第194話 最高にして最大の釣果
最近、はなしを引っ張るのが、お約束なのだろうなと思い直しています。
無理にひっぱると、すこし不自然ですけど(笑)
ベニートは、数日後に、サバランの港で捕縛された。
城に連れ戻されたベニートを見て、ディエゴ殿下は癇癪を起こして、すぐに殺そうとした。
しかし、彼を殺しては、元も子もない。
鍵の行方もわからなくなるし、何かの拍子でうまくいって、扉が開けられても、そのあと『魔神』を動かすには、彼のちからが不可欠だ。『学者』たちは、自分たちの『実力』をよく知っていたのである。
ベニートを失うわけにはいかなかった。
学者も、騎士も、兵士も、ディエゴ殿下を、はがいじめにして、彼をなだめた。ついでに、殴ったり蹴ったりした者もいたが、すでに、一蓮托生である。皆で、素知らぬ顔をしていた。
ディエゴ殿下以外のひとびとは、すでに、結束していたのである。
悪事というのは、この異世界においても、たやすく、人を結びつけた。
鍵の行方を聞き出すのに、拷問の必要すらなかった。
ベニートがあっさり白状したからである。
あっさりすぎると疑う者も居たが、殿下に殺さそうになったせいで、しゃべる気になったのだろうと思い直した。
「子どもを船に乗せて、スフレの『帝国魔法学院』の学院長に、鍵を届けさせた」
ベニートは、そう自白した。
たしかに、彼は、サバランの港で捕まったし、彼の自宅にも、子どもの姿はなかった。子どもの顔など誰も知らなかったが、いないことはわかる。
鍵を、殿下たちの手に渡さないためには、もっとも有効な方法には違いない。
彼の自白を、疑う理由は見つからなかった。
ディエゴ殿下は、すぐに部下を船に乗せて、後を追わせた。
内陸の国である。持ち船などあるわけもない。サバラン王国の定期便を使うしかなかった。
もちろん、サバラン王国に、特別に船を用意してもらうわけにもいかなかった。そこから、『魔神』を嗅ぎつけられるかもしれないからである。
彼らは、じっと待つしかなかった。
そして、ベニートの重要性も増していた。
鍵と交換するための人質としても、確保して置かなければならない。
調べると、彼と親しいものは、彼の妹しかいなかった。
王の主治医となってからは、いくぶん軟化したとはいえ、父は、治癒魔道士などになって戻ってきた息子に憤っていた。
投資にしくじったようなものだったからである。
殿下は、冒険者ギルドに勤める妹を、彼の、とりまきのひとりであるギルマスを使って監視した。
そして、数カ月後、一枚の依頼書が、『帝国魔法学院』の学生によって貼り出された。そこには、たしかに『預かりもの』とあった。
スフレ帝国までの往復時間を考えると短すぎるような気もしたが、旅の途中で、子どもが保護されたのかもしれない。深く考えても意味のないことであった。
彼らのなかには、これを『人質との交換を示唆したもの』と読んだものもいた。
しかし、気の短い殿下は、さっそく、例の三人組を送り込んで、たちまち失敗したのであった。
もちろん、作務衣の王も、ジュンの日々の糧となった娘も、ベニートが、白状した中身など、知る由もなかった。
しかし、娘のリオナは、ギルドに掲示された、ジュンの依頼を見て、すぐに、ぴんときた。
彼の『預かりもの』とは、瀕死の父が語っていた『鍵』ではないかと。
では、主治医は、どこに…
彼女は、ひそかに、地下の遺跡へと行ってみた。その入り口も父から聞いていた。父は、まちがって娘が近づかないようにと、教えていたのだが…
見つかれば、ただではすまない。彼女は、不安でたまらなかった。
ちょうど、幽閉しているベニートに食事を届ける時間だったのか、リオナは兵士とかちあいそうになった。リオナは、すきを見て、すぐに逃げ出した。
それでも、兵士たちの会話から、主治医が地下に閉じ込められていることは確認することができた。主治医をなんとかしなければ、父は助からない、彼女は、そう思い詰めていた。
リオナは、冒険者ギルドに走った。
あの、神秘のメモ書きを握りしめて…
「はい…」
リオナは手をあげた。
「…それで、『鍵』は、あなたが学院長から預かってるのよね」
ジュンのほうを見ながら、たしかめるように言った。
王たちも、いっせいに、ジュンのほうを見た。
ところが、
「…なんじゃろ?」
先に、学院長が、不思議そうに声をあげた。
「わしは、『鍵』など預けてはおらんがの…」
「そもそも、ベニート君から預かってるものは、何もないしのう…」
言いながら、頭のなかで確かめているようなふうであった。
「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」」」
…………
「口からでまかせだったのか……ケロ」
見も蓋もない言い方だった。
「ああ……」
「でも、言うだけ言ってみるもんだな……」
まあ、今回は、依頼書なので、『書くだけ書いてみる…』だろうか。
「あの三人も釣れたんだから、いいんじゃないか…」
たいして、役にもたたなかったけど……
そう、うそぶくジュンをみて、リオナは唖然とするしかなかった。
自分も、半分、釣られたようなものだった。あんな格好までして会いにいったのに。
でも、ジュンは、父は救ってくれた。結果的には、その甲斐があったのか、と思いなおした。
ジュンは、親しみをこめた眼差しを、リオナに向けた。
彼女こそは、彼の依頼書が釣り上げた、最高にして最大の『釣果』であった。
彼は、映像を、何度も何度も堪能しているうちに、彼女がとても身近に感じるようになっていた。よくあることである。
リオナは、長年の友人のように自分を見つめる少年に、首をかしげるしかなかった。
まさか、目の前の少年が、自分の『パ○ツ映像』を、しずかに、脳内で反芻しているとは、思いもよらなかった。
そのときだった。
「その『鍵』というのは、たぶん、これのことだと思うわ…」
会議室の入り口から、声が聞こえてきた。
入り口の向こうには、ふたりの人影が見えていた。