第168話 そろそろいいかのう
なんとか書けたので、投稿しました。
「ま、まさか…!そ、それも……『エリクサー』なのか!」
じいちゃんに剣を突きつけているイケメン中年が叫んだ。
困ったことに、それほど悪人面には見えない。
ニンゲンは、どんなに体が大きくても、その人格は、ちいさな『顔』に表れる。
『顔』というのは、ちいさいものだ。いくら頭部が巨大な人でも、1メートルを超えるひとはいないし、いたら怖い…
また、いかな達人でも、太ももとお尻で、その女の人格を当てる者も、いないだろう。だいいち、顔を見ればわかることだ。わざわざ、太ももと尻を凝視して、何かを読み取ろうとする者がいるとすれば、ただの変態に過ぎない。
つまり、まさしく、『顔』こそが、その人を象徴しているといって良い。
さらに、その『顔』のなかでも、『眼』に人格が表れるものだ。
鼻や口で人格をみるのは、『人相見』という専門職か、あるいは、イカサマ師だ。
死にそうな高齢者に、剣を突きつけているのだ。
客観的に見て、やってることは、悪辣なのだが、悪党の『眼』ではなかった。ただ、切羽詰まって、必死なだけだった。
「『エリクサー』のためか……」
尋ねたわけではない。つい口をついて出ただけだ。
だが、
「私には、君と同じくらいの娘がいてね」
イケメン中年が、しずかに語り始めた。
親ばかと思われるかもしれないが…
「ほんとうに気立てのいい、やさしい娘なのだよ」
オレは、黙って聞いていた。
このイケメンの娘なら、さぞかし美少女だろう。
その娘が、
「…日に日に、弱っているんだ」
「最近では、話をするのも、苦しそうでね」
それでも、決して、
「つらいなんて言わないんだよ。いつもにこにこしていて…」
…………
「弱音のひとことくらい、吐いてくれてもいいのにね…」
「わたしは、あの子の育て方を間違ったのだろうか…」
…………
…………
だれも、何もいわなかった。
この場には、軽々しく口を開くものはいなかった。
…………
「……まさか」
陛下が、ほんとうに、
「『エリクサー』を持ち帰られるとは思ってもみなかった…」
「あの10階層までしか攻略できなかったダンジョンが、攻略されるなんて…」
イケメン中年は、苦笑した。
「『できるか、できないか』ではなかった。『やる』か『やらないか』だったのだ」
「こんな幼い陛下が、必死でやり遂げたことを、愚劣な私は……」
「わかった」
オレは、イケメンの話を遮った。
いま、この場では、『自嘲』も『自虐』も、意味はない。
もちろん、正しく反省することを、オレは『自虐』などとは呼ばないが…
「じつは、オレにも、魔物の『家族』が1000匹ほど居て…」
みんな、オレやオレの知り合いのために、いつも働いてくれてるんだ。
だから、オレは、
「みんなに金貨一枚ずつでいいから、お小遣いをあげたいんだ」
イケメン中年は、不思議そうな顔をしながらも、黙って聞いている。
『魔物の家族1000匹』などと、さぞかし、馬鹿げた話だろうに。
もともと、他人の話を聴けるおっさんなのだろう。
「そこで……だ」
オレは、金色に輝く小瓶を差し出した。
「この『エリクサー』を、金貨1080枚で買わないか?」
「「「「「「「「「「えーーーっ!」」」」」」」」」」」」
この場の、だれもが、驚きの声を上げた。瀕死のじいさんまで…
くっ…
ちょっと、高すぎたのだろうか…
なにしろ、オレは、この世界の物価とかしらないし…
「…ほ、ほんとうに」
イケメンが、震える声で言った。
「たった、金貨1080枚でよいのか…」
えっ…
まさか、安すぎたの…
なにしろ、オレは、この世界の相場とかしらないから…
でも、いまさら、ふっかけるのも恥ずかしいし……
魔物さん1000匹って言ったのに、1680枚とか言いにくいし……
「…お、おぅ…」
オレは、ちからなく返事した。
オレは、気の小さい男なのだ。
…………
「とにかく、これを飲ませてやってくれ」
イケメン中年に、『エリクサー』を手渡した。
「おおかた、城門付近に停めてある、馬車の中にでも居るのだろう?」
『覚悟』の上の凶行なのだ。娘だけでも逃がせるようにしているはずだ。
イケメン中年は、いっしゅん手をとめたが、
「…すまない」
そう言って、大事そうに小瓶を受け取った。
「オレが、届けよう…」
ややふらつきながらも、大男が立ち上がった。
そして、小瓶を貰い受けて、部屋から駆け出て行った。
…………
いかにもほっとしたように、イケメンは、深く息をついた。
それから、剣を床において、ルネちゃんの前に跪いた。
「陛下…」
事がなったときには、自害する覚悟でおりました。しかし…、
余計な詮索を封ずるためにも、
「処刑していただくほうがよろしいかと…」
そういって、両手を握り合わせて、ルネちゃんに差し出した。
…………
…………
ルネちゃんは、黙って、イケメンを見つめていた。
皇帝として、どうするべきか。一生懸命、考えているのだろうか。
オレは、あえて口をはさんだ。
「『エリクサー』の効果を確かめなくてもいいのか?」
オレが偽物を渡した可能性もあるし、『エリクサー』では回復しない可能性もある。
「そのことについては…」
イケメンが、ゆっくりとオレのほうを見ながら言った。
「……信用しているよ」
それに、万が一、『エリクサー』では治らなかったとしても、
「君が魔法で、何とかしてくれるつもりなのだろう?」
そういって、ニヤリと笑った。
なかなかどうして、食えないおっさんだった。
「…こ、こほん」
ルネちゃんが、せきばらいをした。
考えがまとまったのだろう。
真剣な表情で、イケメンを見ながら言った。
「そなたが死ねば、余が困る」
「そなたは、余を困らせたいのか?」
「め、滅相もございません!」
イケメン中年が、必死で、頭を下げている。
「ならば…」
ルネちゃんは、ゆっくりと言った。
「これまで以上に、余のために尽くすがよい」
「それをもって、こたびの償いとせよ」
いちおう、皇帝にふさわしい物言いだった、のではないだろか。
それに、「この場の感情」やら「けじめ」とやらを、秤にかけても、生かしておくべき重臣なのだろう。
ちっちゃくて、かわいいけど、やはり皇帝だったらしい。
そのときだった。
「おおかた、落ち着いたようじゃの…」
天蓋付きの大きなベッドから、じいちゃんの声が聞こえてきた。
「ルネよ…」
ルネちゃんのちっちゃな手に握られている小瓶を指差して言った。
「わしにも、それを飲ませてほしいんじゃが…」
「そろそろ、いいかのう?」