ロボットフィギュアとの出逢い
流れ星が落ちてから一時間も経たないうちに、キャンプ場では帰り支度が始まっていた。引率の教師たちは眠そうな小学生たちに指示を出し、テントを畳ませている。そんな彼らを少し離れたところから、制服姿の警察官が、まるで見張るように眺めていた。
お巡りさんって、こんなに夜遅くに、それもこんなに早く、こんな山奥のキャンプ場まで来るものなんだ。テントのフレームを折り曲げながら、勇人は思った。流れ星が落ちてきてすぐだったよな。誰かが通報したのかな? でもそんな余裕、誰にもなかった気がするぞ。流れ星が落ちてすぐの、あの大きな衝撃にびっくりして、皆が慌ててテントから飛び出してきたあの状況を彼は思い出す。子供たちは皆、勇人同様軽いパニックになり、中には泣き出す子まで存在した。先生たちも、そんな生徒たちをなだめるのに必死だった気がする。そんな状況で、いったい誰が通報したのだろう? そもそも、流れ星が落ちたときって、警察に通報で、合っているんだっけ?
「三上くん。手が止まっているよ」
担任教師の呼びかけに、勇人はびくりと驚いた。慌てて教師の方を向く。
「ごめんなさい、先生」
「眠いのは分かるけど頑張って。三十分後にはもうバスに乗らないとだからね。そしたら朝まで眠って大丈夫だから」
教師はそう言うと勇人の側を離れ、こくりこくりと船をこいでいる別の生徒を起こしに向かった。その様子を無意識に目で追ったあと、勇人はふと我に返り、テントを片付ける作業に戻った。正直なところ、彼は全くと言って良いほど、眠くなかった。そもそも寝付けなくて、星を見ていたくらいである。そんな中で突如始まった流星群、そしてそれらが地上に落ちたときの、あの大きな衝撃である。眠気も吹き飛ぶ興奮であった。また、この状況はもう一つの意味でも、勇人をワクワクさせていた。
今から家に帰れるぞ。勇人はひそかにこの状況を喜んでいた。本当ならば明後日までキャンプは続く予定であった。それが中止になったのだ。確かに彼の母親はキャンプに行って来いと言った。しかし、明後日まで山奥のキャンプ場で過ごしてきなさいとは言っていない。主催者側の都合でキャンプが中止になったのだ。明日からロボットアニメ、ゲーム三昧で過ごしても、文句はあるまい。帰ったら早速録画してもらったアニメを見なくちゃな。そう思いながら、勇人は自分が畳んだフレームを、他のフレームが既に入っているテントの収納袋の中にしまうのであった。
ガサッ。背後で物音がした気がする。そう感じた勇人は振り返る。背後にあったのは木の茂みだけであった。気のせいかな? それとも何か、動物でもいたのかな? 好奇心を刺激された勇人はその茂みに近づいていった。
茂みの奥を覗いてみても、最初勇人は何も見つけられなかった。やっぱり気のせいだったのかな? 目を凝らして辺りをよく探ってみる。そして彼は、本来そこにあるはずのないものを見つけたのだ。
「ロボット?」
勇人はその灰色の物体を拾い上げた。金属でできたロボットの人形。そうとしか表現できないものであった。彼が愛してやまないアニメに出てくるような、スマートなかっこよさを感じさせるロボットである。灰色一色などではなく、青とか赤とか、鮮やかなカラーリングであれば、そのアニメに出てきてもおかしくないなと彼は思った。そう、まるでそのアニメの販促物である、ロボットのおもちゃのようであった。
しかし、勇人もいくつか持っているようなロボットのおもちゃとは、大きく異なる点がいくつかあった。第一に材質。子供向けのロボット玩具では、ほとんどのパーツがプラスチックでできている。一部の負荷がかかるような部分に金属が使われることもあるが、彼が今拾ったこのロボットのように全てが金属製ということはまずない。第二に造形である。子供向けのロボット玩具では変形、合体などのギミックを仕込んだり、子供が扱うという関係上、劇中の設定と異なるデザインに変更されることがある。本来は鋭くとがっているはずの角の先が丸く造形されていたり、本来の設定では存在しないはずのパーツがロボットの背中側に寄せ集められていたりするのだ。このロボットにはそれがない。他形態への変形のためだけに存在する、ロボット本来のデザインから浮いて見えるパーツは一切なく、手足や頭部がカッチリと造形されている。大人向けのコレクションフィギュアのような高級感があるのだ。自分が持っているどのロボット玩具にもない、重量感、高級感に、勇人は非常に酔いしれた。
「三上君! 何をやっているのですか!」
先程の教師の鋭い声が響く。勇人は慌てて振り返る。教師から見えぬよう、拾ったロボットを背中側に隠すのは忘れなかった。
「ごめんなさい。音がしたから、何かいるのかなって」
「今は撤収作業に集中しなさい。集団行動で勝手すると、皆に迷惑かけるんだからね」
「はーい」
「分かったら畳み終わったテントをバスの中に運んでちょうだい」
担任はそう言うと、勇人の側を離れていく。彼もそれに続く。拾ったロボットを着ているジャージのお腹のところに、隠すようにしまってから。
テントを運び終わり、バスに乗ったあとも、その日勇人が眠りにつくことはなかった。拾ったロボットで遊びたいという新たな興奮が、彼の眠気をはねのけたのであった。