第190話 あらゆる超自然の存在に感謝した
もうひとつの、引っ張ったお話の続きです。
きりのいいところまで、一気に書いてみました。
どくんっ…
どくんっ…
どくんっ…
どくんっ…
どくんっ…
どくんっ…
『それ』が、目覚めたのは、最近のことだった。
なにか、強力な波動が、東から来て、何度となく、『それ』に衝突した。
たしかに、非常に、強く、激しい波動であった。
しかし、
『それ』にとっては、
幼馴染の同級生が、まだカーテンも開けていない男の子の部屋に乗り込んできて、『もう、○○ってば、ほんとに、ねぼすけなんだからぁ』と愚痴りながらも、懸命に、体を揺すって起こしてくれているような、そんな覚醒への誘いであった。
『それ』は、思った。
いったい自分は、
「ドレダケ、ナガイアイダ、ネムリニ、ツイテイタノダロウ…」
どくんっ…
どくんっ…
どくんっ…
どくんっ…
どくんっ…
どくんっ…
『それ』は、まだ、動き出すことができなかった。
だから、いまは、待たねばならない。
やがて、必ず、おとずれる…
『覚醒の瞬間』を…
ただ、こうして、じっと待っているそのあいだにも、
『それ』の意識には、たったひとつのことばが、こびりついて離れなかった。
「マモノ…」と。
『それ』は、やがて来る覚醒を心待ちにしながら、ふたたび、まどろみへと落ちていった。
ジュンは、じっと、正面の大きなモニターに、映し出されている映像を見ていた。もちろん、そこには、神秘メモ美少女が映っている。
魔物さんたちは、そんなジュンをじっと見守っていた。
しばらくして、ジュンが、ようやく口を開いた。
「あの子の、現在位置をナビしてくれる?」
「ちょっと、行ってくるから」
そういって、メガネをかけた。
そのときだった。
「時代は、刻一刻と、進化し続けている……クマ」
とつぜん、クマさんが、転移してきた。
「ちょっとだけ、待って……クマ」
クマさんは、ここで、頬を赤らめた。
もちろん、厚い毛皮に包まれているので、ふつうのひとには、識別できない。
クマさんとしては、『ちょっとだけ、待ってくれ』というところを、『ちょっとだけ、待って……クマ』と、かけたつもりだったのだ。
だれにも、気づかれないシャレを吐いてしまった自分が恥ずかしかった。日頃から、まじめなインテリには、よくあることである。ただ、まわりの人間が、それに気づいていないだけだ。
根がまじめすぎるインテリの『孤独』が、ここにはある。
クマさんは、カエルさんから、コンソールを借り受けて、なにやら、カチカチと打ち込んでいた。
「ふうっ………、クマ」
終わったようだ。
「これで、さらに、『ステルスハッチ_Mark2』が、パワーアップする……クマ」
「ウサギさん、準備はいい……クマ…か?」
疑問辞の文末における「位置」には、個体差があった。
「オーケー…、いつもでもいいよ…ウサ」
エッグの巨大な艦橋から、ウサギさんが、答えた。
「それじゃぁ……、行くまっ!」
…………
…………
やはり、誰もきづくことはなかった。
……くっ、…クマ
やはり、言うべきではなかったと後悔したが、いまは、集中だ。
クマさんが、デフォルトのちっちゃな目を、くわっと開いた。
そして、
右前足を、たかがかと振り上げた。黒い肉球がにぶく光る。
「『ステルスハッチ_Mark2』、転移ネットワーク開放!…クマぁ!」
ばっしーーーーん!
