コテージにて
隕石騒動のあったその翌日、浅井詩織はいつものように六時五十九分に起床した。携帯電話のアラームに設定した時刻の、きっかり一分前である。彼女はためらいもなくベッドの外に出ると、アラームを解除し、洗面所がある一階へと降りて行った。
洗面所のタオルは既に新しいものへと取り換えられていた。歯ブラシも昨日までのものとは違う新品だ。確かに、詩織が昨日まで使っていた歯ブラシは既にブラシが広がってしまっていて、彼女自身そろそろ換え時であると思っていた。しかし、彼女はそのことを誰にも伝えてはいなかった。相変わらず優秀なのね。自分でも説明できない妙な苛立ちを感じながらも、詩織はその歯ブラシに手を伸ばす。いつも通りにさほど時間もかけず、彼女は朝の支度を終えるのであった。
リビングに入ると、テーブルの上には既に朝食の準備がされていた。焼きたてのトースト、湯気を出しているスクランブルエッグ、新鮮そうな生野菜のサラダ。どれも全て、詩織がこのリビングに入ってくる時間を見計らって用意されていたに違いない。
「おはようございます。詩織さん」
キッチンから出てきた家政婦に、そう声を掛けられた。小学校に入学したばかりの少女に対するものとはとても思えない、事務的な挨拶であった。
おはようとだけ返すと、詩織は席につき、フォークでスクランブルエッグをつつき始めた。家政婦は彼女の側にそっと近づくと、手に持っていたミルクパンの中のホットココアをマグカップに注ぎ、それを詩織の側の、食事の邪魔にならないところへと置いた。それ以降、詩織が食事を終えるまで、家政婦は彼女の側に控え、身動き一つしなかった。
詩織はこの家政婦の名前を覚えていなかった。夏休みの最初に初めて顔を合わせたときに一度、彼女から自己紹介をされていた。しかし、到底覚える気にもならなかった。どうせ夏休みが終われば二度と会うことのない、即席の家政婦に過ぎないのだ。そして夏休みが終わったら、二度とこんな山奥のコテージなんかに来たりすることもないのだから。