内藤ミズホの憂鬱
「と、このように百五十年前の大異変により前史科学文明を支えていた『電気』は消滅し幕を閉じた。そして同時に精霊たちによって世界は形作られ、新たに精霊歴とよばれる現代になったわけだ。その後・・・」
前振りが長すぎるんだよと思いながらも半ば退屈。半ば好奇心をくすぐられる内容の教師の説明が続いている。
たった、百五十年ほど前まで『電気』なんてものがあって、それが世の中のすべてを動かしていたなんて、なんの冗談かと思う。
けど、家の納屋には『トラクター』とか『コンバイン』とかいう油で動いたらしい大きな機械がある。油で動くなら今でも動きそうなもんだが、『電気』もないと動かないらしい。昔は田植えや稲刈りも油と電気で動く機械を使ってやっていたそうだ。
他にも電気仕掛けのモノが納屋にはたくさん押し込まれていたが、何に使うのかまったく理解できないものも少なくない。
昔はもっとたくさんあって、また使えるようになるかもしれないからって取っていたようだが、さすがに五十年を過ぎたころには諦めて燃やしたり、溶かして鉄にして再利用したそうだ。
綺麗に印刷された古い本や、写真を見るとまるで、今にも動き出しそうに見えてしまう。実際に薄い板に人や風景が映し出されて動いていたという。願わくば、そんな時代に生まれたかった。
らちもないことを思いながら窓の外を見れば、早咲きの桜が開き始めたり、桃の花が色づいてきて、春の気配が漂い始めている。
「お前ら、背景の説明なんて役に立たんと思っているのかもしれが、一般常識のないやつは軍に入ってもろくなことにならんぞ!」
教師の一喝に教室全体に漂うややたるんだ雰囲気がやや引き締まるが、卒業と翌日の守護精霊受霊の儀を前にして浮ついている俺たち生徒に効果はたいしてない。
明日の儀式を経てあと1月ほどでこの中学校も卒業。
そのあとに待っているのは2年間の兵役義務。
明日の儀式で適性試験をクリアしたら兵役の前に予備隊とよばれる1年の訓練期間が追加される。そこには貧富の差も、男女差別もない。県民全員一律の義務だ。
特に明日の守護精霊受霊の儀は生涯一度の大イベント。これで人生が半分決まってしまうのだ。これで授業に身が入るわけもない。
「・・・まったく」
先生もすでにあきらめているのか、大きくため息をつくと生徒の反応を気にするのを止めたらしい。
「ともかくだ。明日の受霊の儀はお前たちの人生において大きな分岐点になるんだ。少しでもいい精霊に守護してもらえるよう先生も祈っているし、これからポイントを説明する。ちゃんとよく聞けよ」
説明がようやく具体的になり教室の雰囲気が変わった。
俺だって自分の努力で多少なりともいい精霊に守護してもらいたい。そしてこんな時代だからこそ願わくば波乱のない人生を送りたいと思う。
そして、翌日。珍しく、朝から我が家の食卓には赤飯が並んでいた。
年々、食料事情はよくなっては来ているが、まだ小豆などは気軽に手に入るものではない。成人の儀とも言われる受霊の戯を前に両親の心遣いがちょっとうれしい。
『がんばってきなさいよ』というお母さんの声で送り出され、いつも通り学校に行くと、集合時間の30分前だと言うのに校庭ではすでに半数程度の生徒がグループを作って集まっていた。
いつもなら遅刻寸前の登校が常のやつまで来ている。
「よう。神林。早いな」
「ああ、さすがに緊張するよ」
幼馴染の神林。こいつは俺と同じ中間ゾーンの成績だ。
「どうせ緊張したって俺たちのレベルじゃしれてるよ」
「それもそうか。でも希望はあるからな」
「そりゃそうだ」
守護精霊。
科学文明を支えていた『電気』というものが変質し、150年前世界は大混乱に陥ったらしい。さらにはそれをきっかけに『精霊』が出現した。世にいう『大異変』。
俺にとってはひい爺さんも生まれる前の話。家の物置には『電気製品』がいくつかあるが使い方など皆目見当もつかないものばかりだ。
大異変をきっかけに人類は電気を失ったが、精霊の力を借りることで生活を営むようになった。
今では大人たちは当たり前のように精霊魔法を使っているが、大異変以前にはそんなものは影も形もなかったそうだ。ちょっと信じられない話だ。
大異変が引き起こした食糧危機や、パニックで世の中の人口は4分の1以下になったらしい。らしいというのは、誰も今の人口なんて知らないからだ。
大異変と同時に精霊の悪影響をうけた一部の動物が魔獣化したせいで、以前に比べたら人間の活動エリアもずいぶん狭くなった。
