第619話 見参
「ま、まさか!西の砦を落としたというのは、そなたらか!」
緊張感のない会話を続けていたふたりの乱入者に、レジス皇帝が叫んだ。
「…ふむ」
Gパン&「乙女座」Tシャツの青年は、しずかにうなずいた。
「いきなり断定っぽく問われるのは、ちょっとアレじゃが、まあ事実であるな…。たしかに、アレはわれらの犯行である」
「犯行…って、アレはいちおう恩返しなんだけどね。王国にはずいぶん世話になったからアレくらいはしておかないと。何しろボクたち、義理堅いからさ。…それで、せっかくだから、この国の偉い人も捕まえて連れて行くことにしたんだよ」
そんなことを言いながら、ミニワンピの少女は、ちらりとレジス皇帝に目をやった。
「ちょうどよく、伝令の兵士が単騎で駆け出したのでな。走ってついてきたんじゃよ。いい運動になったわい。…ああ、でも、瓦礫の下敷きになっても命がけで知らせに来た健気な兵士。できれば、跡をつけられた程度で責めんでやってくれんかの」
年寄り臭いしゃべり方をする青年は、皇帝をじっと見ながら、なぜか兵士をかばっていた。
レジス皇帝はふだん着ではあったが、年齢や服装、あるいは上座らしき座席を見れば、彼がこの国の頂点であることはすぐに推測できた。
「そんなことはさせねえ」
皇帝を視線でロックオンしながら話すふたりの前に、大剣を構えたアンセン軍団長が立ちふさがった。
「ふむ」
剣を構え、すでに闘気をまとったアンセンを見ながら、青年がうなずいた。
「…なるほど。この国のSクラス冒険者とやらよりは、ましなようじゃな」
この青年のことばに反応したのは、宰相のモデストだった。
彼もすでに、レジス皇帝の前で杖を構えていた。
「あなたがたが犯人でしたか…。Sクラス冒険者ばかりが次々と襲われ、怪我を負ったとは聞いていましたが」
「襲うとは物騒なもの言いじゃな。こちらは堂々と正面から勝負を挑んだだけであったのじゃが…」
「うん。おじいさまは、ちゃんと戦闘準備ができるまで待ってあげてたし…」
青年と少女は、ちょっと不満そうに応えた。
「…でも、いままではアノ程度でよかったんだよね。そもそも、ボクたち目立ちたくなかったし」
「あまり目立つことすれば、いろいろとうるさいからの…」
「…そうだよね。ほかの食客たちもそうだけど、とくにアノ騎士団長はひどかった」
「まあ、アレはむしろ事務方の管理職と見るべきじゃろ。ネチネチと嫌味を言うタイプのな。…それにしても、どうしてこう国が大きくなると、無能な者が平然とひとの上に立つようになるのかのう。アッチの世界ではしかたがないにしても、コッチの剣と魔法の世界でも変わらんとは…。嘆かわしいことじゃ」
少女も青年も、大きなため息をついた。
贅沢をさせてもらって世話になったと言っていたが、多少は苦労もしていたらしい。
無能な上に性根の曲がったニンゲンが地位を得ると、下々の者は苦労が絶えないものだ。
「ここは、あたいにやらせて…」
帝国の皇族や重鎮たちの前で、王国での生活を愚痴っていたふたりの乱入者に向かって、レオニーちゃんが真新しい剣を構えた。
「…あたいも恩返しがしたいからね」
「…ほう」
青年は、ちょっとうれしそうに言った。
レオニーちゃんを見て、すこし機嫌を直したらしい。
「どうみてもまだまだ未熟じゃが、そのまっすぐな闘気には好感がもてる。…どれ、まず手始めにわしの剣を受け止めてみせよ」
そういって、無造作に剣を振り下ろした。
力も気合も籠もらないひと振りではあったが、目にも止まらぬ剣速だった。
がぎっ!
「くっ!お、重いっ!」
レオニーは、必死でその剣を受け止めた。
「むっ!」
ところが、その場から飛び退いたのは、青年の方だった。
「なんじゃ、その剣の固さは…」
「ホントだ!あの鍛冶屋のじいちゃんが打ってくれたミスリルの剣が欠けちゃったよ!」
少女が、青年の、刃のこぼれた剣を見て驚愕の声を上げた。
「あやつの腕はなかなかのものであったのにのう…。」
青年は、欠けた刃をまじまじと見つめた。
「これでは、下手に打ち合うこともできんの。…ならば、しかたがあるまい。かわいそうだが、その腕落とさせてもらうぞ。骨折程度では、さきほどの『茶』でたちどころに治ってしまうじゃろうからの…」
青年は、哀れみのこもった目でレオニーを見た。
たしかに、どれほど固い名剣でも、打ち合うことがなければ、ただの装飾品にすぎない。
「恨むならば、その剣を与えた者を恨むがよい…」
その言葉が言い終わらぬうちに、いつのまにかレオニーの目の前に詰め寄った青年が、剣を振り下ろした。
逃げることも避けることもできない、まさに神速。
毎日お風呂にはいって、せっかくキレイになったレオニーの手が剣とともにいっしゅんで切断された。
……かに見えた。
がきんっ!
