第177話 会議は踊る
第三城壁の前には、原っぱが広がっている。
ここで、メカドラゴンは、じまんの翼をひろげて、ソーラー充電していることは、すでに書いた。
もともと、それだけの広さがあったわけだが、ジュンが最初にこの地を訪れたときよりも、確実に拡張されていた。
昼寝の場所は、ひろいほうがきもちがいい。
ドラゴンは、夜中から朝方にかけて、こっそり、魔物の森を削って、原っぱをより快適なものへと改造していたのであった。
しかし、いぜん、ジュンにダンジョンマスターになってもらうために、ここに魔物1000匹が大集合して、盛大に土下座をしたものである。
あのとき、1000匹が土下座しても、なお余裕があったのは、日々のドラゴンの努力のたまものであった。もちろん、ドラゴンは、昼寝のことしか考えてはいなかったが…
いままた、ふたたび、ここに魔物と人々が、集まっていた。
もちろん、全員ではない。しかし、希望するものは、誰でも参加することができた。
昨日、シフォン伯爵らから、もたらされた情報を受けて、『ミルフィール防衛作戦会議』が開かれたのであった。
もちろん、この三人も、参加を許された。
王都には、連絡を入れてある。
王都は、いま、ミルフィール大攻略宣言で、蜂の巣をつついたようになっていた。三人が休暇をとっても、文句をつける余裕すらなかったのである。
ただ、昨日、宰相を追い詰めようとしたのだ。宰相に家族を狙われることが心配であったが、すでに、護衛がつけられていること聞いて安心した。
城壁の転移装置の受付ですら、あの実力である。
自信をもって『護衛をつけました』と言われたのだ、おそらく、軍が攻めてきても、あっさり守り抜いてくれるに違いないとすら思った。
しかし、実際には、すでに宰相の頭は、ミルフィーユ攻略しかなかった。
さまざまな悪評を気にしても、どうなるものでもない。今となっては、ミルフィールを奪還して、自分への批判を封殺するしかないのだ。
会議で追い詰められたことなど、いまさら、気にしてもしかたがなかった。
会議は、はらっぱに、大きな円陣を組むようなかたちで、始められた。理由は、前にも書いたように、ドラゴンが大きすぎて、その頭が視界に入らないからである。
ドラゴンの頭が見えるようにと、後ろにさがっているうちに、広がってしまった。ちなみに、ドラゴンの近くには、サイクロプスさんなど、大型の魔物さんが座っていた。
「それでは、これから『ミルフィール防衛作戦会議』を開催します」
ミルフィーユ領主アルベールが宣言した。
ぱちぱちぱちぱちぱち……………
集った人々が、いっせいに拍手した。のどかな会議であった。
「それでは、僭越ではありますが、私から、まずひとこと、言わせていただきたい」
ドラゴンが、かしこまって言った。
みな、いっせいに、ドラゴンを見上げた。
ちなみに、お嫁さんたちの隣で会議に参加していた、ぬいぐるみたちは、見上げているうちに、五匹そろって、ひっくり返っていた。
「みなさん…」
ドラゴンは、目をとじて、静かに語り始めた。
「目を閉じてみてください…」
ひとり残らず、不審に思ったが、いいひとたちばかりである。すなおに目を閉じた。
「草の匂いがしませんか。風の唄がきこえませんか…」
ひとり残らず、ますます怪しいと思ったが、すなおに聞いていた。
「争いは、避けられないかもしれない…、しかし…!」
「このゆたかな自然を、血に染めるのは、ほんとうに悲しいことです」
だれもが、『こいつは昼寝の場所を汚されたくないのだな』と、0.3秒で理解したが、人がいいので、あえて何も言わなかった。
「ですから…」
ドラゴンは、カっと目を見開いた。
そして、拳を握りしめて、力強く宣言した。
「ここは、私の荷電粒子砲でなぎ払いましょう。10万人程度の軍勢なら、0.75秒で……」
「「「「「「「「「「「「「「「却下」」」」」」」」」」」」」」」」」
ぜんいんの声がそろった。ひとがいいのも、ここまであった。
「そんなことしたら、たしかに蒸発して血は残らないけど……ウサ」
「ドラゴンさんの昼寝の場所以外は、更地になってしまう……ケロ」
「『魔物の森の恵み』すら失ってしまう……クマ」
クマさんのいう『魔物の森の恵み』とは、『はちみつ』のことであった。
「くっ……、そ、それは……」
ドラゴンは、言葉に詰まって、引き下がらざるを得なかった。
ちょっと、自然派詩人ぽくしてみたが、みんなに見抜かれていることは明らかだった。
「わしらは……」
久しぶりのレギンさんであった。ドワーフの巨匠である。
「大砲を何発か、第三城壁に、食らわせてみたいんじゃが…」
城壁の強度を試してみたいのだ。ドワーフたちは、かすり傷が、つくかつかないかで、議論していたものである。
「まあ、できれば、大規模魔法も欲しいところじゃが…」
そういって、原っぱに座っている『大賢者』に目をやった。
「まあ、無理だろうな。連中だけじゃ満足に撃てない…」
あっさり、『大賢者』に否定されて、がっかりしていた。
思えば、ここには、シャーベットの大魔導師の大半が集まっていた。
『大賢者』ふたりに、その息子の領主。
武闘派の『大司教』とその部下6名。さらに彼女が育てた武闘派『聖女』も二人いた。
「ジュン殿に撃ってもらうわけにもいかんから、カミーユちゃんあたりがいいだろう…」
「そうね。ここにいる身内でやったほうが、はるかにましね」
『大賢者』ふたりが、レギンを慰めるように言った。
シフォン伯爵たちは、聞いていて、めまいがした。
第二皇女派メインとはいえ、王国の魔導士をかきあつめても、ここにいる、幼女に及ばないのだ。あまりと言えばあまりの戦力差だった。
「アルベールさんたちを、殺そうとした連中が、また来るんでしょ…ウサ」
ウサギさんがぽつりと言った。
「ここを、血みどろに、汚すはつもりはないけど…ウサ」
「ぶちのめさないわけにはいかない…ケロ」
カエルさんも、静かな決意を語った。
ふたりとも、こころの底から、そう思っているには違いなかった。
しかし、前回の『自称盗賊捕縛作戦』で、欲求不満になっていることも明らかだった。
『脆弱すぎる…ケロ』とか、『足りない…ウサ』とか叫んでいたのだから。
ここで、クマさんも、ぽつりと言った。
「前は、外野フライばっかりだった…クマ」
「ライナーはあきらめるけど、ゴロくらい打ちたい…クマ」
誰もが、『そういう問題だろうか』と首を傾げたが、まあ、そうなのだろうと思うことにした。
会議は、続いた。