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お嫁さん&魔物さんといっしょに、ムテキな異世界生活  作者: 法蓮奏
ゼリー帝国(カルシウム大陸)編
179/631

第179話 頼むよ


 カミーユちゃんが、アイコンタクトで、はからずも、騎士団長を震え上がらせていたときのことだった。



 『緊急警報……ウサ』

 『ミルフィーユ上空に、やや急速で、接近する飛行物体あり……ウサ』



 ウサギさんからの警報が、原っぱに響いた。

 

 たしかに、空を見上げると、遠くから、黒い点がいくつか飛来していた。その点は、近づくにつれて、鳥のかたちとなった。



 「ワイバーンね」

 さすが、弓使いと言ったところだろうか。イザベルが、いちはやく見極みきわめた。エミールの奥さんだ。


 王国軍が、ミルフィーユを見捨てて逃げ出した後、ひそかに、城門を開けて、魔物の大群を引き入れた時も、また、その後の、偵察にも、ワイバーンが使われていた。

 『勇者』以外に、取りのなかったシャーベット王国だが、このワイバーン隊は、大陸でも非常に珍しかった。いちおう、竜に含まれるこの魔物を飼育するのは、至難であったからである。



 「この場には、ちいさな子も多いことだ…」

 「念のため、ワシが撃ち落とそう」

 ボスのケルベロスさんが、すっと立ち上がった。まだ、距離はあるが、ボスさんなら、あとかたもなく消滅できる。


 ケルベロスさんは、まだ遠い、標的に向かって、大きな口を開けた。

 口の前に、大きな炎がうずまき始めた。



 そのときだった。



 「だめ」



 ケルベロスさんの前に、カミーユちゃんがたちはだかった。

 なにを思ったのか、ぬいぐるみ戦隊も、いっしょに両手を広げて並んでいる。


 上空にブレスを撃つのだ。

 ちっちゃなカミーユちゃんが、立ちはだかっても、まったく邪魔にもならなかった。ぬいぐるみ戦隊に至っては、かろうじて、視野に入った程度だった。


 

 それでも、ボスさんは、ブレスを中断した。

 そして、カミーユちゃんをじっと見下ろした。


 …………


 …………


 カミーユちゃんは、あいかわず無表情だ。

 

 …………

 


 「……よかろう。だが」

 「そなたたちは、ワシが守るぞ」

 そういって、その場に、ごろりと寝そべった。



 こうしている間にも、ワイバーンは接近していた。



 …………


 

 「来るぜ」

 エルフの剣士エミールが、みんなに聞こえるように言った。


 気配が動く。

 それぞれ軽く、準備だけはしていた。武闘派ばかりなのだ。

 まあ、ワイバーンの数匹くらい、どうということもない。

 エミールなどは、すでに、炭火焼きにしようと決めていた。



 ずさーーーーーーーーーーーーーーーっ!

 ずさーーーーーーーーーーーーーーーっ!

 ずさーーーーーーーーーーーーーーーっ!


 

 ワイバーンたちが、突っ込んできた。

 いや、むしろ、力尽きて、落下してきたというべきかもしれない。


 一匹のワーバーンを、四匹が囲むようにしていた。

 そして、その一匹の背には、老人がうずくまっている。

 老人の背には、何本もの矢が突き刺さっていた。一本は、胸のあたりを貫通していた。

 ワイバーンも、無傷なものはいなかった。突き刺さった何本もの矢が見えた。

 狙われたのだろう。とくに、翼を射抜かれているものが多かった。



 「こりゃあ、ひでえ…」  

 エミールが、あきれたように、つぶやいた。

 炭火焼きの予定が、頭から消え去ったほどだった。


 「ま、まさか…、トーリィ殿かっ!」

 ドワーフのレギンさんが、駆け寄ってきた。


 「…そ、その声は、レ、レギン殿……」

 「そ、そうか…、い、生きておられたか……よかった」

 老人が、わずかに顔をあげた。うっすらと開いた目は、焦点があっていない。もう何も見えないのだ。

 

 「ジ、ジュン殿っ!」

 レギンが、彼の名を叫んだころには、すでに、ジュンは、老人に駆け寄っていた。

 そして、肩のあたりに触れて、治癒魔法の発動に入ろうとした時、

 血にまみれた老人の手がそれを制した。


 「…ま、待ってく…だされ…」

 

 問答無用で、治癒するわけにもいかない。

 ジュンは、手をとめた。しかし、それほど、余裕があるようにも見えなかった。


 「…知らんかったとはいえ、わしは…」

 「あ、あなた達を……殺すために、手を、か、貸して…しもうた」


 

 もちろん、このトーリィじいさんが、直接、手を貸したわけではない。

 彼こそが、至難とされたワイバーン飼育に成功した『たくみ』だった。

 手塩にかけて育てたワイバーンを、ミルフィーユのひとびとの殺害のために利用されたことを、こんなふうに語ったのだった。



 「あなたのせいではないだろう…、いいから、早く治療を…」

 レギンは、懸命に、説得している。

 

 「わ、わしが、…お、おろかなばかりに」

 「こ、この子たちに、あんな卑劣なまねを……ごほ、ごほっ…」

 ひそかに、城門を開けて、魔物を引き入れたことを指しているのだろう。


 トーリィじいさんは、吐き出した血もぬぐわずに、語り続けた。

 

 「この子たち…に、つ、罪は…ござらん…」

 「さ、最期の、お、お願いです……じゃ、わしは、死んでもいい」

 「ど、どうか、……この子たちだ…けは、み、見逃してもらえぬか…」

 

 

