第165話 知らないほうがいいこともある
思えば、うちのダンジョンを踏破する時も、最初のボス部屋から最下層のボス部屋まで、ショートカットしてしまった。
それでも、いちおうは、メカドラゴンとの、それなりに激しいバトルがあった。
ところが、こんかいは、バトルなど一度もしていない。
それどころか、やったことといえば、キツネっ子にカレーを食わせて、『エリ草』料理をいくつか作っただけだ。
あとは、紺のワンピースもプレゼントしたっけか…。『パ○ツなし』だったが…
このダンジョンは、これまで、10階層までしか攻略されていなかったという。
しかし、これだけの街を構えているのだ。
さぞかし、おおぜいの冒険者が、日々、このダンジョン攻略を目指して戦っているのだろう。
そんな人たちに、
『カレー食わせて、料理作って、ノー○ンでワンピ着せたら攻略できちゃった』
…などとは、口が裂けても言えない。
この世の中には、『知らないほうがいい真実』というものがあるのだ。
オレは、すべてをちびっ子皇帝陛下にゆだねて、さりげなく、後ろに下がった。
もちろん、ルネちゃんが、先の『ノーパンカレー』を暴露してしまうかもしれない。
しかし、皇帝とはいえ、しょせんは、ちびっ子。
民衆は、何かのジョークか、勘違いと聞き流してくれるだろう。
それにしても、
言葉遣いがおかしいから、最初は『残念系の美幼女』と誤解してしまったが、まさかの皇帝陛下さまだったとは。
前にも言ったが、オレにとって異世界人は、等しく『現地人』に過ぎない。
問題は『人柄』であって、『地位』など何ほどのものでもない。
むしろ、皇帝だろうと何だろうと、(独身)美少女は、みんな平等に大切にするのが、オレのポリシーだ。
…………
案の定、ルネちゃんこと、ゼリー帝国皇帝は、あっというまに、街の人々に囲まれてしまった。
もちろん、こういう時を狙ってくる暗殺者の類もいる。
だから、ルネちゃんには、強力な結界を張ってある。
うちの荷電粒子砲でもなければ、破れまい。
結界内にいると、けっこう『包まれ感』があるらしい。
ルネちゃんも、心細いことはないだろう。
…………
そのときだった。
「た、頼む。道を開けてくれ!」
「こ、近衛隊だ。頼む!」
よく通る声が聞こえてきた。
女性というより、『女の子』の声という感じだった。
「おお、近衛の嬢ちゃんじゃねえか…」
「みんな、道を開けてやれ!」
ベテランの冒険者ぽいひとが、みんなに声を掛けた。
すると、
人々が開けた道を、馬に乗った騎士たちが、進んできた。
なるほど、みんな少女といった感じで、しかも、美形ぞろいだった。
アイドル系の近衛なのか?
いちおう、皇帝の近衛なのだろう。少し心配になった。
まあ、怖そうなおばさん近衛より、ルネちゃんとっては親しみやすいのかもしれないが…
そういえば、シャルにも近衛ぽい、(美)少女騎士団がいたっけ。
あの魔物に囲まれた事件のあと、ふつうの女子学生に戻ったと聞いている。
オレが、シャルといっしょに学院に通うことになったので、護衛から解放されたのだ。
もともと帝国魔法学院の学生だったが、シャルの警護についてからは、学院に通えなくなっていたらしい。
晴れて学生に戻ることができて、本人たちは喜んでいたと聞いている。
うちのメカドラゴンのせいで、とんでもなく怖い目に合わせてしまったのだ。
少しでも彼女たちの役に立てたのなら、幸いだった。
…………
彼女たちは、ルネちゃんの前に到着するなり、馬から飛び降りて、駆け寄ってきた。
「「「「「「陛下っ!」」」」」」」
近衛の子たちは、さっと、ルネちゃんの周りを囲んだ。
街の人たちから、ルネちゃんを守るような形に見えてしまうが、しかたがないだろう。
このあたりは、きちんと訓練されているようだった。
「…よかった。とても心配していたのですよ」
「少年に、抱きかかえられて帝都を出たと聞いたので…」
そういいながら、心底、ほっとした顔をしている。
「ほんとうに、よかった」
「よく、ご無事で…」
「ご無事でなによりです」
そんなことを言いながら、かわるがわる皇帝陛下を抱っこしていた。
ふっ…
近衛という立場を利用して、ルネちゃんを『抱っこしほうだい』とは。
考えることは、オレと変わらないのだな。
…………
ひととおり、みんなに抱っこされて、落ち着いたところで、
ルネちゃんが、語り始めた。
「すまぬな」
「どうしても、おじいさまに薬草を採ってきたかったのだ」
でも、
「ほら、このとおりだ…」
そういって、赤いリボンを結んだ小瓶を高くかかげた。
液体から放たれた金色の光が、きらーーーんと、あたりに広がった。
「「「「「「「「おおおおーーーーーーーっ」」」」」」」」」」
「「「「あれが、『伝説のエリクサー』か!」」」」
「伝説は、ほんとうだったのだな…」
周囲のひとびとが、どよめいている。
やはり、『エリクサー』は、伝説級の品らしい。
これなら、魔物さんのお小遣いも稼げそうで、なによりだ。
まさか、広い畑いっぱいに生えている上に、余りすぎて、魔物でさえ食べ飽きている、などとは、想像もつかないだろう。
真実というものは、ときに、残酷なものだ。
オレは、ぜったいに、余計なことは言わないと、心に誓った。
本格的なお祝いは、明日、帝都で行うことなったらしい。
自国の皇帝が、ダンジョンを制覇したのだ。
みんなで盛大に祝いたいのだろう。
この場はいったんお開きとなった。
何人もの冒険者たちが、オレに何か聞きたそうにしていたが、ルネちゃん皇帝に、手柄を譲るかのように後ろに控えていたのだ。
ここで、おれに、話しかけるのは、無粋とおもったらしい。
ざんねんそうな顔をしながら、解散していった。
…………
危機は去った。
ダンジョンを攻略したのに、なんて謙虚な少年なのだろうと、みんな思ったに違いない。
…………
帝都までの帰り道は、アイドル系の近衛たちの馬に合わせて、いくぶんゆっくりになった。
ルネちゃんは、さっさとじいちゃんに、『エリクサー』を届けたいだろうが、ここでまた、近衛を置いてきぼりにはできなかった。
オレは、あまり近衛を引き離さないように、ときおりバックミラーで確認しながら、街道を走っていた。
ルネちゃんの面倒をみているうちに、『エリクサー』も手に入った。
異世界に来て、はじめての一人旅だったが、ここまでは、ほんとうに順調と言えた。