第184話 カトレア
ここまでは、なんとか書けました(笑)
ただ、この先は、すこし難渋しそうです(笑)
「あら、カトレアは?」
ギルドの受付嬢が、隣の机の上に置かれた『名札』を見て言った。
このギルドでは、席をはずすときに、『名札』をおいていくルールがあった。
席をはずすとは、もちろん、トイレに行く程度の時間ではない。すこし、出かけてくるとか、早退するとか、そんな感じだ。
「夕方の混雑までには戻るとか、言ってたわよ」
近くにいた、栗毛の受付嬢が、手元の書類を見ながら答えた。
「ふーん……」
「まさか、さっきの男の子?」
名札を見て尋ねた、赤毛の受付嬢が、意味ありげに言った。
「「「「「「「えっ?」」」」」」」
カウンターの受付嬢が、いっせいに、声を挙げた。
「「「「「「「どういうこと?」」」」」」」
まだ若く、美人ぞろいの受付嬢たちにとっては、優先度の高い話題だった。みな、手をとめて、話に加わった。
「なーんか、おかしいと思ったのよ…」
赤毛は、得意そうにいった。
「あの子ったら、きゅうに、席を立ったと思ったら、わざわざ外に出て、あの男の子に話しかけるんだもの…」
「「「「「「「うっそー!」」」」」」」
もちろん、誰も、虚偽の報告とは思っていない。
「そんなにかっこいい子なの?」
ジュンを目撃していない金髪の受付嬢が、興味しんしんに尋ねた。
「「「「「「「うーん…」」」」」」」
みなが、悩み始めた。
もし、この場にジュンが居たら、泣きながら外に駆け出していたかもしれない。
「でも、けっこう、かわいい子だったわよ」
救いの手が、差し伸べられた。
「「「「「「「たしかに…」」」」」」」
そもそも、日本人は、地球上においてさえ、若く見られるのだ。
平均寿命も、成人年齢もずっと低い異世界では、とうぜんのことであった。
この時点で、ジュンは、救済されたと言ってよかった。
「なに言ってるの。あの子、かわいいだけじゃないわ」
メガネ美人だった。このギルドのサブマスである。
「宮廷魔道士クラスの魔力だったわ。いえ、もしかしたらそれ以上かも…」
もちろん、ジュンの魔力を見破っているわけではない。
何重にも隠蔽をかけた状態で、ジュンは『宮廷魔道士長』クラスなのだ。
これ以上は、隠しようがないのである。
「そうそう、それに『帝国魔法学院』の学生でしょ」
栗毛だった。ジュンとの話を聞いていたのだろう。
「依頼書にも、書いてあるはずよ」
「じゃあじゃあ…、もしかして『玉の輿』?」
もちろん、日本酒の銘柄ではない。
「そうとはかぎらないわね。だって、あの子、『黒目黒髪』だもの」
美人サブマスの眼鏡が、キラリと光った。
『黒目黒髪』は、異世界人の可能性が高い。シャーベット王国では常識だが、ほかの地域でも、噂としてはあった。
異世界人である以上、『高位の貴族』ではない。
「「「「「「「ふーん…」」」」」」」
コレは、なかなか『微妙な物件』だと、彼女たちは思った。
宮廷魔道士を凌ぐ魔力をもつ異世界人であるとすれば、それなりに、豊かな生活は保証されたようなものだ。
『国』が放っておかないし、『冒険者』としても十分に稼げるから。
しかし、『高位の貴族』のように、最初から、ゴージャス一点張りではない。
受付嬢たちは、通常勤務に復帰した。
『微妙物件』であれば、カトレアに委ねるのもやぶさかではない。
もちろん、彼女たちには、ジュンが、『とてつもない物件』であることなど、知るよしもなかった。
そして、彼女たちの話を、物陰から、じっと聞いていた人物がいたことも、最後まで気が付かなかった。
『くちゅん…』
そのころ、ジュンは、なかなか止まらない、くしゃみに首をかしげながら、街なかを歩いていた。
彼は、めずらしくメガネをかけている。
もちろん、クマ開発陣特製の『メガネ』だ。
少し前のことだ。
『ジュンさま、じゅんさま……、聞こえますか…ケロ』
地下のオペレーションルームから、通信が入ったのだ。
彼らは、今、ライブカメラを使って、この街をぐるりと監視していた。
そこで、彼らは、非常に興味深い『商品』を発見した。
しかし、ここは、スフレ帝国の帝都ではない。
うっかり買い物に出るわけにはいかなかった。
そこで、
ジュンに、『おつかい』を頼んだのである。
せっかく、金貨を配布したのだ。魔物さんたちの買い物に協力するのは、やぶさかではない。ジュンも気安く引き受けた。
