第195話 操り昆虫から、生き物へ
内容的に、すこし、申し訳ない気もするのですが、ここで、書かないと、書くタイミングがないと思ったので…。
天井は、大聖堂のように、ひろい空間をへだてた上にあり、通路は、幹線道路のように広がっている。
この超大な空間の中を、一匹の『ハッチ』が、ゆらゆらと飛んでいた。
クマさんの開発した『ステルスドローン』である。
新機能を装備した今は、『Mark2』の名を新たに加えられていた。
やや使い古されたネーミングではあるが、『Deluxe』よりは、ずいぶんマシだろう。
通路の行き止まりで、『ハッチ』は、とまった。
空中で、ホバリングしていると言ったほうが適切だろうか。
ここは、巨大な扉の前である。
ホバリングしている『ハッチ』に背負われた、小さなリュックが、七色の光を放ち始めた。
すると、
リュックの中から、ひとりの黒目黒髪の少年が、出現した。
すたん!
『ハッチ』は、やや上空に、浮いていたため、飛び降りることになったのだ。
「ここか……」
少年は、ちいさくつぶやいた。
もちろん、あたりに人影はない。
少年は、目の前に立ちはだかる大きな扉を見上げた。
すこし、停止位置が高すぎたと判断したのだろうか。
ハッチも、少年の頭の高さくらいまで、降下してきた。
「お前は……」
ジュンは、そうつぶやくと、自分のリュックをごそごそとあさり始めた。
そして、一本のスプレーと、タオルを取り出した。
「ちょっと、貸りるぞ……」
ジュンは、ハッチのリュックを外した。
それから、「シュッ」とスプレーをかけた。
『セスキ炭酸ナトリウム』5グラムを、500ミリリットルの水で溶かした汚れ落としであった。
非常に経済的で、かつ、よく落ちる。
ジュンは、ごしごしとリュックの汚れを落とした。
…といっても、汚れというほどのものではない。
土を払い落としたあとに、わずかに、落ちきれなかった土が、かすかに染みこんでしまったような感じだった。
もちろん、彼は、物体をきれいにする魔法も知っていた。
しかし、いまは、自分が手ずからきれいにしてやりたかった。
…………
「…よし」
すっかりきれいになったのを確認して、ふたたび、ハッチの背にもどした。
さすが『セスキ炭酸ナトリウム』であった。
ジュンは、スプレーとタオルをしまうと、今度は、小さな金色の小瓶を取り出した。
さいきん、よく登場する『エリクサー』ではない。
メカドラゴンが、白い部屋で、お客様と一緒に、紅茶のふりをして飲んでいる、高級オイルである。
ジュンは、何も言わずに、それを、ハッチのリュックにしまった。
「…………」
ハッチは、じっとリュックに収納された、「高級オイル」をみていた。
しかし、なにも言わなかった。
…というか、まだ、話すことができなかった。
話す機能も、「高性能AI」とともに、搭載したのだが、なぜか、未だに話ができない。クマ開発陣にも、それは、謎であった。
もしかすると、何か、きっかけが必要なのかもしれない。クマさんは、そう思った。
「…いいよ、おいで」
ジュンは、リュックに向かって声をかけた。
もちろん、彼は、リュックに話しかけねばならないほど、孤独なわけではない。いまは、たくさんのお嫁さんにも、魔物さんにも囲まれているのだから。
すると、
ふたたび、リュックが光を放った。
中から、ひとりの少女が飛び出してきた。幼女以上少女未満といったところだろうか。
シャルロット姫だった。ひさしぶりの登場だ。
ハッチは、さきほど、高度を下げていた。
それでも、シャルには、高すぎる。
「きゃっ!」
シャルは、この急な落下に驚いた。
「おっと……」
もちろん、ジュンが、しっかりキャッチした。
それから、いかにも、だいじそうに、ぎゅっと抱きしめた。
そのせいか、シャルの、スカートが背中までめくれてしまった。
淡いグリーンのかわいい下着が露わになる。
ハッチの、メカ眼球にも、その下着が、はっきりと映った。
そのときだった。
ハッチのメモリに、とつぜん、『高級オイル』がフラッシュバックした。
そして、『ジュンが、スプレー片手に、ごしごしする映像』が、現れた。
さらには、『飛び降りるジュンの後ろ姿』が。
時間を遡るように、映像の数々が、走馬灯のように、流れていった。
そして、
ちーん!