クマさんの大きな前足が、やや加減して、タッチパネルに叩きつけられる。
そのとき、
『ステルスハッチ_Mark2』は、全機、光の渦に包まれた。
光の渦の中を、ハッチが、ゆっくりと回転する。
すると、ハッチの背中に、七色に輝く光のかたまりが出現した。
七色の光は、ぴかーーーっと、激しい光を発して、あたりを照した。
たまたま、近くを歩いていひとは、あまりのまぶしさに、目を覆った。
多くのハッチたちは、現在勤務中だったので、街なかを飛び回っていたのだ。
とつぜん、大きな物体が現れたかと思ったら、激しく光りだしたのだ。
思えば、はた迷惑なはなしだった。もちろん、光のせいで、ハチとは気づかなかった。
しだいに、回転するハッチに合わせるように、光の渦と、七色の光がおさまっていく。
すべての光が消失したとき、ハッチ全機は、背中にリュックを背負っていた。
そう、あのリュックである。
亜空間のお部屋と、転移ネットワーク端末の機能を兼ね備えた、ジュンたちがみんなで、しょって歩いている、あのリュックだった。
「『ステルスハッチ_Mark2』全機、転移ネットワークリュック装備完了……ウサ」
最初から、ハッチにリュックを背負わせておけば、それで済むことではないかとも思うが、それは無粋というものだろう。
「よし、じゃあ、次だよ……みんな、いい…クマ…か」
少し迷ったが、こんどは、ふつうに喋った。
「「「「「「「「「「「「ラジャー!」」」」」」」」」」」」」
魔物さんたちが、みんなごそごそしだした。
……………
しばらく、待っていると、
「よいしょ……ケロ」
「よっこらしょ……ケロ」
「ちょっと、このベルトひっぱって……ケロ」
「余った部分を縛っとくね……ケロ」
魔物さんたちも、みんなリュックを背負っていた。
ちいさなリュックなので、それほど、邪魔にはならないらしい。
それにしても、ハッチと、魔物さんでは、リュック装備シーンに、ずいぶんな格差があった。
これは、装備イベント担当のクマさんが、ハッチ用のエフェクトに凝りすぎて、魔物用を作る時間がなくなったせいであった。
やはり、仕事というのは、全体を俯瞰しながら進めないと、このように尻窄みな結果に終わることが多いものだ。
「ぜんいん、リュック装備完了!……ウサ」
完了の報告が、入った。
「よし!……クマ」
クマさんが、腕を組んで、瞑目しながらうなずいていた。
「おおっ、これは、すごい!」
ジュンは、感心した。
これで、ハッチの居る場所なら、どこにでも転移できるのだ。
魔物さんたちも、これから、いちだんと便利になるだろう。
……………
いずれにしても、
これで、すぐに、あの美少女のところに、転移可能になった。
ジュンは、自分のリュックに手を触れて、転移した。
……………
それは、『故意』だったのか、『過失』だったのかは、わからない。
あるいは、ジュンのひそかな悲しみを知って、クマさんか、ウサギさんが、さりげない贈り物をくれたのかもしれない。
ジュンが、転移してみると、いつもと風景が違うことに気がついた。
なにやら、床に、はいつくばっているような感じだ。視点がやたらと低いのだ。
それが、すぐに、何によるものか、ジュンは、理解した。
神秘地図少女の、かわいい足首が、わずか30センチほど前に、見えていたからであった。
ハッチのリュックが、床に落ちてしまったらしい。
床の高さから、出てきたために起きたハプニングのようだ。
ジュンは、いま、床から、頭だけを出している状態だった。
少しずつ目を上げていくと、神秘美少女の、足首からお尻、そしてワンピースのすきまから、背中までが一望された。
無理な姿勢をとっているのか、大きく脚をひらいている。
床のゲートから、すこしずつ、体を出すにつれて、少女の足首からはじまって、ふくらはぎ、そして、ふとももを、詳細に観察することができた。
そして、とうとう、お尻の高さに到達した。
『うおおおおおおおおーーーーーーーーーっ』
ジュンは、こころで、歓喜の声をあげた。
淡いブルーのコットン生地だった。
少女は、前かがみになっている。
目と鼻の先では、そのやわらかい生地が、わずかにシワになって、よれているのが、はっきりと見えていた。
少女が、体を動かすたび、そのシワも、微妙にかたちをかえた。
ジュンは、ありとあらゆる超自然の存在に、感謝した。
あやうく、少女の下着に向かって礼拝しかけたところだった。
そのときだった。
「は、早く、おゆき……、ここにいては、いけな…い」
「い、いやです。おとうさま……」
「……みつか…たら、お前が、また、……ひどく、なぐら……ごほっごほっ」
肺に血が溜まっているのだろうか。くぐもった重い咳だった。
「……ふう」
ジュンは、ため息をついた。
こんなことをしている場合ではない。すこし反省した。
ジュンは、メガネを外して、リュックにしまった。
まあ、これで録画終了となり、自動で保存されるのだけれど…。不可抗力なのだ。しかたがない。
ジュンの漏らした溜息せいだろうか。
女の子は、驚きのあまり飛び退いた。
そのときには、ジュンは、いつものとおり立ち上がっていた。
ぎりぎりセーフだった。
「ど、どうして、あんたが、こんなところに……」
少女は、驚愕のあまり、言葉につまった。
「お前の地図が、どうしても、判読できなくてな…」
ジュンは、そう言いながら、今の今まで、少女が必死で、腕を差し入れていた鉄格子の扉に、手をかけた。
「しかたがないから…、こうして……」
ぐっと力を入れて、しずかに手前に、引っ張った。
がきんっ!
