろう。甲種合格なんて毛頭考えてもいなかったので、予備隊は大変なんだなぁと思う程度で、予備知識はまったくなかった。

 檀上にいる所長はガタイがよく、よく言えば威厳がある。悪く言うとなんか偉そうな感じ。いかにも絵にかいたような軍人だ。

 同期になる周囲の訓練生たちからは初めて見るお偉いさんの演説に緊張している様子が伝わってくる。

 晴れの訓練所入隊式で俺ももっと感動するかと思っていたが、案外そうでもなかった。中学校の校長の話とそれほどレベルが変わらない気がするのが原因だろう。うちの校長は軍の騎士上がりで曲がったことが大っ嫌いで、筋が通らないことを言う保護者相手には一歩も譲らない人だった。すぐに手が出る武闘派な側面もあったが、裏表がなく竹を割ったような性格で生徒からはかなり慕われていたと思う。俺が甲種合格の報告に行った時もわがことのように喜んでくれた。そんな人と比べてしまうと、ちょっと期待過剰だったのかもしれない。

 らちもないことを考えているうちに檀上では俺たちの指導を担当する教官の紹介に移っていた。檀上には四人の教官が並んでいて、ちょっと小太り気味の男性がどうやら主任教官らしい。

 見た感じ四人とも俺たちとそれほど変わらないか、せいぜい二十代半ばだろう。


「主任教官を務める秋山だ。一年でお前たちを立派な一人前に育てることを約束しよう。そのかわり手加減なしでビシバシいくからな。昨日までの甘ったれた学生気分は忘れろ!俺は現場実戦重視だ。覚悟しておけ!」


 続いて、同じようにやや熱血気味の男性教官の自己紹介が二人続き、やや陰のある女性教官が最後だった。


「浅野ハルカです。騎士の技術指導をします。よろしく」




 訓練がキツいと聞いていたが、あれは世間向けの脅しだったのか。

 訓練内容そのものは楽勝というわけではないが、命の危険性を感じるほどの厳しさはなかった。

 どちらかというと、ツマラナイ。


「内藤候補生!もっと火力を上げろ!宮本はきちんと狙え!ぶっ殺すぞ!」


 手こそ出さないが、教官の口ははっきり言って悪い。

 カカシに向かって、繰り返し得意な魔法、俺の場合は風の精霊魔法『カマイタチ』を丁寧に放つ。真空の断裂を飛ばし、対象を切り裂く魔法だ。風の精霊魔法の中でも初心者向けの定番らしい。


「その程度で甲種合格とかおかしいだろ。貴重な血税が使われてるんだ。県民の皆様に土下座しろ!」


 火力を上げろって言われても、そう簡単に上がれば苦労しないよ!と、心の中で後ろに立つ太った教官に悪態をつく。

 入営して2か月、主任の秋山教官は口では偉そうなことを言うけど、実はものすごく無能なんじゃないかと最近思い始めている。でっぷり太った30歳前の精霊使い。

 ほかの訓練生も口にはしないが考えていることは同じらしく、すでに主任教官を空気扱いしている奴もいる。

 理論だった具体的な指導があるわけでもなく、ひたすら根性論のみ。現場実戦主義が聞いてあきれる。

 一年間の訓練内容がどういうカリキュラムがどうなっているのか知らないが、毎日毎日カカシに向かってダラダラと精霊魔法を撃ち続けることに意味があるんだろうか?こんな指導で実戦に出て魔獣にやられたら、恨みつらみで魔獣化して祟ってやりたくなりそうだ。

 一応半日は精霊使いとしての座学の時間もあるのだが、秋山教官は「テキストにはこう書いてあるが、実戦では気合いだ。実戦では俺は・・・」みたいな自慢話になり、同じく精霊使いの木下教官は入営式の熱血ぶりはどこへ行ったのかテキスト棒読みだった。

 騎士の方の座学はと言えば、聞いた話によると河野教官は語る言葉は相変わらず暑苦しいのだが、情熱が上滑り。浅野教官も変わらずのローテンションぶりで淡々と座学が進んでいるらしい。

 本当にこんなんでいいんだろうか。と不安になるが、一介の精霊使い見習い過ぎない--さらに成績最底辺の俺が意見できるわけもなく、不満だけが蓄積しつつあった。


「それにしても、内藤君はコントロールいいよね。うらやましいよ」


 秋山教官が後ろからいなくなったのを確認して隣で練習していた宮本さんが話しかけてくる。宮本さんは成績順の関係で隣り合わせになることが多い。

 小柄でかわいらしい見た目なのに、宮本さんは同期の精霊使い見習いの中で魔法の発現する威力はダントツだ。

 威力はあるが、命中率が低く、なかなか当たらない宮本さんと、当たるけど微火力で真逆の俺。今やっている訓練はどれだけ効率よくカカシを破壊できるかで点数が決まるので、たいてい二人で最下位を争っている。女の子に甘い秋山教官と言えど、さすがに破壊したカカシの数の操作まではしないようだが、教官のコメントがつくと俺が確実にビリだ。

