第176話 いつもお世話になっております
「ほ、ほんとうに、て、転移したのですか…」
三人ともに、転移魔法は、なかなか実感できずにいた。
しかし、豪華なシャンデリアや、色鮮やかなステンドグラス、意匠を凝らした家具の類などは、あっさりと彼らを圧倒した。
あたりをきょろきょろと見回していた、騎士団長がおもわずつぶやいた。
「そ、それにしても、贅沢なホテルですね…」
「…ホテルか。まあ、そう見えるだろうな」
シフォン伯爵は、ただ、笑っている。
それを見て、娘のクレアが、説明した。
「でも、ここ……、城壁の中なんです」
まず、外観から確認したほうが、いいだろうということで、三人は、出口にむかった。
「こ、ここが、出口ですか?」
扉の類がなかった。そのうえ、
「いらっしゃいませー…ウサ」
受付のしゃべる魔物が、にっこりと笑っていた。
もちろん、事前には聞いていた。しかし、
「!」
三人そろって、飛び退いた。
みな、『魔法剣士』と分類される戦士であったが、その『剣士』のカンが、彼らに、とっさの行動を取らせたのだ。
「こ、このウサギ、で、できるっ!」
『何が』の部分が省略されていたが、もちろん、『うさぎ跳びができる』という意味ではない。かなりの戦闘力を持つという意味である。
「まあっ!みなさん、ご冗談ばっかり!…ウサ」
そういいながら、
「クッ、クッ、クッ…」と、口の端をつり上げて笑った。
もちろん、ウサギさんとしては、かるいウィットのつもりだったが…。
三人は、震え上がった。
三人がかりでも、勝てるかどうか…、それほどの力量と感得できたからであった。
「こ、こほんっ!では、外に出たら案内をお願いしますね。クレアさん…ウサ」
もしかして、『はずしてしまったのだろうか』。ちょっとがっかりした顔で、ウサギさんは言った。
転送装置に載った三人は、すでに外がまばゆく見える広い通路に出ていた。
この城壁のセキュリティの要が、ここにあった。『出入り口』が存在しないのである。全ては転送で行われた。そして、その転送は、かならず、何らかの認証が必要であった。
もちろん、これには、『あちこち歩くのは、めんどくさい…クマ』というクマ開発陣の意見が大きく反映したのも、事実ではあった。
水堀というより、川といったほうが適切だろう。
ながい吊橋を渡ると、ようやく、対岸の地面に到着した。
細い方の吊橋しか降ろしていない。
それでも、けっこうな幅があり、橋の途中では、釣りを楽しんでる魔物が何匹もいた。ときおり、『オーパっ!』と叫ぶ声が聞こえてきていた。
「おや、クレアさん、いらっしゃい。そちらの方たちは?」
頭の上から、太い声が聞こえてきた。サイクロプスさんだった。
となりには、ケルベロスさんもにこやかな顔で座っている。
三人は、身構えることすらしなかった。
身構えてどうなる相手でもないと、0.5秒で悟ったからである。
それは、皮肉にも、三人ともに、達人の域にあったことを示していたといってよい。
「父とその友人です」
クレアが、かんたんに紹介すると、
「いつも、娘がお世話になっております」
伯爵が、ていねいに、頭を下げた。
「おとうさま…」
これには、クレアも驚いた。それは、うれしい驚きであった。
「いえいえ、こちらこそ…」
サイクロプスさんが、巨体を折り曲げて応えた。
「それに、クレアちゃんは…」
「うちのマスターの」
「とっても大切なお嫁さんですから…」
ケルベロスが、順々に話した。いまは、めずらしく、眠っている『頭』がいなかった。
「我々がいますから、安心して見学してくださいね」
「それでは、ごゆっくり…」
そんなふうに言われて、五人は、やや城門を離れてから、振り返った。
「な、なんという…」
「高さなのだ…」
「王国の城壁の、三倍、いや、四倍近いのではないのか…」
現代日本の、十階建てビルを越えるのだ。驚いても無理はなかった。
「硬さが尋常ではないらしくてな」
「大砲の砲弾でも、傷一つつかないらしい…」
伯爵まで、あきれたように言った。
三人は、あぜんとしていた。そして、
「宰相たちは…」
「こんな城壁を破れると思い込んでいるのか…」
あまりにも絶望的な思い違いに、同情すら覚えた。
いずれにしても、
信頼できる連中には、今回の遠征には、絶対に加わらないよう、説得しなければならないと強く思った。
多数の兵士を送り込むことは、多額の費用がかかる。
元が取れなければ、ただの大損になるのだ。なんの見返りも期待できない、あまりにも悲惨な負け戦となるだろう。貴族といっても、千差万別だ。手持ちの資金がすくない領主などにとっては、巨額の負債を抱える可能性すらあった。