 領主のアルベールも、すでにそばに来ていた。

 いままでは、じっと話を聞いていたが、そろそろ、彼も、間に合わなくなるのを案じたのだろう。ジュンに、目配せをした。治癒魔法を、との意味だ。




 そのときだった。




 一匹のキタキツネが、ジュンの横をすり抜けていった。子キツネなので、かんたんに隙間すきまから通り抜けられたのだ。


 子キツネは、いまにも、天に昇りそうな老人のそばに駆け寄ると、ちょこんと座った。それから、首に下げた巾着きんちゃくをごそごそとあさった。

 巾着から、金色こんじきのまばゆい光が取り出される。


 「ま、まさか、あれは……!」

 警備隊長が、思わず、叫んだ。


 子キツネは、その光を老人の頭の上に、こつんと置くと、真っ赤なリボンを解いた。




 きらーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん




 あたり一帯に、金色こんじきの光が広がった。

 だれもが、そのまばゆさに、手をかざして、目を細めた。


 はげしい光が収束したとき、

 そこには、切れ長の目をした美女が立っていた。



 ……………



 ぐりぐりぐりぐりっ…



 美女は、何を思ったのか。

 高いヒールで、トーリィじいさんの頭を踏みつけ始めた。

 じいさんを、ジロリと見下ろしている姿は、けっこう怖い。

 

 瀕死ひんしの状態でも、痛みは感じるのだろう。

 じいさんが、ちからなく顔をあげた。


 「お、おまえは……!」

 じいさんが、震える声で叫んだ。

 焦点のあっていなかった目まで、なぜか、ぱっちり合った。


 「な、なぜ、そんな若い姿で…!」

 

 じいさんの顔が、真っ青になった。

 もともと、出血がひどかったが、そればかりとも思えない。


 美人の切れ長の目が、かっと開いた。

 「あんたは、また、何をやらかしてんのさ!」

 よく通る、突き刺すような声だった。『透き通る』ではない。



 まわりにいた人々も、みな、震え上がった。

 ルネ皇帝などは、すでに泣き出している。

 ジュリアン君は、さっと、母親の陰に隠れた。

 カミーユは、無表情だったが…



 「…うん?」

 何かに気づいたのか。

 美人は、ゆっくりとあたりを見回し始めた。


 とうぜん、深手を負っているワイバーンが目に入る。

 「な、な、な、な…、なんだいっ!」

 「あの子たちが、血だらけじゃなのさっ!」

 吠えた。

 猛獣のようだ…と、ジュンは思った。



 ルネ皇帝は、お嫁さんたちに囲まれて、なでなでされている。

 ジュリアン君は、すでに耳をふさいでいたお陰か、平気そうだ。

 カミーユは、無表情だ。



 美人は、とつぜん、ジュンを見た。

 ジュンは、たじろいだ。


 「すまないねえ、矢をなんとかしてくれないかい…」

 そういって、ワイバーンを指差している。

 

 ジュンは、『ねこなで声』というワードを思い出した。


 だが、いずれにしても、なんとかしてやるつもりだった。

 

 「効果範囲……」

 「矢に限定……」


 ジュンの視線が、次々と、突き刺さった矢に注がれる。


 「可視化……青」


 ワイバーンや、じいさんに突き刺さった矢が、ほの青く光り始める。

 一本…、五本…、二十本………、五十本……

 そのうち、全ての矢が、うっすらと光り始めた。


 「空間魔法……」

 「転移…発動…」


 全ての矢が、いっしゅんで消失した。

 そして、ジュンの足元に、うず高く積み重ねられた。どれも、血に染まっている。



 「……ありがとう」

 

 美女は、心底、ほっとしたような顔をした。とても、やさしい顔だった……気がした。


 「アタシじゃ、この子たちしか何とかしてやれない…」

 「じじいの方は、あんたに頼んでもいいかい…?」

 そういって、深々と頭を下げた。


 それから、もう一度、ジジイをにらみつけた。


 「ひいい…」

 ジジイが、短く悲鳴を上げた。

 逃げようしていたが、とうぜん、体は動かない。瀕死なのだ。


 「この人はねぇ…、いつもいつもいつも、だまされてばっかり…」

 「でも、わるい人じゃないんだよ…」


 そういって、困ったような顔で、ジュンたちを見た。

 

 「あんたたちのような人となら、きっとうまくやれるから…」

 「だから、よろしく頼むよ…」

 そう言いながら、美女は、光の粒子へと変わっていった。



 「…い、行くのか?」

 あれほどおびえていたじいさんが、さびしそうに問いかけた。いまだに、顔は青ざめているが…。

 

 「わ、わしは…っ!」

 じいさんが、叫びながら、必死で手を伸ばした。

 「お、お前が居てくれないと、生きていても、しかたがないん…」


 そこまで言ったときだった。



 光の粒子へと変わっていた美女の、ヒールだけが、実体化して、



 ぐりぐりぐりぐり……

 

  

 ふたたび、ジジイを踏みつけた。


 ジジイの悲鳴が、原っぱに木霊こだまする。

 


 …………



 やがて、

 ヒールも光に戻り、その光は、次々とワイバーンたちの体をすり抜けていった。

 五匹ぜんぶの体をすりぬけたころ、ワイバーンたちの傷はすっかり治っていた。


 ジュンも、トーリィじいさんの肩に手をかけた。

 みるみるうちに、じいさんの傷は消えていき、肌にも血の気が戻ってきた。



 金色こんじきの光は、きらきらと宙にとどまりながら、そのようすをじっと見ていた。

 そして、見届け終わると、一条の光りとなり、天へと昇っていった。



 「待ってるよ…」



 ジュンたちには、そんな声が聞こえた気がした。




 トーリィじいさんは、じっと天を見上げたまま、しばらくは動こうともしなかった。




 

 

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