衛星の記録映像
その日、日本上空に打ち上げられていた防衛用監視衛星の試作機が、信じられない映像を記録した。巨大ロボットとしか形容できない物体が三つ、相対していたのだ。
そのロボットたちの出現は突然だった。最初に何の前触れもなく、衛星の監視先の空間が歪んだかと思うと、そこから一体目の赤いロボットが飛び出してきた。そしてそれを追うようにすぐ、二体の青いロボットも現れた。
赤いロボット、後に「RED-01」、あるいは「レッドシーザー」と呼称されることになるそのロボットが振り返る。RED-01は他の二体のロボットよりも大きかった。手足や肩の先は鋭くとがり、赤いボディのあちこちに黒い差し色がされている。頭部と思われる部分には目、鼻、口のようなものが造形されていて、その口元には残忍な笑みを浮かべていた。赤い瞳は二体のロボットを冷たく見据えており、右手に持ったまがまがしい大剣で、今すぐにでも斬りかかりたいと言わんばかりの様子であった。
対する青いロボットたちだが、彼らの顔には目と思われる緑色のレンズが二つあり、その口元はマスクのようなもので覆われていた。RED-01ほどとがった所はなく、ボディの差し色も白で、より落ち着いた印象を見る者に与えた。右手には剣を、左手には盾のようなものを持ち、その姿は甲冑を纏う中世の騎士を思わせた。二体のロボットはほぼ同一の形状をしており、頭部の一部の形状のみが異なっていた。人間でいう額の部分にV字型の角のような意匠が付いている方のロボットが「BLUE-01」、左右の耳の位置に一本ずつアンテナのような意匠が付いている方が「BLUE-02」と後に呼ばれるようになった。
ロボットたちはしばらくの間、互いに睨み合っていた。全く動かない。両者の間で会話でもなされているのだろうか? この衛星が記録できるのは映像だけなので、本当の所は映像を見ている者には分からなかった。
先に動いたのはRED-01の方であった。自身の身の丈ほどある大剣を軽々と振り上げ、正面にいるロボットたちへと突撃してきた。BLUE-01、BLUE-02は共に、自分たちの肩や腰の装甲に内蔵されていた銃火器を展開し応戦するが、それでも突進してくるRED-01の勢いは止まらない。彼らの銃火器では有効なダメージを与えられないようだ。そしてとうとう、RED-01はBLUE-01の前に到達して、その大剣を振り下ろした。
自身の小盾では受け止めきれない。そう判断したのだろう。斬りかかられたBLUE-01は背中にあるバーニアをふかし、後退する。振り下ろされた大剣をかろうじて避けることには成功した。しかしRED-01はその行動を読んでいたのだろう。後退するBLUE-01に自身の左手を向ける。するとその左手が大型のガトリングガンへと変形し、発砲を始めたのだ。正面から全弾を浴びることになったBLUE-01の装甲は、とたんにボロボロになってしまう。
攻撃をされていなかったBLUE-02が、すかさずRED-01の背後から斬りかかる。しかしその刃が当たる直前、振り返ったRED-01の大剣の横薙ぎによって、自身の胴を斬られてしまった。正面装甲に深い傷を受けたBLUE-02はそのまま後退していく。RED-01は左手を元の手の状態に戻すと、自分が今まで銃撃していたBLUE-01の片足をその手で掴んだ。そして、それを後退していくBLUE-02の方へと投げつけたのだ。
BLUE-01をぶつけられたBLUE-02はさらに勢いをつけて後ろへと飛ばされる。RED-01はBLUE-02の方へと前進、あっという間に追いつくと、BLUE-02の首を左手で掴んだ。口元の笑みがより嗜虐性を増す。右手に持った大剣をそこらに放り投げると、その拳をBLUE-02の顔面へと叩き込み始めた。一発、また一発と叩き込む度にBLUE-02の顔面が歪み、へこみ、とうとうマスク部分が破損してしまう。露出したその口元は苦痛に歪む。ガトリングのダメージのために動けないのだろうか、BLUE-01は仲間がいたぶられているその様子を、ただ見ているだけであった。
やがてRED-01は攻撃を止めると、BLUE-01の方へと振り返った。満足そうな笑みを浮かべている。そして掴んでいたBLUE-02を自身の後ろへと無造作に放り投げた。その赤い瞳は既に次の獲物へと冷徹に向けられている。
多少回復したらしいBLUE-01は剣を構え直し、RED-01を睨みつける。対するRED-01は動かない。BLUE-01の出方をうかがっているのだろう。BLUE-01の方とは違い、その様子はどこか楽しげに見えた。
両者の沈黙が破られたのは突然のことであった。先ほどRED-01によって倒されたと思われていたBLUE-02が、背後からRED-01に飛び掛かったのだ。それは、BLUE-01にとっても、予想外の出来事であったのだろう。何の反応も見せず、正面のロボットたちをただ見つめている。
さすがのRED-01も驚いたに違いない。その顔からは先程までの余裕の笑みが消えていた。BLUE-02を振りほどこうともがくのだが、BLUE-02はしっかりとしがみついて離れない。BLUE-02のボディが発光し始めた。RED-01の顔に焦りの色が加わる。何度もひじ打ちを食らわせ、何とかBLUE-02を引き離そうと躍起になる。
結局のところ、RED-01の試みは成功した。BLUE-02の腕がRED-01の首から離れ始める。RED-01の顔に笑みが戻る。しかしBLUE-02との距離を充分にとる前に、BLUE-02は大爆発を起こした。
爆発したBLUE-02は力なく宙を漂い、そのまま地球へと落ちていく。全身に纏っていた鎧のような装甲は全て壊れ、その中から一回り小さな本体が現れた。先ほどまでの鮮やかな青が嘘のように、その外見は灰色一色になってしまっている。その目に宿る緑色の光も明滅し、今にも消えてしまいそうである。しかしその口元だけは、とても満足げな笑みを浮かべていた。
一方RED-01もまだ生きていた。爆発によって全身の装甲に無数のヒビが入っている。ダメージも相当に負ったのだろう、その顔は今までとは別人のように苦痛に歪んでいた。その赤い瞳が地球に落ちていくBLUE-02を見つめる。その顔に強い怒りが満ちた。今すぐ追いかけてとどめを刺さん。そう言わんばかりの形相であった。だが、RED-01がその行動に出ることはできなかった。いつの間にかRED-01の視界から消えていたBLUE-01が自身の剣で、RED-01の胸部を背中から貫いたからだ。
RED-01は痛みに苦しみながら、胸部を抑える。そして苦痛に歪むその顔を背後に向ける。背中から貫いたBLUE-01の身体もまた強い光を放ち始めていた。何か話しているのだろう。RED-01の口がしきりに動く。BLUE-01の口元はマスクで覆われているため、その表情は分からない。
程なく先ほどと同じように、BLUE-01の装甲も大爆発を起こした。衛星の記録映像はここまでであった。爆発の余波に巻き込まれる直前、衛星は自身の記録データをバックアップサーバに転送し、その後、その全機能を停止した。