第175話 三人の客
ブックマークが、70になりました。ほんとうに、励みというか、支えになります(笑)。ありがとうございました。
最近、投稿時間がまちまちで、申し訳ありません。もうすこし落ち着いたら、きちんと定められるように頑張りたいと思います。
ミルフィーユの話は、久しぶりなので、やたらと説明が長くなってしまいました。
「シフォン伯爵…、ご一緒してもよろしいですか…」
帰りぎわに、シフォン伯爵に、声をかけてくるものがいた。
第一皇子派騎士団長のラノワだった。
かれは、『帝国魔法学院』の後輩だった。
『帝国魔法学院』では、シャーベット王国出身者が極めて少なかった。そのために、シフォンたちと、ともに行動させてもらうことが多かったのである。
とくに、当時、アルベールを中心に彼らが、学院内で頭角を現していたお陰で、ラノワも一目置かれていた。それには、もちろん彼自身の実力もあったのだが、今も、彼は、そのことに恩義を感じていた。
「…………」
ラノワ騎士団長は、緊張した面持ちで、彼の言葉を待っている。
シフォン伯爵は、考えた。
そろそろ、彼のような信頼できる友人たちにも、ある程度のことは知らせる頃合いではないのか。そもそも、そのために、声をかけてきたのだろう。
「…それでは、……我が家に招待しよう」
そういって、彼は、騎士団長に笑いかけた。
すると、
「我々も、お願いできないでしょうか…」
警備隊の隊長と副隊長コンビも、そばに来ていた。
もちろん、彼らは、『帝国魔法学院』の後輩などではない。
当時、さまざまな事情でスフレまでは行けなくとも、志の高かった若者は多くいた。そうした青年たちの面倒を見ていたのが、『大賢者』だった。つまり、アルベールの両親である。
すでに、二十日近く前になるだろうか。
『大賢者』のふたりと『マリア大司教』が、王都を出ていく際に、警備隊に立ち寄った。
その時、宰相が、100名にも及ぶ騎士や兵士を引き連れて、この三人を捕縛しようとしたという。
彼は、そのあと、宰相たちが、どんな目にあったのかも、聞いていた。
それを聞いて、ひそかに溜飲をさげたものだった。
『あれ』が、いかなる魔法だったのか、それは、未だに謎のままであった。
『闇魔法、金縛り』は、あの『大賢者』ですら知らなかった魔法である。ほかの者にわかるはずがなかった。
「…ああ、そうだね。では、いっしょに行こう」
警備隊のふたりは、おそらく、かつての師匠である『大賢者』の安否を気遣っているに違いない。
『使徒』と思しき少年と一緒に旅立ったことは、うすうす気づいているだろう。しかし、それでも、心配なことに変わりはない。
シフォン伯爵は、このふたりも、屋敷に招くことにした。
屋敷に到着した一行が、客間に向かっていると、娘のクレアと出くわした。
クレアは、エッグにあるジュンの家に、マイルームをもっている。それでも、毎日のように、こうして帰宅して、顔を見せに来ていた。
貴族の娘が、男の家に寝泊まりするなど言語道断である。しかし、十名ほどの女の子も、ともに暮らしているし、ジュンもまだ、深い関係になろうと思っていないことは、よく聞いていた。
「みなさま、ようこそ…」
クレアが客人に、挨拶を始めるなり、それを遮って、伯爵は、娘に耳打ちを始めた。やや、行儀の悪いことではあったが、急ぎの用件だった。
「…わかりました」
じっと、話を聞いていたクレアは、短くそう答えると、
「それでは、みなさま、ごゆっくり…」
丁寧に挨拶するなり、やや急ぎ足で、二階へと上がっていった。
「…おそらく、魔石とポーションのせいですよ」
ラノワ騎士団長が、言った。
オーラン伯爵が、突如、裏切った理由についての話だった。
「…どういうことかね」
少し前まで、宰相経由でなけば手に入らず、高額なものを、買わされていた。しかも、宰相の気分次第では、入手できないこともたびたびあった。
しかし、今では、ミルフィーユが健在だった頃と変わらない価格で、シフォン伯爵から入手可能になっていた。もちろん、出処を尋ねることは、禁じられていたが、それは、だれもが納得していた。
宰相に対抗するためでもあるのだ。出処を隠すのは、当然のことと思われた。
「いまは、それなりに手に入るようになったはずだが…」
「ええ…。あれは、我々も、非常に助かってますよ」
警備隊長たちは、第一皇子派ではなかったが、シフォン伯爵は、別け隔てなく提供していた。宰相の権力基盤を崩す目的もあるのだ。宰相の第二皇女派以外であれば、融通するに越したことはなかった。
「シフォン伯爵を非難して…」
「領袖から引きずり下ろす口実がなくなったから…ですかね」
副隊長のメガネがキラリと光った。