メガネには、『AR(拡張現実)』の機能が付属していた。
まあ、ゲームの『画面』みたいなものだと思えばいい。もちろん、HP表示があるわけではない。いまは、カーナビのような機能を果たしていた。
ようするに、メガネをかけると、数メートルまえに、『矢印』が出現して、道案内をしてくれるのだ。
ジュンは、目の前に光景に、上書きされた矢印を目当てにしながら、街なかを歩いていた。
そのときだった。
「あれは、カトレアさん…」
さっきの、ギルドの受付嬢を発見した。
日頃、まったく、人名に関心のないジュンでも、彼女の名札は、すぐに目にとまった。
小さい頃から知り合いだった、ご近所の『カトレアおねえちゃん』と同じ名前だったからである。もちろん、名前だけで、まったくの別人だ。
知り合いなどと書いたが、じつは、『だいだいだい好き、カトレアおねえちゃん』だった。『アイツ』こと『アイリス』が、ときおり、家を留守にするときに、彼の面倒をみに来てくれたのであった。
きれいでやさしくて、それはもう、『完璧なおねえちゃん』だった。
小さい頃から、彼をかわいがってくれたが、年をとることがなく、いつもおなじ、『とびっきりの美少女』だった。
あのおねえちゃんと、同じ名である。目に止まらないはずはなかった。
まったくの別人とはいっても、さいわいなことに、美人だったし…
カトレアさんは、ギルドの制服から着替えたらしく、真っ赤なワンピースを来ていた。もちろんミニで、裾はひらひらである。
ジュンは、いっしゅん、『まさか、オレの好みが、見抜かれている!』と戦慄した。が、いまは、目の前のカトレアミニさんに、集中せねばならない。
そのときだった。
一陣の風が巻き起こった。
彼は、ゼリー帝国からの帰途、己の不幸を嘆きながらも、決して、希望を捨てなかった。その希望を捨てない心が、いま、報われようとしていた。
その風は、彼女のひらひらの裾を、ふわりと浮上させ、輝く純白の下着を鮮やかに、披瀝させたのである。しかも、フロントビューだった。
「おおっ!」
彼は、感動に身を震わせた。
カエルさんたちのために、お使いにきてよかったと思った。
他人の幸福をねがうものは、きっと、自分も幸せになれるものだ。
そのときだった。
目の前を、大きな馬車が、列車のように、何台も通過した。
カトレアさんの『白パン○ィー』が、いっしゅで、遮られる。
ひっひっひっーーーーーん
走り抜ける馬が、彼をあざ笑っているかのようだ。
くっ、
「反重力魔法…」
それは、1秒には、とうてい満たない。
0.5秒、否、0.1秒だったかもしれない。
おそらくは、この街の『すべて』が、わずかだが浮上した。
もしかすると、この大陸の『すべて』かもしれない。
はっ、
ジュンは、われにかえった。
しゅんかん、発動途中の魔法は、解除された。
…………
オ、オレは、なんということを……
おそらく、『カトレア』という名前と、『パン○ィー』が、脳内で結びついたために、彼が、我を忘れたしまったのだろう。それほどまでに、ほんもののカトレアおねえちゃんは、すきすきだいすきおねえちゃんだったのである。…っていうか、ほかにやさしいひとは誰もいなかったのも事実であった。
彼の主観としては、彼と、カトレアさんを引き裂く、あの憎き馬車を目の前から排除しようとしただけだった。
しかし、そのために、馬車のついでに、このあたり一帯を、おそらくは、大気圏ぎりぎりまで吹き飛ばしかけたのであった。重力の軽減魔法とは、別の分類の魔法であった。
そんなことをすれば、とうぜん、カトレアさんも『パン○ィー』も吹き飛んでしまう。我を忘れた愚行としか言いようがなかった。
…はあ、はあ、はあ、はあ、
彼が、呼吸を荒くしながらも、なんとか顔をあげたときには、すでに、馬車は、走り抜けていた。
刹那の異変だったせいか、街のひとびとも騒ぐことはなかった。
異変は、潜在意識の外には、感知されなかったらしい。
あるいは、すべてが浮き上がるなどという、ありえない事実は、無意識の内部に封印されたのかもしれなかった。
まあ、魔力探知の高いルネちゃんは、きっと、泣いているかもしれないが…
*しょせんファンタジーである。海面はどうなったのだとか、そういうつっこみはご容赦願いたい。
しかし、カトレアさんの姿も消えていた。
あとに残っていたのは、
『ここです』という文字と、点滅する矢印が指し示す『串焼屋さんの屋台』にたたずむ、おばちゃんの姿だけだった。