ある映像で、そのフラッシュバックは止まった。
…………
とある少女が、鉄格子に手を突っ込んでいた。
その150センチほどの身体の中央部分を覆う繊維のかたまりがあった。
それは、
うつくしい曲線を描く淡いブールの物体。
ハッチのメモリ内で、大好きなマスタージュンの、とっても嬉しそうな顔が、おおきく映し出された。
さらに、マスターが、なによりも愛してやまない『それ』が、メモリ内に、顕現した。
「…ぱ、……、パ……、ぱん………、パン……」
ハッチにとって、この世界は、いまだ『連続して』いた。
しかし、いま、この連続する世界から、少女が着用していた淡いブルーの物体が、くり抜かれようとしていた。
分節化され、言語化されようとしていたのである。
そして、とうとう、淡いブルーの物体と、言語とが、符合した。
「パンツぅーー!」
ハッチは初めて発声した。
ハッチの言語能力が、いま、産声を上げたのである。
「ぱんつ!ぱんつ!はんつ!ぱんつ!」
ハッチは、なんどもなんども、その名を唱えた。
*てきとうに書いてるだけなので、つっこむのは、ご遠慮ください。
そのとき、エッグの巨大な艦橋でも、ウサギさんたちに動揺がひろがった。
「ま、まさか……ウサ」
「そ、そうなのか……ウサ」
「とうとう、この日が来たのか……ウサ」
もちろん、動揺はエッグにとどまらなかった。
クマさんが、日々、研究に取り組んでいる開発部も、この突然の出来事に、震撼した。
「な、なんということだ……クマ」
「こ、こんなことが………クマ」
「うううううう……神よ……クマ」
涙ぐみ、神を讃えるクマさんもいた。
「おおっ……、ハッチの言語機能が……」
「とうとう、………覚醒した、……クマ」
泣きながら抱き合うクマさんたちから、歓声があがった。
がおおおおおおーーーーーーーーっ!
ぐおおおおおおーーーーーーーーっ!
がるうううううーーーーーーーーっ!
すこしこわいが、クマなのでしかたがない。
シャルには、まさか、この瞬間に、ハッチの新時代が切り開かれたとは、知るよしもなかった。
ハッチは、いつまでも、うれしそうに、『ぱんつ』を連呼している。
「ちょっと、恥ずかしいのじゃ」
シャルは、そういって、もう一度、ジュンの胸に顔をうずめた。
ウサギさんたちも、艦橋で、抱き合って喜んでいた。
これからは、ハッチたちとも、『会話』をかわすことができるようになるのだ。
少し前まで、操り昆虫?にすぎなかったハッチが、生き物へと進化したのだ。
しかし、
ハッチが、最初に覚えた具体的な『単語』については、永久に『禁忌』とされた。
この感動を語るのに、かの三文字は、あまりふさわしくないと、判断されたゆえのことであった。
その後、ジュンは、ゲートを設置した。
ゲートからは、次々と、お嫁さんたちが、転移してきた。
もちろん、お城サイズの『怪物』がいると聞いて、見物しに来たのである。
すこしくらい怖がらないと『怪物』がかわいそうな気さえする。
大きな扉の前に、到着したお嫁さんたちは、ふと、ハッチの聞きなれない声に耳をそばだてた。
「ハッチって、しゃべれたんだね」
クレアが、笑って言った。
「ほんと!そうだったんだ……」
ほかのお嫁さんたちも、感心している。
しかし、
なぜ、この子は、かわいい声で、『ぱんつ』を連呼しているのか。
彼女たちは、この事件の真犯人を、0.4秒ほどで割り出した。
そして、いっせいに、ジュンを取り囲んだ。
「「「「「「ジュンくんっ!」」」」」」
お嫁さんたちの叱責の声が重なった。
「…………!」
カミーユからは、無言の圧力を感じる。
ジュンは、仁王立ちする彼女たちの真ん中に正座して、首をかしげるしかなかった。
ハッチの『ぱんつ』連呼がひと息ついたころ、お嫁さんたちの折檻も終わった。
「そろそろ、いいかのう…」
ふたたびゲートからは、学院長たちが、出てきた。
お嫁さんたちの叱責が終わるのを待ってくれていたようだ。
ジュンは、こころで、感謝した。
「ああ、たしかに、ここだ……」
プーディング王が、感慨深そうにつぶやいた。
彼は、あやうく命を落とすところだった。
その、きっかけとなったのは、まさしく、ここだったのだ。
彼の目の前では、相変わらず、巨大な扉が、自分を拒絶するかのように、屹立していた。
彼は、それを、しずかに見上げた。
それから、視線を、一番下の鍵穴に、移したときだった。
彼は、驚愕のあまり、叫び声をあげた。
「な、なんということだっ!」
「こ、こんなことが……」