様々な紆余曲折を経て中学校卒業を前に魔法が使えるようになるための守護精霊を受霊することが決まったのがここ数十年のことらしい。
「ようやくこれで一人前だな」
そういう神林の表情は明るい。
そりゃそうだ。精霊の力を借りないと、火の一つ付けられず、トイレも流すことができないから、毎回井戸からバケツで水を汲みに行かなきゃいけないのだから。
世間から半人前扱いされるゆえんだ。
もっとも受霊する守護精霊によって能力に大きな差が付き、それで人生が大きく変わる。そこが問題なのだが。
「見ろよ、委員長。自信満々だぜ」
神林の視線の先にいる委員長こと三澤さんはストレートのセミロングヘアの端正な顔立ちの美少女だ。背筋もピンと伸ばし隙も無く立っている。
学業も護身術もダントツの成績で、俺的には真面目過ぎて面白みに欠けると言うのが第一印象だった。ちなみにその印象は中学3年間を経て未だに変わっていない。もっとも俺が三澤さんのことをどう思おうが、俺ごときは歯牙にもかけてもらえないというのが現実だ。クラスの男子の中には告ったやつもいるらしいが、誰も相手にされなかったらしい。
「委員長のところは血筋もいいからな。文部両道でハズレを引くなんてかけらも思ってないよ」
そう、理不尽なことに受霊は血筋によってある程度差がついてしまう。
学者さんによれば精霊との相性が遺伝によって引き継がれるんだそうだ。ある一定レベル以上の守護精霊がついてくれれば、騎士や精霊使いが名乗れて兵役やその後の生活も安泰なのだ。
ちなみに神林も我が家も平凡な家系なので、強力な守護精霊はあまり期待できない。
「努力でどうにも埋められない差か・・・」
周りを見渡すと、委員長のように堂々としているのは少数派で、どちらかというとオドオドして落ち着かない連中のほうが多い。俺や神林のようにどちらかというと諦めてサバサバしているのも何人かいた。
「点呼とるぞー」
引率の先生が参加者の名前を呼んで確認して、教師を先頭に受霊の儀を行う精霊だまりへ歩いていく。
今日向かう精霊だまりはこの近隣でも割と有名な場所らしく、わざわざ泊りがけで歩いて受霊の儀をしにくる学校もあるらしい。
強力な精霊だまりは地域の発展の礎でもあり、軍の駐屯地がすぐ脇にあり、普段は警備隊が配置され厳重に守られている。
「お、見えてきたな」
2時間ほど歩いたところで小高い山の中腹に神社が見えてくる。前史時代から存在する神社だが、境内にあった大樹を中心に精霊だまりになっているそうだ。
築何百年になるのか知らないが、立派な山門や本殿が見える。このあたりでは由緒正しき神社で泊りがけで参拝に訪れる人も多い。
優れた精霊だまりだということが分かってからは軍の管理下に置かれ、周辺には駐屯地が設置された。少し離れた場所には参拝者向けの宿やお店などが立ち並び、思っていた以上に賑わっている。
「精霊だまりっていうくらいだから、もっと厳かで静かな場所かと思ったよ」
神林は周りをキョロキョロ見ている。田舎者丸出しだよと思うけど、来たことのないものがほとんどなのだろう、俺を含めてクラスメイトの反応はそれほど変わらない。基本的に家の近所には最低限の商店しかないので、特に土産物屋とか喫茶店、甘味処など珍しい店だらけだ。
「ほら、さっさと行くぞ」
ぜんざい食いてぇ。
どうせお金の持ち合わせもないし、駄々をこねても仕方ないので先生に促されて正面の入り口のところにある鳥居まで進む。
「ここで手を洗って、二礼二拍手一礼だ」
今まで近所の神社に行ってもそんなことしたことなかったな。
神様、精霊様、どうか甲種合格しますように。
ん、だけど、受霊するのは精霊だよな。精霊って神様と関係あるんだろうか。とか、埒もないことを考えてしまう。
石段を上がると、山門をくぐると、本殿のすぐ近くにある巨木の周りには警備担当らしい兵が数人立っていて他には誰もいない。あれが精霊だまりの大樹なのだろう。
今でも参拝客は受け入れているはずだが、受霊の儀があるときだけは貸し切りになるようだ。
「時間がないから始めるぞ」
先生の細かい説明が始まり、あとは事前に聞いていた通り成績順に儀式が始まった。
幹の直径が、大人が三人くらい手をつないでようやく届くかどうかというほどの巨木の前で、先生に言われた通り委員長が膝まづいて祈りをささげている。
「霊木に宿り、この地を加護する偉大なる精霊たちよ・・・我を守護したまえ・・・」
「なぁ、これって先にやったほうがいい精霊がつくとかあるのかな?」
神林が俺にささやく。儀式は成績順だったのでトップバッターは委員長だ。早いほうがいいなんてことあるんだろうか?
