第161話 ハズレは一度もなかった
きょうは、すこし早めに投稿しました。
ぱりぽり……
「…ほんに」
ぱりぽり……
「…ダンジョンというところは」
ぱりぽり……
「…たいくつな」
ぱりぽり……
「…ところじゃのう」
ルネちゃんは、オレに抱っこされて、ポテチに齧りついている。
つい、さきほどまでは、手をつないで、一緒に歩いていた。
しかし、疲れると、両手を広げて、抱っこを要求するようになった。
ずいぶんと懐いたものだ。
ギルドで初めて会った時の、あの怯えかたは何だったのだろう…
いまは、ポテチを食するために、抱っこを要求してきた。
袋から、取り出して食べるには、両手を使わねばならない。
手をつなげない以上は、抱っこしかない。
おれは、子どもを野放しにはしないのだ。
いま、ダンジョンには、オレたちしかいないはずだった。
このダンジョンは、まだ、10階層までしか攻略されていない。
そのせいか、魔物が活発になる夜に、ダンジョン内に寝泊まりする冒険者はいない。
宿に引き返して、じゅうぶんに休息をとったほうが効率的だからだ。
10階層というのは、それが可能な深さらしい。
4階層までは、昼間には魔物が出ないが、人の出入りをギルドがしっかり管理している。
子どもなどが、取り残されたりしないようにとの配慮だ。
だから、いまは、ダンジョン内には、誰もいないのだ。
ちなみ、オレたちは、このダンジョンに入るのを、誰にも見られていない。
誰にも見られずに、ダンジョンに入り、みんながいなくなってから、探索を始めたのである。
『完璧』と言えるのかは、わからない。
でも、可能なかぎり、ほかの冒険者に迷惑をかけないためには、こうするのがいちばんだった。
…そう、
オレとルナちゃんは、例のリュックに入って、あの姉弟に運んでもらったのだ。それも、夕方、このダンジョンから、冒険者たちが立ち去る直前に。
何度となく、このダンジョンに来ている、あの姉弟には、リュックを置き去りにしても、見つからない場所をよく知っていた。
金貨一枚は、それを確実に遂行してもらうための代金だった。
リュックを盗もうという気が起きないための保険だ。
まあ、そういう口実で受け取らせた。
『ケガを治してもらった上に、お金までもらうわけには…』
あのかわいい姉は、そういって受け取ろうとしなかったから…
たしかに、ここには、薬草が、自生?していた。
このダンジョンは、迷宮ぽくはなかった。
だだっぴろいフロアがあるだけだ。
ただ、いちおう森になっていて、下の階層へとつながる階段が、ランダムに設置されていた。
森は、あったが、空はない。ちゃんと、高い天井があった。
なんとなく、ビルのなかに、森を作った感じだ。
階段は、『空間魔法』ですぐに見つかった。
『建物の構造』を把握する魔法だ。
「すごいな…」
「実戦では、ぜったい敵にまわしたくない相手だな」
ルネちゃんが、目をそらしながら言った。
やったことあるのか『実戦』?
…………
「こっちだ」
ルネちゃんが、きゅうに、オレの手を引っ張った。
抱っこ以外では、必ず手をつなぐので、しかたがない。
ルネちゃんに、ぐいぐい引っ張られながら歩いていくと、そこらに生えている雑草?とは、たしかに、異なった『草』が生えている。
「これだ」
オレの手を振り払うと、その『草』を引っこ抜いた。
たしかに、淡く光を放っている。『薬草』のたぐいなのだろう。
「ちがう…」
これではないらしい。
それでも、いちおう、ミルフィーユに持ち帰るために、『薬草』はもらっておいた。
そういう意味では、欲しいものとは違っていても、無駄にはならなかった。
さっきから、これを何度も繰り返している。
よくもまあ、『薬草』を探り当てるものだとおもう。
それも、ぴたりと当てるのだ。
いままで、ハズレは一度もなかった。
『薬草』の放つ、かすかな魔力を的確に感じ取っているのだろう。
ルネちゃんは、よほど、『魔力探知』の能力に長けてい……
…………
…………
…なるほどな
なぜ、ギルドでオレに声を掛けてきたのか。
ようやく、謎が解けた気がした。
じつは、すでに、10階層は通過していた。
いまは、15階層だろうか。
魔物は、もちろん、一匹もいない。
それに、ルネちゃんが『薬草まっしぐら』をするとき以外は、
下への階段に直行している。
時間がかかるはずがないのだ。
………
「そろそろ、晩御飯にしようか…」
ポテチをかじったりしていたが、そろろろ、お腹もすいてきただろう。
ワンボックスカーを出して、亜空間のお部屋で食べるのが、いちばん落ち着くのだが、オレは、あえて、キャンプ用品らしきマットを敷いた。
シートとはちがって、けっこうな厚みがある。
たとえ、下に、石ころがあっても、平気なのだ。
もちろん、オレは、キャンプなど行ったこともない。
そんなことをするくらいなら、家で体を休めていたかったし…
全身、魔力に満ちた今では、あの頃の苦しさを思い出すのも難しくなってきた。どんな辛いことでも、いつかは忘れることができるものだ。
とくに、カミーユちゃんの肉体を取り戻すために、あっちに転移してからは、その傾向が、いちだんと強くなった。
…………
今夜は、カレーライスにした。
外でも食べやすいし、ルネちゃんの『はじめての異世界ごはん』にもぴったりだろう。
元聖女イレーヌが、作ってくれた、あまり辛くないカレーの作り置きがあった。もちろん、時間停止空間で保存してるから、アツアツだ。
オレは、大きなテーブルに、皿をみっつ並べた。
そこに、ほかほかご飯を盛り、カレーをかけた。
ダンジョン15階層は、スパイシーな香りで満たされることだろう。
すこし、ハードルが高いかもしれないが、福神漬けも横においた。
もちろん、ほかの漬物もある。
しかし、カレーに福神漬けは、『文化』なのだ。はずしてはならない。
ルネちゃんは、三人分用意しても、驚かなかった。
それだけ、魔力探知に自信があるのだろう。
オレは、すこし離れたところにある太い樹木に向かって、声をかけた。
「お前も、食べていいぞ…」