第164話 陛下、なぜ、このようなところに…
「では、さっそく、おじいさまに届けるのだ」
ルネちゃんが、すっくと立ち上がった。
オレも、魔物さんたちのお小遣い用に、『エリクサー』をもらった。
ルネちゃんに頼まれるままに来てしまったが、結果的に、手に入ってしまった。
うちのダンジョンでも栽培できるように、何株かもらっていこうかと思ったが、やめておいた。
ダンジョンの最下層、キツネっ子の住まいの前には、広大な『エリ草畑』が広がっている。サラダごときで、食べ切れるものではない。
もしかして、このダンジョンが、未だに10階層までしか攻略されていないのは、この畑から放出される大量の『エリ草』の始末を、魔物たちも請け負っているせいかもしれない。
『エリ草』って意外と戦闘力にも影響してるんじゃないだろうか。
魔物たちでさえ、ちょっと食傷気味で、嫌がっているらしいが……
「そ、そうか…、もう、行くのか…」
キツネっ子の、金色の耳と、尻尾がしょんぼりしていた。
皮肉なことに、尻尾がしょんぼりすると、お尻が隠れた。
最下層は、地下50階層になるらしい。
何しろ目立ちたくはない。
自分で転移して、さっさと戻ろうとすると、専用のゲートに案内された。
『見送りもしたいから…』と、泣きそうな顔で言われると断れなかった。
専用ゲートに着くまで、オレたちも、キツネっ子も、ひとことも話すことができなかった。
専用ゲートに乗ると、転送が始まった。
キツネっ子は、しょんぼりうつむいたままだ。
オレと、ルネちゃんが、光の粒子に変換されていく。
オレたちが消える間際、キツネっ子が、きゅうに何かに気づいたように、口をぱくぱくさせていた。
なんて言っていたのだろうか…
なんとなく、置き去りにしてきたようで、後味が悪かった。
ぴかーーーーーーーーーーーーーーっ!
いっしゅんで、地上に出た。
ちょうど、あの、劇場のような立派な入り口の前だった。
光の粒子から、また、もとの体に変換されてゆく。
「じゃあ、帝都に戻ろうか……」
言いかけたときだった。
「「「あっ…」」」
入り口を警護している衛兵さんと、目が合った。
それだけではない。
「「「「「「「「「「「えっ!」」」」」」」」」」」」
通りを行き交う、大勢の冒険者や店の店員たちが、目を丸くして、いっせいに、オレたちを見た。
そもそも、ダンジョンの入り口前は、大きな通りが伸びており、繁華街になっていたのだ。
例の姉弟にダンジョンに運んでもらったのは、夕方だった。
探索は、さくさく進んだし、15階層からは、転移したのだ。
だから、いまは、ちょうど、このダンジョンの街が、賑わう時間帯だった。
しぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーん
賑やかなはずの通りが、いっしゅんの沈黙で静まり返っている。
そのときだった。
あの、キツネっ子なりに、気を使ってくれたのだろう。
ひゅるるるるるるーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!
……………
……………
どっかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!
ディズ○ーランドのように、盛大な花火が上がった。
ダンジョンの街が、いっしゅん昼間のような明るさになった。
ひゅひゅひゅひゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!
どかどかどかどっかーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!
ひゅひゅひゅひゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!
どかどかどかどっかーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!
黙って見つめ合う、オレたちと、街のひとたちを、つぎつぎと打ち上げられてゆく花火が、あかあかと照らしている。
「や、や、や、や、や……」
「や、やりやがったぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
どっかの若造が、声高らかに叫んだ。
ちっ…
オレは、思わず、舌打ちをした。
ルネちゃんは、何が起きているのかわからず、呆然としている。
「空間魔法……」
オレは、トンズラするために、魔法を発動した。
とにかく、この場から消えてしまえば、何とかなるに違いない。
「「「へ、陛下っ!」」」
「へ、陛下が、なぜ、このようなところに……」
そんな声が聞こえてきた。
陛下って誰?
そう思って、声のする方を見ると、
ルネちゃんが、兵士やら騎士やらに、捕まっていた。
……っていうか、むしろ、跪かれてる?
「「「「うおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」」」」」
目の前の、大勢のひとたちが、どよめいた。
「「「「「陛下が、ダンジョンを踏破されたぞぉーーー!!」」」」」」
街のひとたちの歓喜の声と、あいかわらず頭上に響き渡る花火の音のなか、
オレは、すでに、トンズラ不可能な状況下にあることを理解した。