第603話 鍵の姫
時間はすこしさかのぼる。
タッタッタッタッタッタッ…………、ピタっ!
ジュンと分かれてまもなくのことである。
しばらく街なかを軽快に走っていたカラフルにわとりは、ふと立ち止まった。
そして、四匹そろって振り返ると、すでに姿が見えなくなっているジュンに向かって合掌礼拝した。
「「「「よろしくお頼み申します……」」」」
ジュンは、どうしても手が離せないことでもないかぎり、すぐに来てくれる。
待たされたことなどほとんどなかった。
だから、たとえ困ったことがあっても、すぐに何とかなった。
「「「「ジュンさま、いつもありがとう……」」」」
四匹は、しばらくの間、深々と頭を下げてジュンに感謝の祈りを捧げると、ふたたび目的地である『神殿』に向かって走りだした。
途中に見える家々は荒らされ、火をかけたのか。未だに燃えくすぶっている家も少なくない。
「ニンゲンというのは、どうしてこう、無駄な破壊を好むのであろうか……しゃーっ」
カラフルにわとりの背中で、ちびヘビが腕組みをしながら言った。
「まったく…。盗みを働くなら、せめて家だけは無傷で残してあげればよいものを……ぴよ」
「よほど驕り高ぶっておるのでしょう……コケーっ」
「うーーん。たしか、このような行為への怒りを適格に表した慣用表現がありましたね……りゅーっ」
「そうそう! あったあった。…何と言ったかな?……ぴよ」
「えーと…、ちょうしがなんとか…だったような……しゃーっ」
「…ふむ。それはおそらく、『ちょーしこいてんじゃねえぞ!』ですよ……コケーっ」
「「「ああっ! そうそう。ソレソレ!」」」
三匹の精霊は、手を叩いて喜んだ。
「「「「いっぺん、使ってみたいねーーっ!」」」」
……と、意気投合したところで、視界が開けてきた。
神殿前の広場に到着したからである。
神殿といっても、荘厳な建物があるわけではない。
ちょっと立派な石造りの回廊はあるが、その先は岩山につながっている。
そして、その岩山に立派な扉が設けられていた。
回廊は、すでに破壊されて瓦礫と化している。
砲撃でこなごなにされたのだろう。
あちこちに砲弾が転がっているからひと目でわかる。
マーボ港で保護したエルフたちの話によると……
岩山の扉の向こうには地下の鍾乳洞へと続く階段があるそうだ。
そして、その広大な鍾乳洞に、現在、『エルフ王国』の人々が避難しているらしい。
侵略者たちの船がこの島の海岸線に到着する前に、船影をめざとく見つけて避難したらしい。
岩山に取り付けられた扉には、強力な結界が施されている。
古のエルフの魔法だそうだ。
だから、回廊はこなごなでも、岩山の扉には傷ひとつ見当たらない。
扉を覆って、薄っすらと輝きを帯びている魔法陣に守られていた。
この結界を発動・解除する『鍵』の役割を果たすのが、代々の巫女であった。
この巫女は、王家の娘に引き継がれ『鍵の姫』と呼ばれていた。
マーボ港で保護され、クマ寿司のワザビで泣いていた少女こそ、『鍵の姫』たる巫女だった。
涙ながらに寿司をつまんでいたジュンは、この『鍵』の話を聞いて首をかしげた。
「なあ…、その『鍵』の魔法ってさ。『扉』の内側から発動できないの?」
そもそも、『扉』の鍵なのだ。
たとえ、魔法とはいっても、『外側』からはもちろん『内側』からも掛けられるはずである。
たしかに、『鍵』の魔法を発動した後、救援を求める必要はある。
食糧などの問題もある。
永久に鍾乳洞に籠もっているわけにはいかない。
永遠に籠城できないのと同じことだ。
しかし、だからといって、『鍵の姫』が、扉の外側に残るのはおかしい。
もし、敵に捉えられたら、たちまち『鍵』を解除されてしまうからだ。
発動する魔法にもよるだろうが、ニナちゃんがもし捕まれば、『鍵』を解除するまで拷問にかけられるに決まっている。
エルフのかわいい女の子である。
どんな拷問になるかなど、考えるまでもない。
……と思いつつ想像してしまったジュンは、おもわずヨダレをぬぐった。
いずれにしても……、ニナちゃんが、そんなイケナイ拷問に耐えきれるわけがないのだ。
救援を求める要員を派遣するにしても、『鍵の姫』は含めるべきではない。
「だいいち、『鍵』であるニナちゃんを外に出すって、まずいんじゃないのか?」
ジュンは、何気なくたずねた。
ところが、問いかけられたとたんに、エルフたちは、みな、ぴたりと停止した。
なかには、寿司を頬張ろうと口を大きく開けたまま停止していたエルフもいる。
エルフたちは、困ったように、互いに顔を見合わせた。
気まずい雰囲気がただよう。
そのときだった。
がたんっ!
ニナちゃんが、真っ青な顔で急に椅子から立ち上がった。
そして、涙ながらに言った。
「わ、わたしのせい…なんです……」と。
彼女の涙は、ワサビのせいばかりではなかった。




