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お嫁さん&魔物さんといっしょに、ムテキな異世界生活  作者: 法蓮奏
エルフ王国・ヒレカツ帝国編(ショ島・グリコーゲン大陸)
624/631

第624話 散布



 「帰っちゃったわね……」



 小さくため息をつきながら、千冬がつぶやいた。



 大エッグ艦橋の大モニターの中央には、土煙をあげて敗走するレバニラ軍が映し出されている。


 結局のところ、彼らは、ヒレカツ帝国の砦付近まで進軍して、何もせずに引き返すしかなかった。

 言ってみれば、二万人で、武装してお散歩しに来たようなものだ。

 帰りは、けっこうハードなランニングになったろうが……。



 大モニターには、砦のようすも映っていた。

 数百名の兵士たちが、あちこちにうずくまって、うめいていた。



 様子を見るために、兵士のそばに転移したクマさんが、千冬に報告した。



 『ご丁寧に、両腕とも砕かれてる……クマ』


 

 もちろん、レバニラ帝城に乗り込んだ、例のふたりの不審者の仕業だった。

 乙女座Tシャツの青年と、真紅のワンピ少女のことだ。


 いわゆる『峰打ち』で、兵士たちの両腕を砕いたのだ。

 両腕に力が入らないとなれば、起き上がることもできないのだろう。

 数百名の兵士が、なすすべもなく、うずくまっていた。



 少なくとも、乙女座青年は、緋グマ剣心さんと互角に刀を交えていた。

 真紅の少女も、殿様ガエルさんにこそ手も脚も出なかったが、アンセン軍団長をあっさりと叩きのめした強者である。


 数百名を斬って捨てるとなれば、刀が保たなかったかもしれないが、峰打ちとなれば、文字通り一騎当千であった。



 ちなみに、砦の門のそばにいた兵士は、腕を砕かれることはなかった。



 しかし、乙女座青年が、門を吹き飛ばしたときに巻き込まれたせいで、血みどろになって横たわっていた。

 帝城にまで、命からがら早馬を飛ばしたのは、この門付近で待機していた兵士のひとりだった。

 


 「……放っておくわけにもいかないわね」


 

 千冬がふたたびため息をついた。


 たしかに、エリ草エキスを薄めたものを、ちょっと振りかけてやれば、たちまち治るだろう。

 しかし、数百名である。

 なかなか面倒ではあった。



 「大丈夫。任せてほしい……クマ」



 艦橋の中央塔を見上げながら、白衣のクマさんが言った。



 「ちょっと濃い目のエリ草ポーションを戦艦(ふね)から散布する……クマ」



 近頃は、『エリ草茶』が主流になっていたが、さすがに『エリ草茶』を散布するわけにはいかない。

 食べ物や飲み物を粗末に扱っていはいけないのだ。


 それに、『エリ草茶_いちご味』などを散布してしまったら、兵士たちがみなべたべたの甘々(あまあま)になってしまうだろう。




 なるほど…。

 千冬も納得した。


 いぜん、ジュンのおうちのクローゼットにあったDVDで、ヘリコプターから、畑に農薬を散布する映像を見たことがあった。

 たしか…、『環境破壊』に関するビデオだった気もするが……。

 


 「え、ええ…。それでお願い」



 まもなくのことである。



 砦の上空に滞空していた戦艦の一隻が、高度を下げた。

 そして、どこからともなく、ポーションの散布が始まった。

 


 「…おお」


 「痛みがひいていくぞ…」


 「腕に力がはいるようになった……」


 「…助かったのか?」


 

 上空に留まっている天空の島のような大エッグや、百隻およぶ巨大戦艦に肝を冷やしていた砦の兵士たちから、つぎつぎと安堵の声が上がった。



 上空からの広域散布である。

 戦艦の真下には、鮮やかに、七色の虹がかかった。

 


 そればかりではない。



 砦の一帯に『奇跡』が起きた。



 エリ草ポーションが、ちょっと濃すぎたのかもしれない。

 そもそも、ただのポーションではないのだ。

 エリクサーは、文字通り奇跡の万能薬であり、高濃度の魔力の(エキス)でもあるのだ。



 「…おお」


 「な、なんということだ…」


 「ま、まさに……」



 

 『神の奇跡』




 腕が快癒し、傷も完治した兵士たちが、涙ながらに讃えた。

 そして、誰もがひざまずき、『魔物艦隊』を見上げて祈りを捧げた。



 『神よ…。我らをお救いくださり、ありがとうございます』と。



 砦一帯の赤茶けた地面から、新緑が芽吹き、色とりどりの花々が咲き誇ったのである。

 …無理もない。



 こうして、砦は、たちまち、瑞々(みずみず)しい花園と化した。

 



 ちなみに、この日の『奇跡』は、ヒレカツ帝国のひとびとに語り継がれた。

 そして、『魔物艦隊』は、『神々の艦隊』と讃えられるようになったという。





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