 カカシの同じ場所に5発入れたところで、カカシは真っ二つになって崩れた。訓練所に入って以来、これをもう何度繰り返したことか。


「でも、いくらやってもカカシをへし折るのに5発かかるからなぁ」


「いいじゃない。ボクなんてちゃんと当たれば一発でつぶせるけど、そんなの5回に1度なんだからね」


 確かに精度が甘くて、外れた火の玉がカカシのすぐ後ろの土塁を焦がしている。5発の俺と5分の1の確率の宮本さん。効率だけで見るとまったくのイーブンだ。


「俺はこれしか取り柄がないの!」


 新しく交換されたカカシに向かってまた同じ作業を繰り返す。壊れたカカシは待機している軍の工兵隊の兵が交換してくれるので、俺たちはひたすら練習すればいいようになっている。


「ちょっと、あてるコツ教えてよ」


「俺が威力あげるコツを教えて欲しいよ」


 工兵たちが5発あてないと倒せない俺の方を見て笑っているように感じるのは俺のひがみだろうか。


「それに宮本さんが当たるようになったら、俺は最下位争いを誰とすればいいんだよ」


 破壊力は抜群なので、当たるようになったら一気にランキングが上がるのは間違いない。


「あはは、それもそうか」


 笑いながら宮本さんが放った火の玉は的を大きく外れて土塁に焦げ跡を増やしていた。なんで思い通りに飛ばないかなぁとかぶつぶつ言ってる。

 ほんと威力だけみたらトップなんだけどなぁ。


「じゃあ、教えてくれたらラーメン奢ってあげる!」


 なんだと!?


「本気かよ」


「もちろん!当たるようになれば安いもんだよ。秋山教官の指導だと1年たっても当たるようになるとも思えないしね」


 後半はさすがに小声だったが、さらっと毒を吐いたな。


「当然、おかやま一番亭だろうな」


 ダメ元でいつか行ってみたいと思っていた有名ラーメン店の名前を言ってみる。と言うか、他のラーメン屋を知らない。


「おう!女に二言はない」


 胸をそらしてるけど、こうしてみると宮本さんは・・・スリムだな。顔はかわいいのに。


「なんか、ロクでもないこと考えてない?」


 なかなか勘がいいな。


「いやいや噂に名高い、おかやま一番亭のラーメンが食えるとなるとがんばる甲斐もあるなと」


 仕事で岡山に行く用事があった近所のおじさんが旨いと自慢していたラーメン屋、おかやま一番亭。

 岡山市内だと俺の実家から子供の足では日帰りできる距離ではないので、岡山市街地に行ったこともない。

 詳しい場所も知らないし、ラーメン自体が高級品なので、ごく普通の農家育ちの俺にとっては話に聞くだけの高嶺の花だった。


「宮本さんって実は、富豪のお嬢様とか?」


「んーまぁ、ちょびっとだけ?それより早く教えてよ」


 あまりプライベートを突っ込んで聞くのも悪いか。


「わかったよ。じゃあまずは火の玉の威力を半分にして、ゆっくり撃ってみて」


 傍から見ていてどうして当たらないのかずっと気になっていたのだ。

 宮本さんが構えの姿勢から、今までの倍以上の時間をかけながら今までよりも小さな火の玉を放った。それはカカシをかすめるようにしてまた土塁にぶつかってはじける。


「もっと小さく、もっとゆっくり落ち着いて、もっと精霊の気配を意識して」


 今度の小さな火の玉はまっすぐ飛ぶと吸い込まれるようにカカシに命中した。


「そのペースで10回繰り返して」


 宮本さんの火の玉は10発連続で命中し、1体につき3発のペースでカカシを焼き崩れさせた。これは他の訓練生と同じくらいの成績だ。


「・・・・全部当たったよ」


 宮本さんはあまりのことにびっくりして茫然としてた。

 やっぱりな。なんのことはない急ぎすぎ、大きすぎで、魔法のコントロールが甘かったのだ。素人同然の俺でもわかるたったこれだけの指導もできない秋山教官ってほんと役立たずなんじゃね?


「あとは丁寧に当てるコツを掴んだら火力また上げていけば・・」


「言われた通りにしたら当たったよ!ありがとうぉぉぉ!!!」


 宮本さんは駆け寄ってきたと思ったら、目を潤ませながら俺の両手を掴んでブンブンさせて喜んでいた。近い!近いって!

 女の子に感謝されるのはうれしいが、これで俺の最下位は確定だ。




「ときに、宮本さん」


「なんですか、内藤君」


「昨日教えたはずなのに、どうしてまた盛大に焼き焦げ作ってるんですか」


 精霊魔法の練習時間。俺の隣のブースでは相変わらず宮本さんの火の玉がカカシをはずして土塁を焼いていた。盛ってある土の一部はガラス化しているようにも見える。人間に当たったら一発でウェルダンになってしまうだろう。


「いやぁ、そんなこともありましたっけ?」


 まさかラーメンをおごるのが惜しくなったとか?


「もしや?」


「あ、ラーメンは約束通りおごるよ。明日の非番に食べに行かない?」


「お、おう」


「その時に落ち着いて話すよ」


 一体、どういうつもりなんだ?


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