「知るかよ。そんなこと考えるくらいなら、真面目に祈ったほうがいいんじゃないか?」
目の前では委員長の祈りにこたえるように巨木の枝がざわめき、不思議な色ーー虹色とでも表現すべきか?の風が委員長を包み、次の瞬間には消えた。
「「「・・・・」」」
その光景に俺たちは心を奪われ、無駄口の一つもでなかった。
「そら、順番にどんどんいけ」
普段はすぐ大声を出す先生がさすがに小声で、ぼーっと見とれていた俺たちをせかした。
身近に精霊魔法を使う人たちはいるが、精霊たちがあれほどまでに幻想的なものだとは思わなかった。初めて見て驚かないほうが無理というものだ。
ゴクリ。
順番が回ってきて、霊木の前で緊張しているのが我ながら丸わかりだ。
みんなと同じように祈りをささげる。
「れ、霊木にやどり・・・こ、この地を加護する偉大なる精霊たちよ・・・・我を守護したまえ・・・」
お決まりのセリフ。だけど頭の中が真っ白だ。
〇凸 ◎X♂■△凹Δ・・・
何か聞こえてくるが、意味が分からない。でも、なんだか楽しそうなイメージだけは伝わってくる。意志の奔流のようなものが頭の中をぐるぐる回り、体中を駆け回る。
「・・・おい、内藤。なんかあったのか?」
「え、あ?」
気づくと祈りの姿勢を取ったままの俺の肩を、神林がゆすっていた。
「ん、いや、なんだろ。よくわかんね」
なんだったのだろうか?
みんなあんな感じなのかな。言葉にしづらい不思議な体験。
まだ後が使えているので、慌てて終わって連中の列に並んだ。
..徴兵検査
そして儀式の直後に待っているのが憂鬱な徴兵検査。
どんな守護精霊が付いたかによって、ここで人生が大きく分かれてしまう。
守護精霊の力によって一定レベル以上の肉体面の強化が見られると、甲種合格となり騎士候補生として予備隊1年、兵役2年が課せられる。
強力な精霊魔法が使える素質が覚醒していればこれも甲種合格。精霊使い見習いとして、兵役は騎士候補生と同じ扱いだ。
甲種合格となれば、その後も軍に残っても士官としてそれなりの待遇が与えられるし、除隊してもこのご時世だ。民間でも食うに困ることはない。
甲種のレベルに満たないと丙種扱いで兵卒として兵役2年。軍に残るも除隊するもあとは本人の才覚次第。
郊外だとまだまだ魔獣の出没も多く、それに対応する軍の戦死率はそこそこ高い。特に甲種合格者の騎士と精霊使いで構成される正規の騎士団は最前線の実戦部隊だから、さらに危険も多い。それでも甲種合格者は騎士、精霊使い合わせて1割から2割なので、人気の職業だ。誰もがなれるわけでもなく県民を守る選ばれし英雄という扱いなのだからそれも当然だ。
検査場への先頭を歩く委員長はなんかさっきと違うオーラに満ち溢れているように見える。ああいうのがデキるものの貫禄なんだろう。俺や神林を含む他のクラスメイトはモブ感が漂っているようでみじめでさえある。
本人の意志や努力とは無関係に、合格するかどうかは血筋と精霊様次第なのだからなるようになれとは思うが、さっきの儀式とは違う意味で緊張する。
それはクラス全体に言えることで待合室に入ってもみんな黙り込んで、妙な空気が漂っている。
待合室のドアが開き、精霊使いらしきローブ姿の女性が入ってくる。
「では検査を始めます。名前を呼ばれたものは一人ずつ検査場に入ってきてください。三澤シエラ」
「はいっ」
「1番検査場へ」
検査官に促され委員長が検査場へ向かう。
同級生の癖につくづく絵になる綺麗な歩き方だ
検査場は5つあるらしく、続けて4人の名前が呼ばれていった。
どんな検査をするのかは知らないが、儀式の直後に検査があるのは、能力に覚醒して制御できずに暴走する人間が過去にいたからだそうだ。甲種合格すると明日から2日間特別メニューで力のコントロールについて指導があるらしい。
この年まで受霊の儀がされないのも、自我の押さえられない子供が力を持ちすぎて悲惨な事件が頻発した末のことだと聞いている。駄々っ子が火の玉やカマイタチを連発したり、常人の数倍の力で暴れたら一般人では抑えきれない。
一般人にはない力を持つものは軍に集めてまとめて教育しようということなのだろう。
「甲種合格!」
「おお・・・」
委員長が向かった検査場のほうから結果を伝える声が聞こえてきて、静かだった待合室がざわめきはじめた。
