第186話 ボレーキックした
こういうのも、お約束かなと思って、書いてみました。
翌朝、ジュンは、予定通り、冒険者ギルドにやってきた。
朝の混雑がおさまるのを、地下のオペレーションルームで、確認してから、転移してきたのである。地下からは、地上のギルド内も全て見渡すことができた。『隠し』というと聞こえは悪いが、カメラが設置されていたからである。
「あら、いま、ちょうど朝の混雑が終わったところよ」
メガネ美人のサブマスに、入り口のあたりで、声をかけられた。
きょうは、彼女が、ジュンの手伝いをしてくれるらしかった。
「なんだか、まるで、どこかで見ていたみたいね」
ふふふっ……と笑いながら、ジュンを二階へと案内してくれた。
先に、階段をのぼっていく、サブマスのかたちのよいヒップが、目の前で揺れている。
ああ……、そういえば、
ゼリー帝国のギルマスのお尻は、じつに、うつくしかった……。
かれは、ともすれば、自分のこころを埋め尽くしてしまいそうな、郷愁を振り払いながら、サブマスのあとに続いて階段を上った。
「あなたは、会議室で、座って待っていてね」
情報提供者は、すでに数名、隣の部屋で待機しているらしい。昨日のうちに、依頼を見たのかもしれない。
サブマスと、会議室の入り口で別れると、ジュンは、所定の位置についた。
机を前にして、座っていると、自分がまるで、面接官になったような感じがした。
しばらく待っていると、サブマスがドアを開けた。
情報提供者が、入ってくる。
……………
ちびっ子だった。
それも、人相のよくない男の子だ。
ジュンが、天敵とするタイプに似ていた。
こいつは、『くそがき』と呼ぼうと心に決めた。
くそがきは、キッと、ジュンをにらみつけるなり言った。
「オレが、お前の探している優秀な男性魔道士だ!」
「さあ、預かり物と、金貨をよこせ!」
……………
ジュンは、黙っていた。
……………
くそがきは、しびれをきらしたように、ふたたび、吠えた。
「さあ、どうした!さっさとよこせ!」
……………
ジュンは、しずかに、こころで、魔法を唱えた。
そもそも、彼は、無詠唱なのだ。
……………
……………
そのころ、美人サブマスは、ドアのそばで、聞き耳をたてていた。
実は、彼女が、この役目を引き受けたのは、興味本位からだった。
彼女は、宮廷魔道士を凌ぐ、黒目黒髪の少年に興味しんしんなのだ。
なにしろ、彼女は、どうぶつでも、こんちゅうでも、めずらしいものが好きだったから。
ガチャリ…
いきなり、ドアが開いた。
彼女が、驚いて、飛び退くと、ドアの隙間から、ジュンが顔を出した。
「あのう……」
なにやら、困ったような顔をしている。
美人サブマスは、あわてて、会議室に入ってみた。
……………
……………
しばらくすると、
ちびっ子は、ギルドの男性職員たちによって、会議室から、まるで彫刻でも運ぶように、搬出された。
別に、倒れていたわけではない。ちびっ子に、意識はたしかにあった。
しかし、なにか、とんでもない恐怖に取り憑かれた表情で、フリーズしていたのである。
「さっきまでは、あんなに元気だったのにね。どうしたのかしらね」
メガネ美人は、しきりに首を傾げている。
「きゅうに、あんなふうになってしまって……」
たしかに、いっしゅんで魔法にかかったのだ。嘘はいってなかった。
頭のおかしいちびっ子に遭遇したせいだろうか。
なんとなく、のどが渇いたので、リュックからお茶の道具を出した。
もちろん、急須と湯呑みである。お茶をたてるわけではない。
お茶を飲みながら、ほっと一息ついていると、メガネ美人のサブマスが、二番目の情報提供者を連れてきた。
三人組だった。
さっきのちびっ子が、そのままラージサイズになったような、悪人づらトリオだ。
サブマスがいなくなるなり、ひとりが、さっそく、会議室の扉のドアノブに、イスを押し込んだ。
外から、ドアを開けられないようにしたらしい。
すると、
一番体の大きな男が、ニヤニヤしながら、ジュンの目の前にやってきた。
それから、ゆっくりと、剣を抜くと、ジュンの顔に突きつけた。
「金貨一枚なんてケチなことは言わねえ。あるだけ出しな」
「ああ、それから、預かり物とやらもな。売れるかもしれねえからな」
「ちげえねえ。『帝国魔法学院』の預かりモンだ。きっと高く売れる」
もうひとりの、小柄な男だった。ナイフを出して、ペロペロしている。
「おっと、助けを呼ぼうなんて、甘いことを考えるじゃねえぞ」
「そのまえ、お前の喉が、串刺しになるからよぉ…」
剣を喉のあたりにまで下げて、いかにも、突き刺しそうな素振りをしている。
「おめえをさっさと殺して、持ちモンだけもらって、窓から逃げりゃすむんだぜ…」
小柄な男が、ガラガラと、窓を開けながら言った。
……なるほど、窓か。
ジュンも、ちらりと、窓を見た。
「さあ、おめえだって、死にたくねえだろう。さっさと出しな」
さっきのちびっ子とちがって、吠えないだけましかと、ジュンは思った。
ふう…
ジュンは、おおきくため息をつくと、ずずっとお茶を飲んだ。
冷めてはもったいないのだ。
それから、
その湯呑みを、喉元に突きつけられた剣の真上に、持ち上げた。
男たちは、その動作に、つられたのか。
湯呑みを覗き込んでいる。茶柱が立っていた。
ジュンは、
ゆっくりと、
湯呑みから、手を離した。
…………
湯呑みが、剣の上に落ちていく。
…………
ぱきんっ!