「むっ!」
青年は、ふたたび飛び退いた。
そして、剣を構えた。
これまでのチャラけた雰囲気はすでにない。
まさに真剣勝負の身構えだった。…真剣だけに。
「わしの剣を受け止めるとはの。…それにしても、いったいどこから現れた」
レオニーの両腕の真上には、ひと振りの剣が差し出されていた。
その剣で、青年の一撃を受け止め、レオニーを守ったのだ。
「ウチの新人ウエイトレスさんが怪我をさせられては困るでゴザる。…それに、言うに事欠いて『剣を与えた者を恨め』…などと。責任転嫁もはなはだしいでござるよ……クマ」
突如として現れたのは、緋色の袴をはいた一匹のクマさんだった。
「緋グマ剣心。見参でござる!……クマ」
その手には、ひと振りの剣が握られている。
いかに青年の一撃が神速で、かつ重い剣圧であろうとも、クマさんのたくましい手にかなうはずもない。
「あっ!アンタは、鍛冶屋のクマさん!」
こんどは、レオニーがうれしそうに声をあげた。
「…な、な、な、何を言ってるで、ご、ござるか。せ、せ、拙者は、『緋ぐま剣心』! る、る、『るろうグマ』でござるよ……クマ」
緋色の袴のクマさんが、ややしどろもどろで言った。
クマさんの額から冷や汗がしたたり落ちた(かのように見えた)。
「…え。そうなの?」
なにしろ相手はクマである。
レオニーは、鍛冶屋のクマさんに違いないとは思ったが、正直に言って『魔物王国』にいるクマさんに関しては、着ている服装でしか区別がつかなかった。
まあ、服装といっても、大半のクマさんは白衣を着ていたし、白衣以外のクマさんといえば、テニスウエアとかいう短いスカートを履いたクマさんと、作務衣とかいう変わった服を着たクマさんくらいしか見ていない。
違う(クマだ)と言われれば、うなずくしかなかった。
「なあんだ。人違いだったのか…」
(…ふう)
あっさりと自分の言い訳を信じてくれたレオニーちゃんを見て、緋グマ剣心はほっと息をついた。
彼女があまり深く物事を考えるタイプでなくてよかった…と、しみじみ思った。
それから、彼は、気を取り直して青年に向き直った。
「待ってもらったようですまないでござる……クマ」
「…ふむ。気になさるな」
青年は、あっさりと応えた。
「それにしてもクマの剣士殿とは!さすがに剣と魔法の世界じゃな。やはりこうでなくては、こちらの世界に来た甲斐がないというもの。……それに」
青年は殺気をみなぎらせながらも、うれしそうに言った。
「…感謝するのはこちらのほうじゃ。クマ剣士殿の剣も、その娘と同じ剣であろう。峰打ちに持ち替えてくれているのは、わしの剣でも打ち合えるようにするためであろうからの」
「…ふっ。拙者、血を見るのが苦手なだけでござる……クマ」
緋グマ剣心は、ニヤリと微笑った。
「まあ、よい。……それでは、手合わせ願おうか!」
ふたたび、青年の姿は、緋グマ剣心の目の前に現れた。
そして、袈裟に神速の剣を振り下ろした。
きんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきん……(以下省略)
「な、なんてこった!」
ふたり?の剣の応酬を間近に見ながら、アンセン軍団長が叫んだ。
「体は微動だにしないというのに、肩から先だけは目に見えねえとは!」
たしかに、ふたりは、ただ静かに対面しているかのように見えた。
もし、遠くから後ろ姿だけを見れば、なにか話でもしている程度にしか見えないかもしれない。
それほど、体はまっすぐに立っているだけで、ぴくりとも動かなかった。
いわば、大山の如き静けさであろうか。
しかし、それに対して、ふたりの肩から先は、まるでこの世から消えたように視認できなかった。
そして、まさに無数無限の打ち合いをしていた。
きんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきんきん……(以下省略)
「「…くっ!」」
ふたり?は、まったく同時に飛び退いた。
「まさか、このわしと対等に打ち合うクマがおったとは!」
「まさか、拙者に引けをとらぬニンゲンがござったとは……クマ!」
どちらも、己の匹敵する相手の剣技に舌を巻いた。
「すごいね!おじいさまとこんだけ打ち合うなんて!ボクとボクのダーリン以外では、はじめてじゃないかな!」
真紅のミニワンピをまとった少女も、興奮気味に声を上げた。
それほどに、緋グマ剣心の剣技は冴えていたのである。