「妥当だよな」
「うん」
意外性のかけらもない。神林と俺はうなずき合う。うちの学校の3年生が40人なので、順当にいけば騎士、精霊使い合わせて4~8人程度の合格者が出るはずだ。
しかし、順番に検査場に呼ばれて行き、待合室に残る人間が半分ほどに減っても合格の声は他に聞こえてこない。
「次、内藤ミズホ!」
「はいっ」
いよいよ俺の順番が来た。神林に小さく声をかけて、案内された検査場のドアをくぐる。
そこは幅10メートル、奥行きは長く100m近くある細長い空間だった。
検査官役らしき騎士と精霊使いが二人ずつ。やはり甲種合格して選ばれた人間ともなると圧倒されるような存在感をかんじる。
「内藤ミズホです!よろしくお願いいたします!」
そんなお偉いさんの前で一体何をさせられるんだろうと思っていたら、最初は拍子抜けするほど簡単なことだった。
筋力測定や50メートルダッシュ、ロープワークなどなど。おそらく騎士としての肉体的な能力の変化の測定だろう。
内容は想定外だったが、測定結果は想定内。以前となんら変わることなく、平凡な記録の連発。
検査官からはなんだかこいつもダメかみたいな、雰囲気が伝わってくる。俺たちは不作の年なんだろうか。
「では、今度は精霊使いとしての能力を見ます。そこの線のところに立って、検査場の奥に置いてある一番右のカカシを見てください。」
「はい」
50メートルダッシュのゴールより向こうにあるから、こことの距離は80メートルくらいのところにカカシが4体並んでいる。
「地水火風、一番最初に思い浮かぶのはなんですか?」
「・・・風でしょうか」
そういえば、どれが好きとか考えたことなかった。受霊でそういった好みも変わってくるのかな。どの属性の精霊が宿るとかそういう説明も先生からはなかった気がする。
「ここから先はイメージが大事です。カカシに向かい、目を閉じて、心を落ち着け、風がそよぐのを感じてください」
風、流れる風・・・・。
「そよ風があなたの周りに集まります。あなたの中でそよ風は次第に強く渦巻きます」
風の流れを自分の中に感じ、小さく集めて凝縮させていくイメージ。
「精霊の力を感じ、助けを借りながら極限まで高めて、風を切り裂く風。カマイタチとしてカカシを狙います」
守護精霊よ・・・。肉体とは違う次元。心の中に風の力が満ちてくる。次第に心の領域から溢れかえりそうなちからをギュっと押し固め、カカシに向かって解き放つ!
「いけっ!!」
カカシに向けて、突き出した腕から見えない力の塊のようなものが飛んでいき、カカシの抱える的に直撃した。
「やった!」
俺すげー!!思わずガッツポーズをとってしまう。もしかして俺って精霊使いの才能に目覚めた!?
よっしゃー!!
「「・・・・」」
と、思っていたら検査官の皆さんの反応はかなり微妙だった。
あれ?
「もう一度、今度は右から2番目を狙って」
同じように精神を集中させ、カマイタチは狙い通りにカカシに吸い込まれるように命中した。
「次は火の精霊をイメージしながら火の玉で右から3番目のカカシを狙ってください」
その後数十回、俺は指示されるままに地水火風の精霊魔法をカカシに命中させた。
最初から百発百中って我ながら上出来だ。
しかし4人はすでに5分近くもひそひそと小声で打ち合わせていて合否を教えてくれない。
「えーっと、一応甲種合格・・・?」
「精度は高いが威力が低すぎるんだ。入営後は人一倍鍛錬に励むように!」
「せめてカカシを一撃で破壊する程度でないとな」
「破壊に5発もいるようじゃ、実戦で死ぬよ?」
なんか散々な言われようだ。
『一応』でも甲種合格だから、喜んでもいいんだよね?
甲種合格の証明書を受け取り、今後のスケジュールなどの説明を受けて検査終了者待合室に入ると、すでにみんな検査が終わっていて俺待ち状態になっていた。
「なんとびっくり、甲種だった!」
「すげーな!」
思わず神林とハイタッチしてしまう。
「俺はやっぱり丙種だったよ。今回甲種だったのはお前と委員長だけみたいだしな」
どうりでみんなの表情が暗いわけだ。
それにしても40人からいて、甲種合格者が委員長が騎士候補生で、俺が精霊使い見習いの二人だけとはずいぶん少ない。俺もボーダーすれすれだったみたいだしな。