小気味のよい音が、会議室に響いた。
つづけて、
「「「へっ?」」」
間の抜けた声が、聞こえる。
…………
クマさん特製の湯呑みなのだ。
こんな安物の剣くらい、いっしゅんで、ぽっきりだった。
とうぜんのことながら、『効果範囲』は設定済みだ。
昨日のような失敗はない。
「反重力魔法」
ジュンが唱えた瞬間、三人の男は、天井に『落下した』。
ずっしーーーーーーーーん。
けたたましい音が響いた。
「ど、どうしたの!」
がしゃ、がしゃ!
「あ、開かないわ!」
美人サブマスは、必死で、ドアを開けようとしている。
ジュンは、ゆっくりとイスから立ち上がると、天井に張り付いている男たちの真下で立ち止まった。
ミシミシミシミシ…
天井がきしむ音が聞こえる。
ジュンは窓の位置を確認した。
「…解除」
三人が同時に落下してきた。
この程度の高さだと、空気抵抗とかよりも、万有引力の法則のほうが、優先するのか。ジュンは、勉強になったと感心した。
ジュンは、右で、ボレーキックした。
本気でふりきると、三人が、六つになる可能性がたかい。
まず、ひとり目の重量が足にかかった。
ジュンは、やさしく押し出した。中身が出てくると困るのだ。
つぎに、ふたり目の重さがくわわった。
そして、すぐに、三人目も。
ジュンは、窓を、しっかりと見た。
ゴールをしっかりと見るのが、ボールコントロールの基本だ。
……………
……………
会議室のドアは、いくら押しても、びくともしない。
さすがに、クール系のメガネ美人も、焦った。
せっかく、おもしろそうな少年を見つけたのに、ここで死なせるのは、もったいない。
彼女が、階下の人を大声で呼ぼうとしたとき、
がちゃり、
ドアが開いた。
なかから、ジュンが困ったように、顔を出した。
……………
美人ギルマスが、慌てふためいて、会議室に駆け込んでいく。
その後ろ姿を見ながら、裾が、ひらひらのミニだったら、どんなにか見応えもあったろうにと、ジュンは悲しんだ。
会議室には、ほかに誰もいなかった。
ただ、窓が開け放たれ、カーテンが、ひらひらとはためいてる。
メガネ美人は、吹き込んでくる、さわやかな風に誘われて、窓から顔をだしてみた。
窓の下には、さきほどの、ガラの悪そうな三人組が、おもいおもいの姿で、転がっていた。
……………
……………
この異世界では、なかなかお目に書かれないような美しい茶器からは、芳醇な香りが漂っている。
彼女も、ジュンに、いれてもらった日本茶の味を楽しんでいた。
窓の下では、さっきの三人組が、男性職員たちの手で、ずるずると引きずられていた。
ジュンは、三番目の情報提供者を、待っていた。
すでに、喉は潤っている。次は、せんべいとか、いいかもしないとジュンは思った。
そんなふうに、ジュンが思いをめぐらしていると、メガネ美人が、ドアをあけた。
三番目は、若い女の子だっだ。
かなりかわいい。しかも、ひらひらミニだった。
バタン
彼女は、サブマスが、出ていくのを確かめると、イスから立ち上がった。
立ったり座ったりするたびに、淡いブルーのやわらかそうな下着が、ちらちらと見える。
ジュンは、感謝した。
最初、神に感謝しようかと思ったが、身近にいる女神やら、剣神を思い出して、やめた。
しかたがないので、漠然と感謝することにした。感謝のきもちこそ大切だ。
女の子は、机をぐるりとまわって、ジュンの隣のイスに座った。
そうして、ジュンの耳元で、ささやいた。
二の腕に押し付けられた胸は、かぎりなく柔らかい。
「先生は、いま、捕らえられているの。お願い、助けて…」
彼女は、あたりに、目を配りながら、続けていった。
「ここも、きっと監視されてるわ」
だから、あとで、
「ここに来て…」
そういって、彼の手に、小さなメモ書きを握らせた。
三番目は、当たりのようだった。