第182話 ひとつめのおしごと
いろいろ、考え直したり、書き直したりしたので、いままでかかってしまいました(笑)
いま、ジュンは、冒険者ギルドに来ていた。
もちろん、ゼリー帝国内のギルドではない。ゼリー帝国より、さらに内陸に位置するプーディン王国だった。
ゼリー帝国のギルドでは、ひやりとした場面を二度ほど体験していた。
ジュンは、学習できる少年である。
ゆえに、同じ轍を踏まないように、彼は、待っていた。
そして、ようやく、その『時』が来たのであった。
『ニンショウ、カクニン。マスター…トウロク、カンリョウシマシタ』
例の機械的な音声が聞こえてきた。
「おい、いま、なんか聞こえなかったか?」
「ああ、マスターがどうとか、聞こえたな」
「おれには、登録が、どうとかって聞こえたぜ」
まわりにいる冒険者たちは、キョロキョロと、あたりを見回している。
ジュンは、平然としていた。
別に焦る必要もなかった。
なぜなら、いま、ギルド内には、百名近い冒険者がいるのだ。
たとえ、この音声が全て聞こえて、意味を理解したとしても、ここにいる誰が、『マスター』なのかわかるはずもない。
ジュンは、悠然として、ギルド内に足を踏み入れた。
次の関門は、地下へのエレベーターの扉であった。
ゼリー帝国では、いきなり開いたために、つい飛び退いてしまった。
しかし、幸いなことに、ここには、エレベーターがなかった。
そのかわりに、転移用の装置が設置されていた。
そもそも、ジュンとカミーユ以外に、転移魔法をつかえるものはいない。そのため、その装置も、転移装置としての扱いは受けていなかった。ジュンですら、『スター○レック』を見ていなかったら、気づかなかったかもしれない。
現在、転送用テーブルは、ややゴージャスな掃除用具置き場になっている。
ジュンは、ふたたび、『時』を待った。
がらがらがらがら…
シャッターのようなものが上がり、受付カウンターと、なかなか美人ぞろいの受付嬢が、燦然と姿を現した。
「おっ、開いたぜ!」
「開いた、開いた」
ひねりも何もない声と共に、冒険者たちは、いっせいに、カウンターの方を向いた。
『来た!』
ジュンは、こころで、叫んだ。とくに、叫ぶ必要はなかったが、まあ、雰囲気的に…
ジュンは、堂々と、掃除用具を箱ごと持ち上げて、転送テーブルの外に移した。こういうときは、こそこそしていはいけない。それに、
ジュンが、転送で消えても、誰も困らないが、掃除用具が消えると、掃除のおばちゃんが困るのだ。おばちゃんに迷惑はかけられない。おじちゃんかもしれないが…
掃除用具を避けるときに、すでに装置には、スイッチが入っていた。
転送テーブルが、淡い光を帯びはじめている。ジュンは、その光の上に乗った。
もしかすると、誰かが気づいて、ジュンを見ているかもしれなかった。
しかし、ローブを着た後ろ姿を見られても、何も困ることはない。
…………
いっしゅんで、地下のオペレーション・ルームに到着した。
この部屋のレイアウトは、サバランなどと同じだ。
巨大な中央モニターも、五つのコンソールも、変わらない。
「ヨウコソ、マスター。ゴヨウメイヲ…」
「『転送ゲート』を開放して」
これが、ジュンが、ここに足を踏み入れた理由だった。
もちろん、地上と地下をつなぐ転送ゲートのことではない。
「……カシコマリマシタ」
…………
「ゲート、カイホウシマシタ…」
ナビのAIが、言ったとたん、
みよーーーーーーーーーーーーーーん
カエルさんたちが、転移してきた。
「「「「「「マスタージュン、ありがとうございます」」」」」」
みんなで、ジュンに、ぺこりと頭を下げた。
それから、いそいそと、コンソールの座席に座ると、
「ここが、新しい『職場』か…ケロ」
「ようやく来られたのね…ケロ」
「ああ、ようやく『使命』を果たせる…ケロ」
感慨無量といった面持ちで、コンソールの卓を、愛おしそうに撫でていた。
「みんな、準備は、完璧か?…ケロ」
「ええ、もちろんよ…ケロ」
ジュンは、感心した。
さすが、エキスパート。この日のために、万全の準備をしていたのだろう。
「見てちょうだい、私は、壁紙を『ゲロゲロゲロッペー』にしたのよ…ケロ」
「おお、なかなか、かわいいデスクトップだ…ケロ」
「ぼくは、常駐アプリの『うがうが』をインストールしたよ…ケロ」
「ま、まさか…これは、自作のキャラなのか!…ケロ」
「わかる?この日のために、頑張って作ったんだ…ケロ」
「私、ジュンさまのところから、JPOPをたくさんもらってあるの、みんなも要る?…ケロ」
「いいねえ、ちょうだい…ケロ」
「ぼくも、欲しい…ケロ」
カスタマイズの準備だった。
きっと、エキスパートな人って、こういうことにも、こだわるのかもしれない。ジュンは、そう思うことにした。
そのときだった。
「ご主人サマーーーーーーーーーーーーっ」
真白が、後ろから、抱き着いてきた。
いま、到着したようだ。
もちろん、あの日、小型宇宙艇を山腹に突き刺して、やってきた子だ。
ダンジョン四姉妹と違って、ずっとひとりぼっちだったせいだろうか。
セーラなみのスキンシップだった。
もちろん、ほかの子がいるときは、遠慮している。そこがセーラとの違いだろう。
「真白ちゃん、お願い…ケロ」
「はーいっ」
真白が、中央のイスに腰を下ろすと、目の前に、ホログラム状の画面が開いた。
ぴっぴっぴっぴっぽっ、ぴっぷっぽっ……
真白が、何かを打ち込みはじめた。目にも止まらぬ速さだ。
ぴっ…ぽっ………、
…………
ちーん!
「おお、開いた…ケロ」
「開いた開いた…ケロ」
ぱちぱちぱちぱち…
五匹のカエルさんが、そろって、拍手している。
なごやかな雰囲気だった。
すると、
『こちら、スフレ帝国ギルド…、開通おめでとう…ケロ』
『こちら、サバラン王国…、おめでとう…ケロ』
『こちら、エッグ艦橋…、音声はクリアか…ウサ』
あちこちから、接続のお祝いの言葉が、送られてきた。
ほかの冒険者ギルドの地下でも、カエルさんたちは、すでに常駐している。
何かすることでも、あるのだろうか……、ジュンは首を傾げていたが、彼のネットワーク通信網は、異世界を包囲しようとしていた。
別に、ジュンには『せかいせいふく』など、興味も関心もないが、ただ、いろいろ便利になるのは確かだった。
それに、なにより、
カエルさんたちが、楽しそうにしている。
楽しいのは、なによりだ。ジュンは、そう思った。
オレたちは、楽しむために、生きているのだから…
こうして、プーディン王国での、ジュンのお仕事のひとつがおわった。
次のお仕事は、学院長に頼まれたものだった。
まず、ひとを探さなければならない。
写真の一枚すらないのだ。難航するのは、目に見えていた。