「直接、聞きにきたのさ…」
ジュンは、やすやすと扉をあけた。
鍵がついていたところだろうか。ぐにゃりと歪んでいる。
「う、うそ……鍵がかかってたのよ……」
信じられない光景だった。
そもそも、彼は、鍵など最初から、無視していた。
ジュンは、扉をくぐった。
「は、はは……、すまん…な。ひど…い、悪筆だった…ろう」
「で、きれば、……なおし…て、やりた……、ごほっ、ごほっ」
寝台に仰向けになっているおっさんが、ジュンに話しかけた。
「無理にしゃべらなくていい…」
ジュンは、静かに言った。
そもそも、悪筆ってレベルじゃないし…
体中に刺し傷があった。
血はすでに、真っ黒に固まって、ざらざらして見える。
生きているのが、不思議でならなかった。
おそらくは、神秘地図美少女が、ここに通って、鉄格子に、無理に手をつっこみながら、治癒魔法をかけ続けていたのだろう。
神秘地図&親孝行少女だったのだ。
「お、おとうさまっ!」
思い出したように、美少女が、駆け寄った。
しかし、ジュンがそれを腕で、制した。
「…え、どうして?」
困ったように、ジュンを見上げている。
ジュンは、おっさんの胸のあたりに手をおいた。
すでに、固まった血は、ざらりとして砂のようだ。
「すこしだけ、待ってくれ」
おっさんが、強烈な光に包まれた。
全身、血まみれなのだ。
傷がふさがっていくようすは、はっきりとは見えない。
しかし、血がこびりついていない肌に、色彩がもどってくるのが見えた。
「な、なにこれ……」
少女は、激しい光に、目を覆うことも忘れて見入っていた。
「な、なんとも、これは……」
「すさまじい…ものだね……」
光がおさまったころ、おっさんは、すでに、寝台から起き上がっていた。
「お、お、お、おとうさま…、ほんとうに……?」
少女が、震える手で、おっさんに触れた。
「ああ、心配をかけたな。もう、大丈夫らしい」
おっさんが、わらっている。
おっさんは、泣きながらすがりつく娘をなだめながら、
「ありがとう、たすかったよ」
ふかぶかと、ジュンに、頭を下げた。
このおっさんは、もちろん、捜索中の、魔道士ではない。
れっきとした、この国の『王』だった。
「まず、風呂に入って、着替えて、それから食事かな…」
「案内します。来てください」
そういって、ゲートを開いた。
王様は、ゲートに、いっしゅん、驚いたように、目を見開いていたが、すぐに、
「ああ、それはありがたい。よろしくたのみます」
そういって、ゲートをくぐって行った。
そのときだった。
「だれかいるのか!」
兵士が数名、牢獄の前に、駆け込んできた。
「だ、誰だっ、きさまはっ!」
「おい、侵入者だっ!」
口々に叫んで、牢獄に飛び込んでくる。
ぷすっ、ぷすっ、ぷすっ、ぷすっ……
ばたっ、ばたっ、ばたっ、ばたっ……
牢獄のある地下室は、すぐに、静かになった。
転移してきたクマさんが、黒いゴミ袋に、兵士たちを回収していた。カトレアも目撃した、新開発の転送ゴミ袋『たまりません』だ。
クマさんは、ぜんいん、回収し終わると、軽く庭箒で周りを、はいていた。
そして、すっかり床がきれいなると、満足したように、帰還していった。
「身も蓋もないな…」
ジュンは、ちょっと兵士に同情しながら、ゲートをくぐった。