魔石とポーションを独占され、宰相に逆らえなくなっていた。これを全て、領袖たるシフォン伯爵の力量不足のせいだと、非難するつもりだったのだろう。
「ええ、そうです」
ラノワ騎士団長が頷いた。
それどころか、
「我々、いわゆる第三勢力でさえ、シフォン伯爵に感謝している」
警備隊長が、付け加えた。
ある程度なら、値をつり上げても、誰も文句は言わなかったはずだ。
それなのに、以前と同じ価格で、仲介していた。
「…なるほど」
それで、宰相と一緒になって、ミルフィーユを攻略しようとしているのか。
魔石とポーションを大量に手に入れて、自分に対抗しようとしているのかもれしれない。領袖の座など、こちらから譲り渡したいくらいなのに…、彼は苦笑した。
いずれにしても、とうてい叶わない皮算用だろう。ミルフィーユを落とせるはずがないのだから。
「宰相も、けっこう追い詰められていますしね」
宰相が売っていた、魔石もポーションも、『輸入品』であることは知られていた。彼は、それを独占することで、権力基盤をより固めていたのだ。
しかし、それほど安値で輸入できるとは思えない。
魔石も、ポーションもどこの国でも、あり余っているわけではないのだ。ミルフィーユ健在時の、リーズナブルな値段では、とうてい輸入できるはずがなかった。
彼は、それを、第二皇女派には、以前と同じ値段にまで、引き下げて売っていた。とうぜん、そこには、差額が発生する。その差額は、ほかの勢力に、きわめて高値で売却することで、補っていたのである。もちろん、差額を補ってあまりある高値であった。
「いまでは、第二皇女派のほうが、ずっと高額で売られているようですよ」
他の勢力から、もう差額分を儲けることはできない。かといって、差額分を自分の懐から出すのを嫌ったのだろう。ケチな宰相らしいやり口だった。
いずれにしても、現状を打開するには、ミルフィーユを手に入れるしかなくなったわけだ。
「第二皇女派の有力貴族の『離反』の噂もありますし…」
副隊長のメガネが、いちだんと輝きを増した。
「…ほう、どういうことかね」
シフォン伯爵は、尋ねた。こころあたりがないわけではないが、副隊長の考えも聞いておきたかった。
「かつて、ミルフィーユに食い込んで、うまい汁をすっていたのは彼らです」
ミルフィーユが、さかんに魔石とポーションを生産していた頃に、宰相派が、利権に食いついてきた。彼らは、第二城壁を築いて、自分たちの配下を次々と入植させたものだ。
最終的には、第一城壁内の辺境伯たちから、奪えるだけ奪い取る計画だったのかもしれない。しかし、領主アルベールは、彼らよりも一枚も二枚も上手だった。宰相派は、第一城壁内に立ち入ることすら、満足にできなかったのである。
結局、そのあと、魔物の大量発生があり、彼らは、自分たちが呼び寄せた配下と共に、王国軍に守られながら、ミルフィーユから逃げ出した。
しかし、そのあと、ワイバーンを使って、第二城壁の城門を開放し、魔物を城壁内に呼び込んだのである。
今になればわかることだが、魔物の大群によって、アルベールたちが全滅するのを待って、そのあと、魔物からミルフィーユを取り戻す計画であったのだ。
もちろん、いま、シフォン伯爵邸で語り合っている、この四人には、そこまでの推測は不可能だったが、領主のアルベールなどは、かなり前から気づいていた。
いちはやく、第三城壁を築いたり、スフレ帝国との関係を強化したり、大司教や両親を呼び寄せたりしたのである。
宰相の思惑に、気づいていなければ、とうてい、そこまでやるはずがなかった。
「結局、ミルフィーユから利益を得られないなら、第二皇女派にとどまっても旨味はない」
例の『勇者』だけでも、悪評が立っていた上に、『魔法陣』の消失もあった。さらに、城門前での『金縛り』による醜態は、衆目の的ともなっていた。宰相にとっては、権力基盤を危うくする出来事が続いているのある。
「まったく、あの連中らしい…、自分勝手な考えですがね」
騎士団長は、吐き捨てるように言った。
第二皇女派は、結局、宰相の権力のもとで、甘い汁を吸いたい者の集まりだ。第二皇女に忠誠を誓っているわけではない。
そういう意味で言えば、第一皇子派も何も変わらない。皇子への忠誠よりも、宰相への反発が主である。
それほどまでに、シャーベット王国では、王家への忠誠を失っていたと言えた。
いずれにしても、宰相は、なんとしても、ここで、ミルフィーユを奪還する必要に迫られていた。それ以外に、権勢を取り戻す方策がなかったからである。
話が一段落したのを見計らったのか、クレアが客間に姿を現した。
「おとうさま…、『どうぞいらしてください』とのことです」
それは、この三人の客を、ミルフィーユへ招く許可がおりたことを意味していた。