第197話 ぽーんぽーん
こんな内容なのに、うまく書けなくて、時間がかかってしまいました。
お話を書くというのは、ほんとうに難しいものだと、あらためて痛感しました(笑)。
ジュンは、小部屋の扉に手をかけた。
すこし、力を入れると、扉はあっさり開いた。鍵がかかっていたのかすら、よくわからなかった。
「……なるほどな」
「あんたが、あの波動の主か……」
扉をあけるなり、そんな声が聞こえてきた。
30歳そこそこの、見るからに精悍な男が、縄を持って立っていた。
目が座っていて、ジュンを前にしても、少しも、うろたえるようすはない。
男の足元にちらばった縄を見ながら、ジュンが言った。
「自分ではずしたのか?」
「ああ……」
男は、しずかにうなずくと、
「娘に、みっともない姿は見せられないからな…」
そういって、苦笑した。
すると、
「パパーーーーぁ!」
ジュンの足元を小動物が、びゅんとすり抜けた。
叫びながら、小動物は、男に飛びついた。もちろん、アリアンナちゃんだ。
「パパっ!パパっ!パパっ!パパっ!パパっ!パパっ!パパっ!…」
もしかして、故障中ではないかと、ジュンは疑ったが、半年ぶりなのだ。無理もないと、思うことにした。
「アリーたん、ひとりにしちゃってごめんよぉー」
男は、涙を浮かべながら、娘を抱きとめた。
「さびちかったでちょー」
そういって、ごしごし頬ずりしている。
ジュンは、やはり、親子そろって故障中だったかと、思い直した。
「『鍵』は、どうちまちたかぁー」
「うん、さっき、カトレアおばちゃんに渡したよ!」
そう言うなり、はっと、怯えた顔をして、あたりを見回した。
「いいんでちゅよぉー。パパの妹なんだから、おばちゃんで正解でちゅ」
言ってることは正しいが、なぜか、神経を逆なでされた気がした。
「こっちに戻ってきたときは、すでに、ああなっていたのよ」
いつのまにか、隣に並んでいたカトレアが、つぶやいた。
ジュンは、故障ではなく、こころのやまい、だったかと思い直した。
やまいならば、しかたがあるまい…
「昔は、けっこう、クールな人だったのにね……」
いや、さっきは、クールだったから、モードチェンジするタイプのやまいなのだろう。
いずれにしても、半年ぶりの再会なのだ。
水を差すつもりはなかった。
そのときだった。
「そうか、『鍵』が戻ってきたのか…」
「やはり、待っていて正解だったようだな…」
ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ……
ディエゴ殿下だった。いつのまにか、小部屋の外に来ていた。
また、やまいの人が、ひとりふえた、とジュンは思った。
「さあ、『鍵』をこっちへ渡せ!」
「さもないと……」
この殿下の間違いは、このとき、よりにもよって、聖女セシリアを人質にしようとしたことだ。
学院長とか、レオポルドじいちゃんを選んでいれば、こんなことにはならなかったろう。
殿下の手が、聖女セシリアに、触れようとした瞬間だった。
ひゆーーーーん。
殿下が、弧を描いて、飛んでいった。
べちゃ…
受け身は、とれなかったらしい。
「大丈夫だったか?」
ジュンは、自分の腕のなかで、頬を染めているセシリアに尋ねた。
「はい…」
殿下が、引き連れてきた学者だの、騎士だの、兵士だのの注目を浴びながら、セシリアは、うなずいた。
彼女は、最初から、こわいとすら思わなかった。
ほかの男が、自分に触れることを、ジュンが許すはずはないのだ。
すると、
「『縮地』か…」
冷たく響く声が、聞こえてきた。
魔道士ベニートだった。
まさしく戦闘魔道士の目で、ジュンをじっと見ている。
それから、
にやりと、口元を歪めると、静かに言った。
「はんぱないでちゅねぇー」
……………
切り替えがうまくいってないようだった。
しばらくしてから、
「さあ、『鍵』を渡してもらおう」
まわりの騎士や、兵士が、つぎつぎと剣を抜いた。
殿下のことは、気にしていないらしい。
地位だけあっても、人望はなかったのだろう。
そのときだった。
ぽーん…
ぽーん…
ぽーん…
ボールを床につく音が、遺跡に響いた。
人々は、いっせいに、その音のする方を見た。
テニスウェア(女子)を着たクマさんが、静かにボールをついていた。
手首には、リストバンドをしている。
雌なのだろう。たぶん。
彼女?は、金髪縦ロールの髪を、さらりと揺らしながら、
「そうよ。わたしは……」
「負けることができない人……クマ」
……………
……………
もちろん、
騎士も兵士も、まったく、反応することはできなかった。
そもそも、人ではないだろうに、とは思ったが、ことばが出なかった。
金髪縦ロールのクマの魔物が、ずいぶん短いスコートをはいている。
スコートから中身が見えたら……と思うと、ただ不安になった。
「まあ……クマ」
そんな騎士たちに、さも驚いたようなリアクションをして、お蝶クマさんは、呆れたように言った。
「神聖なコートにだらけた心で立つことはテニスへの冒涜です!……クマ」
「これでも喰らいなさい……クマ」
すこし、地がでたようだった。
彼女?は、特製クマ用テニスボールを、頭上にトスした。
まっすぐに、押し上げられたトスは、みごとに、彼女の打点でいっしゅん止まった。
テニスのサーブは、時速200キロを超えるものもある。
彼女が、フラットサーブを打てば、お肉やモツが飛び散るだろう。
ゆえに、彼女は、スピンサーブを選んだ。
すっぱーーーーーーん!
大きく弧を描いて、ラケットは、みごとに振り切られた。
純白のアンダースコートが、薄暗い遺跡のなかで、まばゆく、人々の目を射た。
ひゅるるるるるるーーーーーーっ!
強力な回転を与えられたボールは、兵士の直前で、急角度に落下した。
ぎゅるるるるるーーーーーーーっ!
遺跡の平らな床に、ボールがひしゃげたように、沈む。
それから、そのボールは、ふたたび急角度に、跳ね上がった。
ずっどーーーーーーーーーん!
兵士のひとりが、テニスボールと共に、上空に吹き飛ばされた。
こうして、
あまりにも一方的な殺戮は始まった。
もちろん、誰も死んではいないが……
しばらくすると、
ぽーーーん、ぽーーん、ぽーん、ぽんぽんぽんぽん…
超大ともいえる遺跡の通路には、ボールの転がる音だけが響いていた。
ジュンたちが、おそるおそる小部屋から出てみると、遺跡の通路に立っているものは、お蝶クマさんしかいない。
まさしく死屍累々(ししるいるい)たる光景であった。
はあっ、はあっ、はあっ、はあっ…
久しぶりの運動で、疲れたのだろうか。
お蝶くまさんは、タオルで顔を拭くそぶりをしながら、舌で発汗していた。
それから、ジュンたちに、真剣なまなざしを向けると、
「遺跡のこと、お願いするわ。よくって?……クマ」
そう言い残して、ラケットを器用に使いながら、ひょいひょいと、『たまりません』に兵士たちを放り込みはじめた。
……………
ジュンは、クマさんのアンスコ映像を、脳内のゴミ箱からも念入りに消去すると、みんなといっしょに、遺跡の入り口に向かった。
ずいぶん、引っ張ってしまったが、いよいよ、『怪物』との戦闘が始まろうとしていた。